忘れ物を探す夜

 朝起きるとすぐに豊前から「準備する」とメッセージが来ていた。桑名江も直胤と同じ会議に出るらしく、僕と豊前江の二振りでその場所には行くことになった。

 指定されたのは、これまで足を踏み入れたこともないような建物だった。これも時の政府の建物の一つというのだから驚きだ。いったいどれだけ政府は建物を持っているのだろう。

「ここで合ってんのか?」
「ああ……。昨日言われたのは確かにここだ」

 昨日の夜は何か手がかりを得られたことに興奮していたが、いざ来てみるとかなり緊張していた。
 もしかしたらここで僕たちは消されるのかもしれない。そんなことも考えた。あの日の直胤みたいだ。……でも、多分僕たちが触れてしまったのは、特殊機密に該当するものだ。何があってもおかしくない。きっとそれを直胤も心配してくれたのだろう。朝から何度も「俺会議ドタキャンするよ、一緒に行く」と言われたけれど、それは断った。直胤にこれ以上危険なことはさせられない。それに、会議は出なければいけない。
 指定された部屋の前で二振りで無言のまましばらく待っていると、「入ってきていいぞ」と中から声がした。
 僕が覚悟を決めようとしている間に、豊前江が扉を開いて中に入っていた。

「よく辿り着いたな。すごいじゃないか」
「自分のことゲームの裏ボスか何かだと思ってるのかにゃ? ……はあ、すごいとは思うが、あんまり変な時間に鬼電してくるのはやめてくれにゃ。呪いの電話でもかかってきてんのかと思ったぞ」

 そこにいたのは、既に極の装束を着ていた山姥切国広と南泉一文字だった。この南泉一文字が、昨日直胤が電話をかけた相手だろうか。
 ……彼らが、清麿のことを知っているのか。

「直胤が申し訳ないことをした」

 ひとまずそうとりあえず頭を下げておく。申し訳ないことをしたのは事実だ。南泉一文字は「まあいいけどよ」と呆れたように頷いた。

「それで、件の音声を聞かせてもらおうか」
「篭手切とマツのこと知ってんのか」
「知っているか知らないのか今から判断するためにもその音声が必要だ。それを聞くまでは何も話せない」

 はやる気持ちを抑えきれていない豊前江に、山姥切国広ははっきりとそう口にした。
 僕と豊前は静かに視線を交わした後、直胤から預かってきた録音機を机に置く。それから山姥切国広のことを一瞥したあと、その音声を再生した。何度聞いても気分のいいものではない。
 それを聞いた南泉一文字と山姥切国広は、顔を見合わせると微かに頷き合った。

「……お前たちの読みは恐らく合っている。この件は、俺たちの管轄だ」
「姫関連の揉め事にはどうやらいつまでも巻き込まれ続ける運命のようだね」

 その時、突然奥の扉が開いた。入ってきたのは山姥切長義であった。この彼が昨日この場所を指定してきた山姥切長義であろうか。

「なんだよその呼び方」
「おや、知らないのかい。夏華ちゃんは本丸の外でいつも江の刀に絡まれてるから『江のお姫様』ってあだ名がつけられてるんだよ」

 変だよね、と山姥切長義が笑う。
 何の話をしているのか全くわからないが、彼らはやはりこの音声に関わることを何か知っているのだろうか。

「……生憎だが機密事項だからあまり話せることは無い。確かに俺たちは研究所にいた源清麿を知っている。状況的にもこの音声で言われている源清麿は彼のことだろう。そして彼の経歴を漁ったら、お前の言う通りとある本丸から買い取られた形跡が出てきた。だからと言って彼がアンタの探している源清麿であるかどうかは俺たちにはわからない。……それに、申し訳ないが彼はもう研究所にはいない」

 山姥切国広はそう淡々と告げていく。
 その言葉を聞いて、僕は少し呆然としてしまった。……そうか、もう、いないのか。

「折れたとかそういうわけではない。研究所から出たあと彼はとある本丸所属になっている」

 僕が頭の中で可能性として抱いていたものを理解しているのか、山姥切国広はそう言った。
 その言葉に少し安堵する。生きているのならよかった。
 でも、ここに来てまたふりだしに戻ったような気もした。せっかくここまで来たというのに。
 少し肩を落とす僕のことを見て、山姥切国広は南泉一文字と顔を見合わせた。……困らせてしまったか。

「で、件の篭手切江については詳しそうな刀がいるから連れてきてみた」

 彼から言葉を引き継ぐように、山姥切長義が頷いた。そして、奥の扉から一人……一振りを引っ張ってくる。松井江だ。……連れて来られた彼には、左腕が無かった。
 彼は豊前のことを見ると、そっと目を伏せる。

「……君が、あの『りいだあ』か。……初めまして、豊前」

 豊前が目を見開いて彼のことを見る。知っているのか、とこそっと聞くが、彼は首を横に振った。

「彼は数年前に研究所から逃げ出してきてね。行くあても無いようだったからそれからここで保護していたんだ。……彼の証言によると、彼は研究所でとある篭手切江を看取っている。おそらく、その音声の松井江の言う篭手切江をね」
「……」
「……そうか」

 看取った、ということは、彼はもうすでに折れているということか。
 ……ここに来て得られた怒涛の情報に、潰されそうになる。豊前江も辛いだろう。彼は眉を顰めて、辛そうな顔をしていた。

「……いつもね、篭手切が……。君とれっすんをしたいって、言ってた。……でも僕は……助けられなかった、」
「いいよ、それは……、俺も同じだ」

 豊前江にそう言われ、松井江はそっと目を伏せた。そんな彼の背中をトントン叩きながら、山姥切長義が「ちょうどいいから」と口を開く。

「君たちと一緒に連れて行ってくれ。心因的な理由かどうかは知らないけれど彼の左腕がいつまで経っても生えてこなくてね、うちに江の刀はいないから心を開ける相手もあまりいないようでね。ねえ松井、彼について行ったらどうだい」
「いいのかよそんなことして」

 山姥切長義の提案に南泉一文字が顔を顰める。

「どうしたんだよ、それ」

 豊前江が松井江の左腕が本来ある場所を見つめながら首を傾げる。松井江が答える前に、山姥切国広が「いや、これはやむを得ず俺たちが斬り落とした」とあっさり口にした。それを聞いた豊前江が明らかに顔を顰める。

「本当に仕方なかったんだ、その、僕にはずっと発信機が埋め込まれていたみたいで」

 松井江の言葉に、豊前江がしばらく無言になった後やがて「そうか」と頷いた。
 ある程度納得はしているようだ。

「それで、連れて行ってもらえるかな」
「……ああ。連れて行ってやるから、篭手切の話を聞かせてくれねぇか。アイツのこと、知りたいんだ」

 しばらく視線を左右に彷徨わせて、松井江は控え目に首肯する。

「でも、うん……。いつまでもここに世話になるわけにはいかない。こんな僕で構わないのなら……」
「いいのか? そんな勝手に」
「構わないよ。元は猫殺しくんが拾ってきたんじゃあないか。拾い主の許可が取れればいいだろう」
「オレ許可出してねーけど」
「おや、駄目なのかい?」
「いや別にいいけど」
「ほらね」

 南泉一文字と山姥切長義が顔を見合わせて笑う。あの電話越しに感じた印象より、かなり彼らは穏やかだった。少し、拍子抜けしてしまう。

「そっちの話はついたか」
「ああ」

 彼らの会話が終わったことを確認すると、山姥切国広は僕の方を見た。

「あんたにもこんなに思われている相手がいるじゃないか」

 そしてそうポツリと呟く。

「これ以上話せることもないが、一つだけ」

 そうじっと見つめてくる彼の口から出てきた言葉に、僕は微かに目を見開いた。
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