第七話 蝶屋敷
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「これからは私の事も、名前で呼んで下さいね」
再び思い掛けない事を言われて戸惑い、さすがにそれはと言いかけて、口を噤んだ。
しのぶは表情こそにこにことして穏やかだが、どこか有無を言わせない威圧感を纏っていた。
柱って、全員強引なのかしら……?ぼんやりとそんな事を考えながら、
「……しのぶ様?」
伺うようにその名を呼ぶと、あからさまに残念そうにしのぶの笑顔が曇った。
カナヲとは違い、この方の場合は確信犯だなと悟りつつ。
「しのぶさん」
そう呼び直すと、しのぶは白い頬を淡く染めて、ほんのりとはにかむように微笑った。
その笑顔があまりにも綺麗で思わず見惚れる沙羅の髪に、しのぶがそっと触れる。
程なくして手が離れると、編み込みにしていた側頭部に、蝶の髪飾りが煌めいていた。
「よく似合いますよ」
そう言って頭を撫でるしのぶの手は、どこまでも優しかった。
まるで幼子扱いだ。……けれど、それに心地良さを感じている自身の心を自覚してしまった。
「……有り難うございます」
弱さに蓋をするように、沙羅はゆっくりと瞳を伏せた。
木々が深い樹影を落とし木漏れ日が白く揺らめく森の中を、沙羅は静かな足取りで進む。
霞柱邸へ戻るのは、約一ヶ月ぶりだ。今日から再び沙羅が真に師事する時透無一郎の指導のもと修行が始まる。
そう思うと無意識に足が速まっていた。
霞柱邸へ帰還すると、門前で静かに佇む無一郎の姿が真っ先に目に入った。
もしかして此方の帰りを待ってくれていたのだろうか。
沙羅が思わず駆け寄ると、ぼんやりとした瞳が此方を向いた。
「お帰り、沙羅」
無一郎は口元に微かな笑みを浮かべてそう言った。
「只今戻りました、師範」
突然のわがままを聞き入れてくれた感謝と無一郎へ対する敬意を込めて、深くお辞儀をする沙羅。
顔を上げると、無一郎が此方を凝視している事に気付く。
此方ーー正確には沙羅の側頭部、蝶の髪飾りを無一郎は瞬き一つせず凝視しているのだ。
「これは胡蝶様に頂いたんです」
その時の嬉しかった思いが蘇り、暖かい心地になって、ほんのりとはにかみながら沙羅は答えた。
無一郎は相変わらずぼんやりと虚ろな瞳をして、ふぅん、とだけ。
時透無一郎はそういう人だと認識していたため反応の薄さを特に気に留める事なく、沙羅は荷物を部屋におろし、朝の稽古に取り掛かった。
「…………」
此方を見つめる淡い碧色の瞳はその奥で、密かに嫉妬に揺れていた事に、この時はまだ気付かずにいた。