忘れ物を探す夜

 山姥切長義が「この録音機はもらっても構わないね? 重要な資料になりそうだ」と言うものだから、録音機は渡してしまった。
 それと引き換えに得られた情報は、僕にとっては喉から手が出るほど欲しいものだったから。
 彼が教えてくれたのは、今そのかつて研究所にいたらしい源清麿が所属している本丸の面々がよく現れる演練場の場所と、よくそこに彼らがやってくる時間だった。

「いつ源清麿が来るかまではわからないが。それ以上は教えられないからな」

 そう山姥切国広は言っていたが、それだけでも十分だった。
 一目見たらきっと、それがずっと探していた清麿かそうでないかなどすぐにわかる。確証はないが、多分そうだろうなと思った。どこか僕はその話に出てくる彼が、僕の親友のあの源清麿だという確信をしていた。 

『清麿、大丈夫。きっとまた会えるよ。……僕たちは親友だから』

 かつて自分が言った言葉だ。
 この言葉を僕は、ずっと嘘にしたくなくて、それで……。探し続けていた。

『水心子、約束しよう。どこに行っても僕は水心子のことを忘れずに頑張るよ。だから……水心子も僕のこと』

 この約束を、破りたくなくて。
 ……清麿は、覚えているだろうか。僕のことを、僕と交わした言葉を、僕との約束を。

 山姥切国広にそれを教えてもらってから、初めてちゃんと僕たちがかつていた本丸のことについて調べた。
 調べて、わかったことがある。
 かつての主は、僕たちのことを捨てたわけではなかった。
 我が主はあの日現世に帰省した後、そのまま病に倒れ亡くなっていたそうだ。
 僕たちを勝手に売却したのは主の家族であった。主の家族が審神者と言う職業に反対していたことは、聞いたことがある。もしかしたら、彼が亡くなったのを本丸で過ごしていたせいだとでも思っていたのだろうか。真実を知ることなく僕たちは戦の途中でバラバラになった。
 主を最後まで信じていたものもいれば、主は自分たちを捨てたのだと諦めをつけていたものもいた。
 きっと清麿は、後者だった。……正直なことをいうと、僕もそうだ。
 だけれど真実を知った今、清麿にこのことを伝えたい。僕たちは捨てられたわけではなかったのだと。清麿は、本丸が売却されたことを知った時、あんなに苦しそうな顔をしていたのだ。

 数日後、僕と直胤は山姥切国広が教えてくれた演練場に二振りで向かっていた。一振りで行くと言ったのだが、直胤はついていくといい聞かなかった。
 演練場に足を踏み入れたのは久しぶりだった。今となっては随分と懐かしい場所のように思える。

「……正秀はここに来たことがあるの?」
「……うん。……懐かしいな」

 行き交う審神者と刀剣男士を見つめる。
 ここに、本当に清麿は現れるのだろうか。
 もし彼と会ったとして、僕は一体何を話せば。……考えても仕方がないか。
 話す内容は考えていないが、彼に会えたら渡そうと思って手紙を書いてきた。本丸についてのことを、全て記した。せめてこれだけでも、彼が僕の探していた清麿本人であるのなら渡したい。そう思って、行き交う人々を眺めていた。今日ここに、たまたま彼がやってくる確率なんてかなり低いだろうが。
 小一時間待っていても、やはりその清麿の姿は見えない。もう今日は諦めよう、と直胤に言おうとしたその時。

「あ、清麿くんいるよ!」

 直胤が僕の肩を叩いた。彼が指差す先に、一振りの源清麿が立っている。

「まあでもこんな都合よく見つかるはずないかー……」
「……清麿」

 口からぽろりとそう零れ落ちた。直胤が「え」と僕のことを二度見する。
 遠目に見た彼は、これまで何度も擦れ違った源清麿と変わらない容貌をしていた。
 心臓がバクバクとやけに激しく動いている。間違うはずがない、清麿だ。ずっと、探していた、彼が、どんな奇跡だろう。すぐそこにいる。
 直胤が「え、あの清麿くん?」と僕の肩を掴む。

「ああ、間違いない、あの清麿だ」

 絶対に間違いない。彼だ。少しの間、僕の相棒であった源清麿。
 どうしよう、声をかけに行こうか、そう思って彼の周りを見回す。彼が今仕えているであろう審神者は近くにはいない。今なら、行ける。そう思い、足を動かして、すぐに止めた。
 ……彼は今、違う水心子正秀の隣を歩いていた。

「すごーい! よかったー! ようやく見つかった! よーし、驚かせちゃおー!」
「……いや、構わない。帰ろう」

 直胤の手を引いてそう口にする。ここまできたと言うのに、今僕は、彼の元に行く勇気がなかった。
 清麿は笑っていた。隣を歩く、水心子正秀と言葉を交わしながら。

「え、なんで?」
「……いいんだ。ほら、だって、楽しそうだ」
「……」

 そうぽつりと呟く。水心子正秀と言葉を交わす清麿は、本当に楽しそうだった。
 そんな僕のことをじっと見つめた後、怖い顔をした直胤が僕の手を引いて走り出した。僕が止めるのも聞かず、わざと清麿の方に進んでいき、わざと彼にぶつかった。
 彼と目が合った。彼は一度通り過ぎるように逸らした視線を、ハッとしたようにこちらに向ける。

「ごめん! ぶつかっちゃった!」

 直胤が清麿に向かって手を合わせた。

「……すまない。驚かせたな」
「清麿? どうかした?」

 じっと清麿が僕のことを見つめている。
 視線を揺らして、どうしたらいいのかわからないと言ったように、彼は僕のことを見つめていた。

「水心子……」

 ポツリと、彼がそう呟いた。ああ、気づいてしまった。
 彼の隣に立っている水心子正秀が不思議そうに僕たちのことを見つめている。直胤は何も言わず、僕の裾をぎゅっと握っていた。
 観念して、僕は小さく息を吐いた後そっと俯いた。

「……これを、あなたに」

 忍ばせていた手紙を彼に差し出す。清麿は無言のまま、それを手に取った。どこか呆然としている彼を見ていると、ふっと自然と笑みが浮かんでくる。
 ああ、清麿は今、幸せなんだね。
 それなら、いい。いいんだ。

「元気そうでよかった。……どうか、幸せで」

 直胤の腕を引っ張って、彼に背を向ける。直胤は何か言いたそうだったが、無言のまま僕についてきていた。

「待って!」

 後ろからそう声がする。
 かつて毎日、隣で聴いていた声が。少し迷ってから足を止める。ゆっくり振り返ると、泣きそうに顔を歪めた清麿が僕のことを見ていた。

 ……ああ、だめじゃないか。清麿には今、私じゃない水心子正秀がいるのに。

「探して、くれたのかい」

 彼はそう呟きながら僕の方に一歩、また一歩と近付いてくる。来ないで欲しかった。そんな顔をされてしまえば、僕は、また清麿の隣に居たくなってしまうじゃないか。

「僕、ずっと水心子に謝りたいことが」
「許すよ」

 彼の言葉を聞く前に、僕はそう頬を綻ばせた。

「何でも許すよ。たとえどんな罪でも、僕は……清麿がどこかで笑っていてくれればそれで全部、構わないんだ」

 あの日道半ばで終わってしまった僕たちの戦い。彼は例の研究所で一体どんな思いをしてきたのだろう。どんな日々を過ごしてきたのだろう。……でも、そんなことはどうだっていい。僕たちは道を違えてしまったけれど、僕と初めて会った時は無理をして笑っていた清麿が、今はこんなに明るい笑顔をするようになった。それだけで、僕はよかったんだ。

「……新々刀の誇りにかけて」

 あの日交わした約束は、いつか忘れられてしまうのかもしれない。それでもあの日交わした言葉は本当だ。

「さよなら」

 今度こそ本当にお別れだ。これ以上、交わす言葉もないだろう。
 今度は本当に振り向かなかった。清麿も、僕を呼び止めはしなかった。
 演練場を出て、職員しか入れないエリアに戻る。直胤は僕の腕をぎゅっと掴んだまま、「よかったの?」と首を傾げた。

「うん。……ありがとう。直胤のおかげでちゃんと渡せたよ」

 直胤が機転を利かせてくれなければ、手紙を渡すことも言葉を交わすこともできなかっただろう。
 直胤の頭を撫でながら、そう伝える。

「むぎゅー……。正秀はもっと素直になってもいいのに」
「いいんだ、あれで」

 しばらく無言のまま歩く。
 本当に、僕はあれで良かったんだ。直胤は、納得してくれないかもしれないけれど。

「……相談があるんだ」

 考えたことがある。もう僕も、前に進まなければいけないのだろう。
 僕の言葉に、直胤はこてんと首を傾げた。

「二人部屋に引っ越そう」

 そう告げると、直胤は「え」と素っ頓狂な声を上げた。
 ずっと欠けたものを探しながら、もしかしたらと期待を込めて開けておいた場所がある。二振りで暮らしているのに、無理を言って住んでいた三人部屋。空いた一人分のスペースはほとんどが直胤の私物置き場になってしまってはいたが。……もう、その場所を空けておく必要はないだろう。

「待って! 俺の鋼たちはどうしたらいいの!?」
「整理してくれ。……私たちより、三人部屋が必要なものたちがいるだろう」

 もう欠けたものを求めるのはやめよう。直胤には申し訳ないが、少しばかり私物を整理してもらおう。直胤の私物はいささか多すぎる。
 それに、僕の親友は彼一振りで十分だ。


 事務所に戻り、扉を開ける。その瞬間どんと肩に衝撃を感じた。

「ごめん、急いでんだ!」

 そう中から一振りの刀が飛び出してくる。
 彼も、どこかつきものが落ちたような顔をしていた。

「クワ! マツ! 早く来ないと置いてっちまうぞ!」
「豊前が早すぎるんだよ!」
「待って豊前! 今行くよ!」

 ほら、と直胤の方を向く。今の部屋を出て行って、彼らに部屋を譲ろう。その方が、今よりもずっといい。
 もう、お互いに探し物はしなくてよさそうだから。
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