第七話 蝶屋敷
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午前中の稽古を終えて、昼食の準備に取り掛かろうとした沙羅を、無一郎が呼び止めた。
「今日の昼食は食べに行こう」
「どうしてですか?」
「蝶屋敷では色々とあったから、疲れてるだろ」
「そんな事はーー」
「それに、午後から君と行きたい所があるんだ」
「…………」
本音をいえば黒死牟戦へ備えて、一秒たりとも鍛錬の時間を削りたくはないのだが。
此方を気遣ってくれているのだろう師の心遣いを無碍にする事はできずに。
「分かりました」
沙羅がそう答えると、無一郎は微笑った。
その笑顔はなぜだか少し嬉しそうに見えた。
午後からの稽古を休んで沙羅と無一郎は人里へと赴いた。
昼食は以前訪れた事のある定食屋で摂る事となった。
沙羅は鯵南蛮定食を、無一郎はざる蕎麦天ぷら定食を、それぞれ注文する。
程なくして運ばれてきた定食を前に、二人は手を合わせた。
「頂きます」
二人同時に声を揃えて、まずは味噌汁に手を伸ばした時、コトンと沙羅の盆に茶碗蒸しが置かれた。
隣へ目を向けるとぼんやりとしつつも優しい眼差しで、無一郎が此方を見つめていた。
「好きでしょ?茶碗蒸し」
「……有り難うございます」
「どういたしまして」
戸惑いを覚えながらも沙羅もまた自分の盆からふろふき大根を取って、無一郎へ渡す。
「有り難う」
「いえ」
以前ここを訪れた時と全く同じ展開になり、戸惑いと懐かしさが混ざり合って少々複雑な気分になりながら、食を進める沙羅。
その隣で無一郎は暫くの間沙羅をじっと見つめていた。
「召し上がらないんですか?」
視線に気付いていた沙羅が内心堪りかねて、けれど表面上はポーカーフェイスを保ちながら尋ねると、
「食べるよ」
漸く視線を外してくれたので、内心安堵の息をつく。
胸の内では鼓動が早鐘を打っていた。
……この人は本当に心臓に悪い。
これが何とも思っていない相手であれば気にも留めないのだが、なぜこんなにもドキドキするのだろう。
「…………」
ゆっくりとその長い睫毛を伏せて、これ以上は深く考えないように、沙羅は自らの想いに蓋をした。
こんな感情は必要ない。
私はただ時透無一郎を守りきれればそれでいいのだからーー