さよなら僕の聖母様

──助けて、どうか助けて……! せめて子供だけでも……!

 またあの夢を見た。頬に違和感を感じて、左手の甲でそこを拭えばべっとりと生暖かい血がこびりついていた。
 これは誰の血だろうか。先程斬った女性か、それともその前に斬った少女か。
 少女は最期になんて言ってたか。思い出せない。聞いていないだけなのかもしれないけれど。
 前に進もうとしたら、足首を突然何かに掴まれた感覚がして足を止めた。ふと後ろを見ると、先程斬ったはずの女性が僕の足首を強く掴んでいた。

「よくも娘を」
「違う、僕は……」
「よくも娘を、よくも私を……! この悪魔が!」

 ぐ、と明らかに人のものではない力で足を引っ張られた。思わずその場によろけて崩れ落ちた。先ほど斬った少女の中身だったものが視界の端に写る。
 よくも、よくも、足首を引く手が増えていく。誰のものかもわからない手に引っ張られて、誰のものかもわからない血がべったりと体に着いた。

「ゆるさない、許してたまるか、この悪魔!」

 冷や汗が全身から流れている。このまま連れて行かれたらどうなるのだろう。折れるのだろうか。

「……い、」

 遠くで声が聞こえる。心臓が酷く早く動いていた。

「松井! 起きて、松井!」

 ハッとして目を開いた。
 呼吸が苦しい。胃の辺りがやけに気持ち悪い。

「大丈夫? やっぱり貧血かな、手入れしたけどすぐにはよくならないのかも」

 背中を擦られている。恐る恐る自分の手の平を見ても、そこには変わらない白い肌が映るだけだ。夢だ、いつも見てるようなただの悪い夢だ。

「っ……はぁっ、あるじ……」
「しんどいね。大丈夫だからね。ゆっくり呼吸しようか」

 胸が苦しい。息が上手くできない。

「は……っ、うっ、ぅえっ」

 体を丸めて、耐えられなくてそのまま吐いた。主がすぐに手拭いを用意して、そのまま口元を拭ってくれる。
 吐いたら少し落ち着いてきて、あれほど苦しかった呼吸も楽になってきた。
 しばらく深呼吸をしている間、主は何も言わず背中を撫でてくれていた。

「……ごめん」
「気にしないでいいから」
「布団駄目にした」
「いいよ別に。どうせ血で汚れてすぐ駄目になるんだから」

 手入れ部屋の布団は使い捨てだよと主は僕の頭を撫でながら言った。事実そうかもしれないけど、でも布団は変えたばかりなのではないか。綺麗だったということは、そういうことだろう。

「……またあなたに助けられた」
「私何もしてないよ」
「ううん……してるから。……ああ、本当にあなたは神様みたいだ」
「刀剣男士に神様とか言われてもねえ」
「それでもあなたは僕の神様なんだ」

 自分が突拍子もないことを言っているのはわかる。それでも、主はそれ以上否定せず肯定してくれた。

「そっか」

 それだけ呟いて、汚れた布団を交換してくれる。自分でやると言ったが横になっていてと強く言われてしまった。
 悪い夢を見たらきっと助けてくれる。僕が主を助ける立場だというのに、そんなことを思ってしまった。
 どうしようもないくらいには、僕は主のことを信じていた。自分の心の穴をなんとか埋めようとでも思っていたのだろうか。
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