さよなら僕の聖母様
あたたかい光に誘われた、気がする。
「郷義弘が作刀、名物、松井江。歌って踊るよりは流し流されの方が得意かな。何をって? ……フ、血に決まってるだろう?」
睫毛を伏せて、そんな言葉を吐いた。
長い眠りから覚めた感覚とでもいえばいいのだろうか。そんな感じがする。今発した言葉は口から勝手に出てきた。これが話すという感覚か、とぼんやり思う。
それからこの体を手に入れた僕が、初めて視界に入れたのは一人の少女の顔だった。
「……ようこそ、松井江。この本丸へようこそ」
この子が僕の主なのだろう。そのことは何も言われなくてもわかる。霊力の雰囲気とか、そういうのでなんとなくそんな感じがするのだ。
僕に向かってふわりと微笑んだ少女はまだ幼さの残る顔つきをしていた。
彼女にそれだけを告げられたあと、僕は早速「本丸の案内をしてもらうから」と主に促され前に出てきた小夜左文字に連れられて顕現された部屋を出る。
そこで小夜にここが主の執務室であるということだけを教わって、まだ何もわかっていない中僕は軋む階段を降りて行った。
ここで歴史を守るための戦いが行われていることは理解している。僕たちは本能的に歴史を守るように、そういうことになっているから。
僕は、審神者と呼ばれている特別な力を持った人間に誘われて人の体を得た。ただの刀がこうして立派な躯体で意思を持って歩くことができる。審神者の力とはつくづく不思議な力だなと思う。
「細川家の刀は君以外にいるのかい」
「うん。歌仙もいるし……少し前に篭手切も来たよ。貴方が顕現するのを楽しみにしていたから早く顔を見せてあげて」
小夜は歩きながらこの本丸について教えてくれた。部屋は特に決まりはないが、関わりの深いもの同士で同じになっているらしい。それから食事の場所や時間、本丸での内番について……生活の基本的なことから、戦についてまでとにかく色々彼は話してくれた。
「あまり緊張しないで。戦も……多分しばらくは大変なところには行かないと思うから」
「僕は人見知りではないしそう緊張する方でもないよ。どこかの誰かさんと違ってね」
そうでしたね、と小夜が頷く。
「ここが篭手切と豊前さんの部屋。篭手切、松井江だよ」
襖を少し叩いて、小夜がそのまま開けようと手をかける。しかし彼よりも早く、襖が勢いよく開いた。
「松井さん!?」
そんな声がしたと思ったら、誰かに両手を取られていた。緑色の現代風の装束を身に纏った眼鏡の少年……のように見える彼は、篭手切江だ。彼もいっとき細川家の刀だった頃があるから覚えている。
「お待ちしておりました……!」
心底感激したように、彼は僕の両手をブンブン振った。
「……それにしても驚いたな。まだ里は周っているのか?」
その後彼は小夜の方を向いて小声でそう呟く。
「一応政府の訓練場だから、危険はないからね。何も起きない範囲でって」
「そうなのか」
「時期に桑名江も来るよ。歌仙が躍起になってて」
「……まだ喧嘩してるのか?」
「……そうみたい」
二振りは何やら話をしているが、先程顕現したばかりの僕には一体なんの話をしているのかわからなかった。
篭手切は話を切り上げて小夜にお礼を言うと、改めて僕に向き直る。
「松井さん、お待ちしていました……! あの……よろしければ、一緒のお部屋で過ごせればいいなと思って……」
「構わないよ。ここは僕と篭手切以外に誰かいるの?」
「りいだあ……豊前さんが」
篭手切は心底嬉しそうにそう告げた。
豊前、豊前江。それを聞いて思い浮かぶのは一振りしかない。……そう、彼もここにいるんだ。
「松井さん、ぜひ中へ。美味しい珈琲をお淹れします」
「君にそんなことをさせるわけには……」
「君も細川由縁のものなのだし」と言ったけれど、篭手切は「私がやりたいんです!」と楽しそうになんだかよくわからない機械をいじり始めていた。
「もう本丸は一通り回ったんですか?」
「ああ。でもここは随分と広いね。初めのうちは迷ってしまいそうだ」
「そうですよね。私もまだ全然慣れません」
聞けば篭手切も一週間ほど前に来たばかりなのだという。どうやら僕たち江の刀は、今開催されている訓練場で手に入れることのできるのだという。まだ江の刀が増えるかも、と篭手切は話していた。
「……主には会われたんですか?」
篭手切が少し眉を下げてそう首を傾げる。
顕現したばかりのことを思い出す。あの少女のことだ。
「ああ。顔は見たよ。……随分と若そうだったけれど一体幾つの子なんだい? 篭手切は知ってる?」
「十六だとお聞きしています」
……十六。そうか。
「……随分と時の政府は人手不足なのかな」
「さあ……」
単に審神者不足か、彼女にそれほどまでの能力があるのか。
十六の女の子が戦の大将だなんて、……まあ、そういうこともあるだろうけれど。なんだか複雑な気持ちになってしまう。
「私もあまりお話できてなくて……まだ全然知らないんですよね」
……ああ、そうだ。かの少年も丁度そのくらいの年だったのでは無かっただろうか。
「……松井さん? 顔色が悪いですよ? もしかしてどこか異状が……」
「いや、大丈夫。なんでもないよ」
心配そうな表情を見せる篭手切にそう首を振った。
……少し昔のことを思い出しただけだ。別に大きな意味は無い。
その後遠征から帰ってきた豊前とようやく顔を合わせた。
彼は僕には眩しすぎるくらい輝いていて思わず少し目を逸らしてしまった。豊前はそんな僕を見て「おもしれーな」と笑っていた。底抜けに明るい刀だと思う。
初めて取った食事は不思議な感覚がした。食べないといけないなんて人の体は不便だとつくづく思う。食堂に集まってみんなで食事を取ることになっていたけれど、そこには主はいなかった。
翌日には桑名が顕現した。
奴は顕現した瞬間から物吉貞宗と共に畑に入り浸っているので、多分僕とは根本的に何かが違うのだと思う。
それから一週間も経たないうちに五月雨と村雲も顕現したから、僕たちは一瞬で大所帯になってしまった。
篭手切がやりたいといいだした『れっすん』も豊前がやると言ったからやってみることにした。血が流せるらしいと聞いたけれど、今の所その機会に恵まれてはいない。
「郷義弘が作刀、名物、松井江。歌って踊るよりは流し流されの方が得意かな。何をって? ……フ、血に決まってるだろう?」
睫毛を伏せて、そんな言葉を吐いた。
長い眠りから覚めた感覚とでもいえばいいのだろうか。そんな感じがする。今発した言葉は口から勝手に出てきた。これが話すという感覚か、とぼんやり思う。
それからこの体を手に入れた僕が、初めて視界に入れたのは一人の少女の顔だった。
「……ようこそ、松井江。この本丸へようこそ」
この子が僕の主なのだろう。そのことは何も言われなくてもわかる。霊力の雰囲気とか、そういうのでなんとなくそんな感じがするのだ。
僕に向かってふわりと微笑んだ少女はまだ幼さの残る顔つきをしていた。
彼女にそれだけを告げられたあと、僕は早速「本丸の案内をしてもらうから」と主に促され前に出てきた小夜左文字に連れられて顕現された部屋を出る。
そこで小夜にここが主の執務室であるということだけを教わって、まだ何もわかっていない中僕は軋む階段を降りて行った。
ここで歴史を守るための戦いが行われていることは理解している。僕たちは本能的に歴史を守るように、そういうことになっているから。
僕は、審神者と呼ばれている特別な力を持った人間に誘われて人の体を得た。ただの刀がこうして立派な躯体で意思を持って歩くことができる。審神者の力とはつくづく不思議な力だなと思う。
「細川家の刀は君以外にいるのかい」
「うん。歌仙もいるし……少し前に篭手切も来たよ。貴方が顕現するのを楽しみにしていたから早く顔を見せてあげて」
小夜は歩きながらこの本丸について教えてくれた。部屋は特に決まりはないが、関わりの深いもの同士で同じになっているらしい。それから食事の場所や時間、本丸での内番について……生活の基本的なことから、戦についてまでとにかく色々彼は話してくれた。
「あまり緊張しないで。戦も……多分しばらくは大変なところには行かないと思うから」
「僕は人見知りではないしそう緊張する方でもないよ。どこかの誰かさんと違ってね」
そうでしたね、と小夜が頷く。
「ここが篭手切と豊前さんの部屋。篭手切、松井江だよ」
襖を少し叩いて、小夜がそのまま開けようと手をかける。しかし彼よりも早く、襖が勢いよく開いた。
「松井さん!?」
そんな声がしたと思ったら、誰かに両手を取られていた。緑色の現代風の装束を身に纏った眼鏡の少年……のように見える彼は、篭手切江だ。彼もいっとき細川家の刀だった頃があるから覚えている。
「お待ちしておりました……!」
心底感激したように、彼は僕の両手をブンブン振った。
「……それにしても驚いたな。まだ里は周っているのか?」
その後彼は小夜の方を向いて小声でそう呟く。
「一応政府の訓練場だから、危険はないからね。何も起きない範囲でって」
「そうなのか」
「時期に桑名江も来るよ。歌仙が躍起になってて」
「……まだ喧嘩してるのか?」
「……そうみたい」
二振りは何やら話をしているが、先程顕現したばかりの僕には一体なんの話をしているのかわからなかった。
篭手切は話を切り上げて小夜にお礼を言うと、改めて僕に向き直る。
「松井さん、お待ちしていました……! あの……よろしければ、一緒のお部屋で過ごせればいいなと思って……」
「構わないよ。ここは僕と篭手切以外に誰かいるの?」
「りいだあ……豊前さんが」
篭手切は心底嬉しそうにそう告げた。
豊前、豊前江。それを聞いて思い浮かぶのは一振りしかない。……そう、彼もここにいるんだ。
「松井さん、ぜひ中へ。美味しい珈琲をお淹れします」
「君にそんなことをさせるわけには……」
「君も細川由縁のものなのだし」と言ったけれど、篭手切は「私がやりたいんです!」と楽しそうになんだかよくわからない機械をいじり始めていた。
「もう本丸は一通り回ったんですか?」
「ああ。でもここは随分と広いね。初めのうちは迷ってしまいそうだ」
「そうですよね。私もまだ全然慣れません」
聞けば篭手切も一週間ほど前に来たばかりなのだという。どうやら僕たち江の刀は、今開催されている訓練場で手に入れることのできるのだという。まだ江の刀が増えるかも、と篭手切は話していた。
「……主には会われたんですか?」
篭手切が少し眉を下げてそう首を傾げる。
顕現したばかりのことを思い出す。あの少女のことだ。
「ああ。顔は見たよ。……随分と若そうだったけれど一体幾つの子なんだい? 篭手切は知ってる?」
「十六だとお聞きしています」
……十六。そうか。
「……随分と時の政府は人手不足なのかな」
「さあ……」
単に審神者不足か、彼女にそれほどまでの能力があるのか。
十六の女の子が戦の大将だなんて、……まあ、そういうこともあるだろうけれど。なんだか複雑な気持ちになってしまう。
「私もあまりお話できてなくて……まだ全然知らないんですよね」
……ああ、そうだ。かの少年も丁度そのくらいの年だったのでは無かっただろうか。
「……松井さん? 顔色が悪いですよ? もしかしてどこか異状が……」
「いや、大丈夫。なんでもないよ」
心配そうな表情を見せる篭手切にそう首を振った。
……少し昔のことを思い出しただけだ。別に大きな意味は無い。
その後遠征から帰ってきた豊前とようやく顔を合わせた。
彼は僕には眩しすぎるくらい輝いていて思わず少し目を逸らしてしまった。豊前はそんな僕を見て「おもしれーな」と笑っていた。底抜けに明るい刀だと思う。
初めて取った食事は不思議な感覚がした。食べないといけないなんて人の体は不便だとつくづく思う。食堂に集まってみんなで食事を取ることになっていたけれど、そこには主はいなかった。
翌日には桑名が顕現した。
奴は顕現した瞬間から物吉貞宗と共に畑に入り浸っているので、多分僕とは根本的に何かが違うのだと思う。
それから一週間も経たないうちに五月雨と村雲も顕現したから、僕たちは一瞬で大所帯になってしまった。
篭手切がやりたいといいだした『れっすん』も豊前がやると言ったからやってみることにした。血が流せるらしいと聞いたけれど、今の所その機会に恵まれてはいない。
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