第七話 蝶屋敷
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ーー4、疑惑の彼女
テトロドトキシンは経過が非常に早く、摂取後およそ四から六時間で死に至る。
アコニチンを投与したとしても、引き延ばせて三時間ほどらしい。
二人が服毒してから約八時間半が経過した頃、漸く任務より帰還した胡蝶しのぶが、すぐさま処置にあたった。
処置室の外の廊下で待つ沙羅は、その顔に血の気はなく紙のように白い。
深く俯き、細い肩は小刻みに震えている。
声を掛けてやりたいが何を言えばいいのか分からず、無一郎はただ見守る事しかできずにいた。
どれほどの時間そうしていただろう。
処置室から出てきたしのぶへ、沙羅は縋るような視線を向けた。
「随分危険な賭けに出ましたね」
沙羅を見据えるしのぶの顔にいつもの笑顔はなく、厳しい声音でそう言った。
俯いた沙羅の表情に慚愧が滲む。
「……ですが、貴女がいなければ、二人は私の帰還を待たず命を落としていたでしょう」
はっとした表情で顔を上げた沙羅に、しのぶが目元を和らげて優しく微笑みかける。
「よく頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」
途端に沙羅の表情が今にも泣き出しそうに歪んだ。
強ばっていた身体から力が抜けたのが見て取れる。
泣くーーそう思ったが、沙羅は決して泣かなかった。
深く俯き、唇を噛み締めて、手指が白くなるほど強くぎゅっとスカートの裾を握りしめて。
「泣きたい時は、泣いてもいいのですよ」
労るような声音で諭すようにそう言って、しのぶが沙羅の肩にそっと手を置く。
沙羅は俯いたまま一度くっと奥歯を噛み締めて、
「いいえ。泣くにはまだ早いですから」
背筋を伸ばして、すっと顔を上げる。
「こんな所で私は折れる訳にはいかない」
強い眼差しと凛とした表情が、今までに見た何よりも美しく見えた。
愛しさと切なさが同時に胸に押し寄せて、無一郎はそっと瞳を細めた。
……ずっと、腹が立っていた。
その怒りの正体が、今分かった。
“機械仕掛けの絡繰みたい!”
菊池初夏は、沙羅をそう詰ったらしい。
違う。そんな事はない。
だって彼女はこんなにもーー
出会ってから日の浅い彼等の事を気に掛け、本気で心配していたのだから。
菊池初夏と真島仁成への面会の許可がおりたのは、二日後の午後の事だった。
犯罪を犯した二人は現在別々の部屋で外から鍵を掛け隔離されている。
沙羅はまず菊池初夏の病室を訪ねた。
「お加減は如何ですか」
「お陰様で今は何ともないわ」
「それはよかった」
短い会話を交わす時も菊池初夏は沙羅から目を逸らし、決して此方を見ようとはしなかった。
「自首して下さい」
ごく静かな声音で沙羅が切り出すと、漸く此方を向く。
「あたしやっぱり貴女が嫌いよ。……でも、」
諦念の滲む微かな笑みを浮かべて初夏は言った。
「有り難う。ひー君を死なせないでくれて」
「貴女達を助けたのは胡蝶様です」
「胡蝶様に聞いたわ。貴女がいなければ、私達は胡蝶様がお帰りになる前に死んでたって。だから……有り難う」
初夏は沙羅の手を握って、涙を流した。
手を包む仄かな温もりを通して彼女の悲痛なまでの真島への想いが伝わってくるようで、沙羅はゆっくりと瞳を伏せた。