FILE:2 彼女のお仕事
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小鍋でコトコトと刻んだ生姜を煮詰めていた際の出来事だった。
「わぁ、生姜の佃煮ですか?私、大好きなんです」
綺麗な声音はすぐ背後。至近距離。耳元で。
しのぶさんお得意の顔近過ぎ攻撃ですね。
うん、知ってた。だって、職業柄気配読めるし。
それでも心臓に悪い事に変わりはない。
紫生は敢えて振り向かないままさらりと答える。
「初めて作ったから。お口に合うか分からないけど」
紫生の対応に背後でしのぶが微かに苦笑したのが気配で伝わった。
「………此方を向いて下さいよ」
「だって、近いんだもん」
「つれないですねぇ。せっかく一緒に暮らすのですし、仲良くしましょう?」
「仲良くはしたいけど。この至近距離は必要?」
「知らないんですか?心と心の距離を縮めるには、まず物理的な距離を縮めるのは有効な手段なのですよ」
「ご飯出来たよー」
「本当、つれないですね……」
若干眉を下げて苦笑するしのぶを尻目に、テキパキと食卓に皿を並べていく紫生。
本日のメニューは炊きたての白米に鮭のムニエル(シンプルに塩こしょうとバターだけで仕上げたもの)、あさりの味噌汁、小松菜と油揚げのお浸し、そしてしのぶの好物である生姜の佃煮だ。
一応、和食の基本に倣って一汁三菜にしてみた(一品和食じゃない物も混ざっているが)。
………さて、アオイの料理で舌の肥えたしのぶに、果たして自分の手料理が一体何処まで通用するのだろうか。
「頂きます」
二人向かい合わせに座って、食前に手を合わせる。
そうしてしのぶがまず口を付けたのは、鮭のムニエルだった。
「わぁ、これ、とっても美味しいです!こんなの初めて食べました!」
しのぶは胸の前で両手を握った可愛らしいポーズで絶賛。
………だがしかし、である。
紫生は大抵の場合、相手の嘘を見抜けるのだが。
この人の場合本心なのかどうか、いまいち読みにくいんだよなぁ。
紫生は心の中で遠い目をした。
だが、そんな心中はおくびにも出さず、紫生はにっこり。
「そぉ?よかった。けど、口に合わないものがあったらすぐに言ってね?」
「そんなものありません。どれも美味しいです」
「んー。でも、これからはあたしの料理を食べる訳だし。ずっと口に合わないもの我慢してたら辛いでしょ?だから……」
「ーー!」
「口に合わなかったらすぐ言って?」
「…………分かりました。そういうものがあれば、すぐに言いますね」
「うん」
しのぶの笑顔が若干曇ったのか少し気になったが、紫生は取り敢えず食事を続ける事にした。
………次の瞬間だった。
しのぶが口を開いたのは。
「………お父様の事、本当にいいのですか?」
仇をとらなくて、という意味だ。
夕方の話の続き。
紫生は何とも言えない微苦笑を浮かべた。
「仇を取る意志があるなら、私はお手伝いしますよ」
その言葉に、紫生は黙って頭を振った。
「夕方も話したと思うけど、仇は取らないよ。それが父の最期の言葉だったから」
「紫生さん………」
「しのぶさんには理解し辛いかもしれないけど。あたしはそれよりも」
紫生は俯けていた顔を上げて。
「父の意志を継いで、この街を守りたい」
凛とした瞳で。
「父が愛した、この街をーーー」
しのぶはそれ以降口を閉ざした。