星探し
もうあの篭手切には会うことがないかも、というその予想はすぐに外れることになる。
数日後のこと。会議の前に廊下を歩いていると、あの篭手切の後ろ姿を廊下でたまたま見かけた。会議室にすぐに行かなければいけないことも忘れ、俺はすぐに彼に駆け寄る。
「お。アンタ前に会った篭手切? 俺のこと覚えてっか?」
「は、はい。またお会いできるとは思っていませんでした……」
突然声をかけられた篭手切は驚いたように顔を上げて、そう口にした。
俺も息を整えながら口角を上げる。
「また会えて嬉しいよ。仕事か?」
「はい。主に頼まれた書類を受け取りに」
篭手切はそういうと手に持っていた茶封筒をこちらに見せてきた。
俺はそれに「そっか」と頷くも、すぐに微かに首を傾げた。篭手切の口から出てきた『主』という言葉が引っかかったのだ。
俺たち政府顕現の刀剣男士には、基本的にそう呼ぶべき存在はいない。誰か特定の審神者に顕現されて仕えているわけではないからだ。
俺はそこそこ長い時間政府で働いている気がするが、誰かを主と呼ぶようなやつは見たことがなかった。
「私は審神者の力を持つ人間に顕現されて、今もその人に仕えているんです。その人は審神者というわけではないんですけど……なんとなくそう呼び始めたら馴染んでしまいました」
そう篭手切は俺の言葉に苦笑した。
政府ではそんな働き方をしている刀剣男士もいるんだなと素直に納得する。
もっと彼と話がしたくて、何か話を続けようと口を開いた。しかしそのとき、
「豊前! 集合時間に遅れるよ!」
と後ろからよく聞き知った声が聞こえてくる。同僚のクワの声だ。
慌てて腕時計を見ると、確かにもう会議の時間が近くなっていた。
「わりぃ、俺もう行かねぇと!」
軽く篭手切に頭を下げる。
残念だ。せっかく会えたのにもう行かなければいけないのか。
なぜだかそれが、ものすごく惜しい気がした。
「早く行ってあげてください! また会えてよかった。……今度も、また会えたら嬉しいです」
篭手切がそう目を細めながら言った。
そんな彼の頭に手を乗せ、軽く撫でた。彼の髪の毛は、俺のよりもずっと柔らかい気がした。
「会えるだろ。もう二回も会ってるんだぞ?」
そう返せば、篭手切は少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「そうだと嬉しいです」
その言葉を聞いてから、俺は「またな」と言って早足で歩き出した。
歩きながらふと彼の方を振り返ると、篭手切は柔らかく微笑んだまま俺のことを見つめていた。
その日から、俺はいつの間にかその篭手切を探すようになっていた。
その甲斐あってか、それともただの偶然か。それからも何度かその篭手切と顔を合わせることができるようになっていた。
その度に少しずつ会話の量が増えていって、いつの間にかプライベートでも会うようになっていた。俺からどっか行かねぇかって誘うようになったのだ。
ただ篭手切は部署の規則で端末の連絡先を交換してはいけないようだから、いつも俺たちはその場の口約束で次に会う予定を取り付けていた。
「りいだあは休みの日、いつもどこかに出られるんですか?」
「いや? まあどっか行くときもあるけど……そうでもないな。何もしない日もあるし。まあバイクでどっか行くときもあるけどさ」
その日はクワが気に入ってるカフェに篭手切を誘ったのだ。
なんだか格好つけたくて、いかにもよく知っていますという風に入店した。席につくと篭手切におすすめを聞かれたから、いつもクワが飲んでるやつを二杯注文した。よくよく考えたら俺のおすすめではないが、クワには悪いが俺のということにさせてもらう。
篭手切が気に入ってくれるかはわからなかったが、悪い反応はしてないから多分よかったんだと思う。美味いし。そういうことにしておく。
「俺他の部署にも知り合いの篭手切がいるんだけどさ。その篭手切は同じ部署の奴らとれっすん? してるらしいんだ。篭手切もそういうこととかしてるのか?」
カップを傾けながらそう問いかける。
この飲み物は美味しいが注意しないとホイップが口周りにつきそうになる。クワって飲むの上手いんだな。
篭手切江は何かとすていじ? というものに惹かれるようで、れっすんとやらをやりたがるのは篭手切の個性でもあるらしい。だからこの篭手切にも、そういうところがあるのかが気になったのだ。
「れっすん……あはは。してみたいとは常々思ってるのですが……どうにも動ける場所がうちにはなくて」
「あー、そっか。働いてんの病院だっけ?」
「……はい」
そりゃ動き回る場所はなさそうだ、と素直に頷く。
俺の他の知り合いの篭手切たちは、政府管理のすたじおとかを借りて日々れっすんに勤しんでいるらしい。
今度政府主催の刀剣男士ダンス大会に出るのだと意気込んでいたのを覚えている。
よくわからないが、一体どこでそんなの開催してるというのだろう。時の政府は暇なのだろうか。
「できたらいいんですけどね。私も……すていじで輝いてみたいと、そんな夢を見ることがあります」
そう言いながら柔らかく篭手切は微笑んだ。
その顔を見ていると、だんだん何でも願いを叶えてやりたくなってしまう。
……れっすんって、俺にもできんのかな。
「……探してやるよ。なんか使えそうな場所」
「えっ!」
ふと口をついて出た俺の提案に篭手切はこれまで聞いたことがないようなでかい声で反応した。目を丸くてして、とはこういうときに使うのだろう。
「そ、そんな! りいだあにそんなお手を煩わせるわけには……! 私はいいんです、そんな、れっすんなんてやる資格」
「いいっていいって。俺もやったことねぇからわかんねーけど、アンタと一緒ならできそうな気がするよ」
これまで他所の同位体が篭手切とれっすんした話をしてくるのを聞いていると、なんとなく悔しい気持ちになっていた。
俺 はそんな物語を持っているわけではないのに、彼らはみんな楽しそうで、キラキラしていた。
それでも自分からやろうと言い出したことはない。れっすんをするのは、俺の物語では無いからだ。
いつか篭手切が同じ部署に来たときは、誘ってくれるだろうか。そう思い続けていたのだ。
「……私にも、できるだろうか」
彼は不安そうに呟く。
手を伸ばしてその頭を軽く撫でる。やはりよく手入れされたふわふわの髪の毛だった。
「できるよ。俺も協力する。あっ、もしかして篭手切の職場にも俺がいたりするのか……?」
もしそうだったら抜け駆けと思われるのかもしれない。そう思いながらそう恐る恐る首を傾げれば、篭手切は素直に首を横に振る。
「松井さんとは同じ主に顕現されて一緒に働いてます。でも他の江の刀は近くにはいらっしゃいません。……りいだあが、はじめてです」
「じゃあそのマツも一緒にやろうぜ。俺クワ連れてくるからさ」
「えっ、ええ!?」
俺の言葉に篭手切は机に手をついて立ち上がって、そう声を上げた。
その目は、困惑を抱きながらも少年のようにキラキラと輝いている。
……綺麗だ。
「それじゃ決まりな! 来週も同じ時間、食堂の前で! マツも連れて来いよ」
なんだか俺まで上機嫌になって、そう笑いながら立ち上がり篭手切の肩を叩く。
「松井さん……。来てくれるでしょうか」
「来てくれんだろ。マツはいいやつだろ?」
「はい……すごくいい方です」
「じゃあ心配しなくていいよ。場所は俺がなんとかするから」
そう篭手切を安心させるように口にする。
篭手切はやはり嬉しそうな輝く瞳を隠しきれないまま、
「ありがとうございます」
と笑った。
……この篭手切のこんんなに嬉しそうな顔を、俺はその時初めて見たのだ。
いつも篭手切は、どこか暗くて、不安そうな表情をしていたから。
彼にはそんな顔よりも、こっちのほうがよっぽど似合ってる。
ただ、そう思った。
数日後のこと。会議の前に廊下を歩いていると、あの篭手切の後ろ姿を廊下でたまたま見かけた。会議室にすぐに行かなければいけないことも忘れ、俺はすぐに彼に駆け寄る。
「お。アンタ前に会った篭手切? 俺のこと覚えてっか?」
「は、はい。またお会いできるとは思っていませんでした……」
突然声をかけられた篭手切は驚いたように顔を上げて、そう口にした。
俺も息を整えながら口角を上げる。
「また会えて嬉しいよ。仕事か?」
「はい。主に頼まれた書類を受け取りに」
篭手切はそういうと手に持っていた茶封筒をこちらに見せてきた。
俺はそれに「そっか」と頷くも、すぐに微かに首を傾げた。篭手切の口から出てきた『主』という言葉が引っかかったのだ。
俺たち政府顕現の刀剣男士には、基本的にそう呼ぶべき存在はいない。誰か特定の審神者に顕現されて仕えているわけではないからだ。
俺はそこそこ長い時間政府で働いている気がするが、誰かを主と呼ぶようなやつは見たことがなかった。
「私は審神者の力を持つ人間に顕現されて、今もその人に仕えているんです。その人は審神者というわけではないんですけど……なんとなくそう呼び始めたら馴染んでしまいました」
そう篭手切は俺の言葉に苦笑した。
政府ではそんな働き方をしている刀剣男士もいるんだなと素直に納得する。
もっと彼と話がしたくて、何か話を続けようと口を開いた。しかしそのとき、
「豊前! 集合時間に遅れるよ!」
と後ろからよく聞き知った声が聞こえてくる。同僚のクワの声だ。
慌てて腕時計を見ると、確かにもう会議の時間が近くなっていた。
「わりぃ、俺もう行かねぇと!」
軽く篭手切に頭を下げる。
残念だ。せっかく会えたのにもう行かなければいけないのか。
なぜだかそれが、ものすごく惜しい気がした。
「早く行ってあげてください! また会えてよかった。……今度も、また会えたら嬉しいです」
篭手切がそう目を細めながら言った。
そんな彼の頭に手を乗せ、軽く撫でた。彼の髪の毛は、俺のよりもずっと柔らかい気がした。
「会えるだろ。もう二回も会ってるんだぞ?」
そう返せば、篭手切は少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「そうだと嬉しいです」
その言葉を聞いてから、俺は「またな」と言って早足で歩き出した。
歩きながらふと彼の方を振り返ると、篭手切は柔らかく微笑んだまま俺のことを見つめていた。
その日から、俺はいつの間にかその篭手切を探すようになっていた。
その甲斐あってか、それともただの偶然か。それからも何度かその篭手切と顔を合わせることができるようになっていた。
その度に少しずつ会話の量が増えていって、いつの間にかプライベートでも会うようになっていた。俺からどっか行かねぇかって誘うようになったのだ。
ただ篭手切は部署の規則で端末の連絡先を交換してはいけないようだから、いつも俺たちはその場の口約束で次に会う予定を取り付けていた。
「りいだあは休みの日、いつもどこかに出られるんですか?」
「いや? まあどっか行くときもあるけど……そうでもないな。何もしない日もあるし。まあバイクでどっか行くときもあるけどさ」
その日はクワが気に入ってるカフェに篭手切を誘ったのだ。
なんだか格好つけたくて、いかにもよく知っていますという風に入店した。席につくと篭手切におすすめを聞かれたから、いつもクワが飲んでるやつを二杯注文した。よくよく考えたら俺のおすすめではないが、クワには悪いが俺のということにさせてもらう。
篭手切が気に入ってくれるかはわからなかったが、悪い反応はしてないから多分よかったんだと思う。美味いし。そういうことにしておく。
「俺他の部署にも知り合いの篭手切がいるんだけどさ。その篭手切は同じ部署の奴らとれっすん? してるらしいんだ。篭手切もそういうこととかしてるのか?」
カップを傾けながらそう問いかける。
この飲み物は美味しいが注意しないとホイップが口周りにつきそうになる。クワって飲むの上手いんだな。
篭手切江は何かとすていじ? というものに惹かれるようで、れっすんとやらをやりたがるのは篭手切の個性でもあるらしい。だからこの篭手切にも、そういうところがあるのかが気になったのだ。
「れっすん……あはは。してみたいとは常々思ってるのですが……どうにも動ける場所がうちにはなくて」
「あー、そっか。働いてんの病院だっけ?」
「……はい」
そりゃ動き回る場所はなさそうだ、と素直に頷く。
俺の他の知り合いの篭手切たちは、政府管理のすたじおとかを借りて日々れっすんに勤しんでいるらしい。
今度政府主催の刀剣男士ダンス大会に出るのだと意気込んでいたのを覚えている。
よくわからないが、一体どこでそんなの開催してるというのだろう。時の政府は暇なのだろうか。
「できたらいいんですけどね。私も……すていじで輝いてみたいと、そんな夢を見ることがあります」
そう言いながら柔らかく篭手切は微笑んだ。
その顔を見ていると、だんだん何でも願いを叶えてやりたくなってしまう。
……れっすんって、俺にもできんのかな。
「……探してやるよ。なんか使えそうな場所」
「えっ!」
ふと口をついて出た俺の提案に篭手切はこれまで聞いたことがないようなでかい声で反応した。目を丸くてして、とはこういうときに使うのだろう。
「そ、そんな! りいだあにそんなお手を煩わせるわけには……! 私はいいんです、そんな、れっすんなんてやる資格」
「いいっていいって。俺もやったことねぇからわかんねーけど、アンタと一緒ならできそうな気がするよ」
これまで他所の同位体が篭手切とれっすんした話をしてくるのを聞いていると、なんとなく悔しい気持ちになっていた。
それでも自分からやろうと言い出したことはない。れっすんをするのは、俺の物語では無いからだ。
いつか篭手切が同じ部署に来たときは、誘ってくれるだろうか。そう思い続けていたのだ。
「……私にも、できるだろうか」
彼は不安そうに呟く。
手を伸ばしてその頭を軽く撫でる。やはりよく手入れされたふわふわの髪の毛だった。
「できるよ。俺も協力する。あっ、もしかして篭手切の職場にも俺がいたりするのか……?」
もしそうだったら抜け駆けと思われるのかもしれない。そう思いながらそう恐る恐る首を傾げれば、篭手切は素直に首を横に振る。
「松井さんとは同じ主に顕現されて一緒に働いてます。でも他の江の刀は近くにはいらっしゃいません。……りいだあが、はじめてです」
「じゃあそのマツも一緒にやろうぜ。俺クワ連れてくるからさ」
「えっ、ええ!?」
俺の言葉に篭手切は机に手をついて立ち上がって、そう声を上げた。
その目は、困惑を抱きながらも少年のようにキラキラと輝いている。
……綺麗だ。
「それじゃ決まりな! 来週も同じ時間、食堂の前で! マツも連れて来いよ」
なんだか俺まで上機嫌になって、そう笑いながら立ち上がり篭手切の肩を叩く。
「松井さん……。来てくれるでしょうか」
「来てくれんだろ。マツはいいやつだろ?」
「はい……すごくいい方です」
「じゃあ心配しなくていいよ。場所は俺がなんとかするから」
そう篭手切を安心させるように口にする。
篭手切はやはり嬉しそうな輝く瞳を隠しきれないまま、
「ありがとうございます」
と笑った。
……この篭手切のこんんなに嬉しそうな顔を、俺はその時初めて見たのだ。
いつも篭手切は、どこか暗くて、不安そうな表情をしていたから。
彼にはそんな顔よりも、こっちのほうがよっぽど似合ってる。
ただ、そう思った。