第七話 蝶屋敷
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昼食を終えると無一郎が、少し寄りたい所があると言うので大人しくついていくと、立派な呉服屋が見えてきた。
「此処だよ。おいで」
無一郎に手を引かれ、呉服屋の暖簾を潜る。
そうして連れて来られたのは、髪飾りの売り場であった。
簪や花飾りやアンティークのリボンなど普段遣いのものから飾り職人が手掛けた高級なものまで、彩り良く並んでいる。
「好きなもの選んでいいよ。買ってあげる」
「え……なぜ」
「いいから選んで」
「…………」
ここで漸く沙羅は無一郎がずっと嫉妬していた事に気付いた。
まさか女性相手にも嫉妬するほど追いつめていたのだろうか。
ズキン、と心の奥が痛みを訴えた。
俯いたまま動かない沙羅に痺れをきらしたのか、無一郎が一つの髪飾りを手に取った。
「これなんか君に似合いそうだけど……」
それは白い百合を象りパールやアンティークビーズで飾り付けられた、上品な中にも華やかさも漂うデザインの髪飾りだった。
しかし沙羅はそちらには目を向けず、一つの髪飾りに釘付けになっていた。
それは大小異なるサイズの真っ青な薔薇に、淡いピンク色のリボンを結い垂らした髪飾り。
青い薔薇の花言葉は、〈奇跡〉〈夢が叶う〉〈神の祝福〉だ。
かつて青い薔薇は自然界には存在せず、〈不可能〉や〈存在しないもの〉を意味していたが、バイオテクノロジーによる開発成功を機に、ポジティブな意味を持つようになったのだ。
奇跡。夢が叶う。それらは、時透無一郎の黒死牟、無惨戦の勝利と生存を願う沙羅にとって、たとえジンクスでも傍へ置きたい言葉だった。
「それが気に入ったの?」
「はい」
「分かった」
無一郎が会計をしている間、沙羅は店の外で待っていた。
程なくして出て来た無一郎が、髪飾りの入った箱を沙羅へ渡す。
「開けていいですか?」
「いいよ」
沙羅が丁寧にラッピングを解いて箱を開けると、無一郎は沙羅の髪から蝶の髪飾りをそっと外して、箱に置く。
「つけてあげる」
新しい髪飾りを手に取って、沙羅の髪に触れる。
「君の髪はとても綺麗だね」
どことなく甘さを感じる声音で囁いて、毛先へそっと口付ける。
「………師範、」
じとりとした目線で抗議の意を示す沙羅だったが、無一郎はそれを綺麗に無視して髪飾りを沙羅の髪へ。
「……うん。よく似合ってる」
長い睫毛に縁取られた淡い碧色の瞳を柔らかく細めて、口元に微かな笑みを漂わせる。
その笑顔があまりにも綺麗で、儚くて、沙羅は抗議の言葉を奪われてしまった。
「髪飾り……有り難うございます。大切にします」
「うん」
「お礼に夕飯はご馳走を作りますから」
「嬉しいけど、疲れてるだろうから無理はしなくてーー」
「私がそうしたいんです」
「……分かった」
「何が食べたいですか?」
「洋食がいいな」
「分かりました。腕によりをかけて作ります」
にこりと微笑う沙羅を眩しそうに見つめて、無一郎はそっと瞳を細めた。
その日の食卓にはオムライスとハンバーグとイカリングフライの盛り合わせプレート、サラダにスープが並んだ。
それらを前に、キラキラと瞳を輝かせる無一郎を見つめて、沙羅は決意を新たにした。