さよなら僕の聖母様
それ以降、主と何かと話すことが増えた。
篭手切が主に訓練をつけてもらうんです、とれっすんに主を呼んでいたときもあったし、すれ違えば何かしら言葉をかわすようになった。
この大所帯の本丸で、そう一日に何度もということにはならなかったけれど。それでも少しずつ会話は増えていった気がする。
「じゃあ頑張ってね、行ってらっしゃい。豊前、よろしくね」
「任せとけ」
ひらひらと手を振って見送られる。今日は出陣ではなく少し長めの遠征だった。
隊長は豊前で、僕たちは昼過ぎに出発した。
江戸時代初期に向かい、僕たちはある町の調査を行うことになっていた。
僕は豊前と二振りで行動することになり、小さな丘の上で町を上から展望していた。
「……暇だな」
「うん。暇だね」
遠征は基本的に戦闘になることはない。歴史に歪みが生じないよう調査をしたり、時に手助けをしてみたりそんな作業ばかりだから。
「平和だな」
「戦国の世が終わった後だからね。この時代は」
豊前は地面に腰を下ろし、足を伸ばして町の方を見つめていた。
「そういえばこうやってゆっくりするのも久しぶりだな」
「そう?」
「本丸でゆっくりするのとこういうとこでゆっくりするのはやっぱり違うだろ」
それは、たしかにわかる気がする。
そうだねと頷けば豊前はそのまま大の字に寝転がった。
「あー! いい空だな! 走りたくなってきた」
そしてすぐにそう言って起き上がる。
「豊前は相変わらずだね」
そう笑うと、豊前は「だって走るの気持ちいいじゃん」と言った。
「松は? なんかやりたいことないの?」
「……瀉血?」
豊前は困ったように笑うと「ほんとお前ぶれないよな」と僕の肩を数回叩いた。
「ああ……でも、今瀉血したら主が困ってしまうかな」
「それはまあ困るだろ」
「じゃあやめておくよ」
この平和な時代に来て血を流すのも野暮というものだ。
……この数年後、あの戦が起きるのは変えられないのだけれど。この時代は、少なくとも無闇矢鱈に血が流れることが無くなった時代だから。
「……なあ松、お前主のことどう思ってるの?」
僕が自分の手首を撫でていると、豊前がそう首を傾げてきた。どう、と言われても。
「いい主だと思ってるよ」
「それだけ?」
豊前は即座にそう聞き返して来る。それだけ、それだけでは……ないのかもしれないけれど……
「不思議な人だとは、思ってる。でもあの人のためになら僕は何でも差し出せる。だって僕は」
あの人に喚ばれてこの身を得たのだから。
そう口にすると、自然に口角が上がった。豊前はその端正な顔を少し固くして、「それもそうか」と呟く。
「豊前のことも同じくらい大事に思ってるよ」
「いや、別にそこは気にしてねーけど……」
でもまあ、松がいいならいいか。
豊前はそう続けてじっと町の方に視線を向けた。
それ以降その話はしなくなり、僕達は昨日食べたはんばぁぐ、というものが美味しかったという話で随分と盛り上がっていた。
本丸に戻ると、主が僕たちを見て「おかえり」といつもの微笑みを見せた。
綺麗だ、そんなことを思う。
「松井」
そう呼びかけられて、僕は祈るように息を吐いた。
「何かあったかな」
胸に手を当てて、伺いを立てるように僕はそう問いかけるのだ。
篭手切が主に訓練をつけてもらうんです、とれっすんに主を呼んでいたときもあったし、すれ違えば何かしら言葉をかわすようになった。
この大所帯の本丸で、そう一日に何度もということにはならなかったけれど。それでも少しずつ会話は増えていった気がする。
「じゃあ頑張ってね、行ってらっしゃい。豊前、よろしくね」
「任せとけ」
ひらひらと手を振って見送られる。今日は出陣ではなく少し長めの遠征だった。
隊長は豊前で、僕たちは昼過ぎに出発した。
江戸時代初期に向かい、僕たちはある町の調査を行うことになっていた。
僕は豊前と二振りで行動することになり、小さな丘の上で町を上から展望していた。
「……暇だな」
「うん。暇だね」
遠征は基本的に戦闘になることはない。歴史に歪みが生じないよう調査をしたり、時に手助けをしてみたりそんな作業ばかりだから。
「平和だな」
「戦国の世が終わった後だからね。この時代は」
豊前は地面に腰を下ろし、足を伸ばして町の方を見つめていた。
「そういえばこうやってゆっくりするのも久しぶりだな」
「そう?」
「本丸でゆっくりするのとこういうとこでゆっくりするのはやっぱり違うだろ」
それは、たしかにわかる気がする。
そうだねと頷けば豊前はそのまま大の字に寝転がった。
「あー! いい空だな! 走りたくなってきた」
そしてすぐにそう言って起き上がる。
「豊前は相変わらずだね」
そう笑うと、豊前は「だって走るの気持ちいいじゃん」と言った。
「松は? なんかやりたいことないの?」
「……瀉血?」
豊前は困ったように笑うと「ほんとお前ぶれないよな」と僕の肩を数回叩いた。
「ああ……でも、今瀉血したら主が困ってしまうかな」
「それはまあ困るだろ」
「じゃあやめておくよ」
この平和な時代に来て血を流すのも野暮というものだ。
……この数年後、あの戦が起きるのは変えられないのだけれど。この時代は、少なくとも無闇矢鱈に血が流れることが無くなった時代だから。
「……なあ松、お前主のことどう思ってるの?」
僕が自分の手首を撫でていると、豊前がそう首を傾げてきた。どう、と言われても。
「いい主だと思ってるよ」
「それだけ?」
豊前は即座にそう聞き返して来る。それだけ、それだけでは……ないのかもしれないけれど……
「不思議な人だとは、思ってる。でもあの人のためになら僕は何でも差し出せる。だって僕は」
あの人に喚ばれてこの身を得たのだから。
そう口にすると、自然に口角が上がった。豊前はその端正な顔を少し固くして、「それもそうか」と呟く。
「豊前のことも同じくらい大事に思ってるよ」
「いや、別にそこは気にしてねーけど……」
でもまあ、松がいいならいいか。
豊前はそう続けてじっと町の方に視線を向けた。
それ以降その話はしなくなり、僕達は昨日食べたはんばぁぐ、というものが美味しかったという話で随分と盛り上がっていた。
本丸に戻ると、主が僕たちを見て「おかえり」といつもの微笑みを見せた。
綺麗だ、そんなことを思う。
「松井」
そう呼びかけられて、僕は祈るように息を吐いた。
「何かあったかな」
胸に手を当てて、伺いを立てるように僕はそう問いかけるのだ。