忘れ物を探す夜
その日、直胤がCスタジオからその録音機を拾ってきたのは突然だった。
僕は数年前から、時の政府の総務課で働いている。数年前は本丸所属であったが、故あって本丸を離れざるを得なくなった。その後僕が来ることになったのがここである。今は時の政府の用意した刀剣男士用の寮に、同じ課の大慶直胤と二振りで暮らしていた。直胤はときたま突拍子もないことを言い出すが、基本的には真面目で素直ないいやつだ。……突拍子もないことを、やりだすこともあるが。
「正秀起きて起きて起きてっ、起きてー! 大変だよー!」
もう寝ようとしていた僕を叩き起こすと、直胤は僕にその録音機を見せてきた。
鋼をしまう場所を探していた、使われてないスタジオなら使っていいかなと思った、それで入って倉庫を漁ってた、そしたらこれを見つけたのだと直胤は僕にまくしたてる。なんだか話がよく見えないが、とにかく大変なものを拾ってしまったと直胤は手を震わせながら僕の肩を掴む。
「俺変な組織に消されるかもしれない、どうしよう!」
「何の話をしているんだ……。それに、いくら空いているからといえスタジオの勝手な私的利用は……ああいや、その前に落とし物は表に記載して窓口に……とにかく、無闇矢鱈に勝手に拾ってきちゃ駄目じゃないか」
「とにかく聞いてよ、本当に俺消されるかもしれないんだよ!」
そう言って直胤が見せてきたのは、埃まみれの録音機だった。多少綺麗にしようとしたのか、適当に拭いた跡がある。
「大変な音声が入ってるんだ」
直胤はこう言うが、そこまで大した音声は入っていないと思っていた。なんというか、直胤は大袈裟なときがあるから。
だがそれが間違いだったと気付くのにさほど時間はかからなかった。
とにかく聞いてよ、と直胤がそれを再生する。ガタン、と再生されてすぐ音質の悪い物音が響いた。それからしばらくの間の後、男の声が流れ始める。
『これを聞いているのが江の誰か……あの篭手切を知っている江の誰かであることを祈る。そうじゃ無かったとしても、ひとまず聞いて欲しい。僕は、きっと明日には折られるだろう』
突然とんでもないことを言っているのに驚いて、思わず直胤の方を向いた。「ね、まずくない?」と直胤が咄嗟に音声を止めようと録音機に手を伸ばすが、僕はそれを寸でのところで制止する。
この声の主は、誰だ。江の刀であるのなら、……松井江か?
「続きを流してくれ」
明らかにとんでもない音声であることは間違いないが、ここまで聞いてしまって続きを聞かないわけにもいかなかった。聞き始めてしまったのだから、それなりに責任があるだろう。
「……俺もまだここまでしか聞いてないんだけど……ドキドキするー……」
少し迷った挙句、直胤は再度再生ボタンを押す。先ほどと同じ音声が繰り返されて、録音機の向こう側の誰かが話を続けた。
『僕……僕たちの罪を告白させて欲しい。……僕はとある政府の研究員によって顕現された刀剣男士だ。研究の補佐を行うために、これまで主の命令をこなしていた。それで、僕たちは、数ヶ月前からとある女の子を……彼が目をつけたまだ幼い女の子を、現世の病院で秘密裏に実験体にしている。……でも僕と共に顕現されて同じく研究の補佐をしていた篭手切が、それを気に病んでしまって、研究用に使ってた薬の投与をやめてしまった。怒っていたよ。あの人は。余計なことをするなって。だから僕はそれを庇って、嘘の自白をした。薬を捨てていたのは僕だと、主……あの男に自白した。そのせいだろうね。明日呼び出しを食らった。だから僕は明日折られるか……、処分されるか、するだろう』
僕たちは息を呑んでその声を聞いていた。
『あの子、その女の子はこれから先研究所に連れて行かれる。僕たちより優秀な研究員がいるからって言っていた。何もできなかったことを申し訳なく思う。……でもそれで、もう短い命なのならと、少し調べたこともある。大した情報を得られることはできなかったが、分かったことは話しておく。……研究所には数年前に買い取った源清麿がいるらしい。彼に実験の続きをさせるそうだ。嫌な役割を、押し付けてしまった』
源清麿、その言葉に僕たちはハッと顔を見合わせた。
その名前を僕たちが知らないわけがない。
『お願い、豊前、もしこれを聞いていたら、また篭手切が君の前に現れたら彼を連れて逃げてくれ。僕が折られたら篭手切はきっと自分の犯したことを自白するだろう。そしたら篭手切も無事じゃすまない。あの子は優しい子だから、自分のせいで僕が折られたことを気に病むだろうから……』
録音機の中の声は震えていた。
『一緒にれっすんしてあげられなくてごめん。結局僕は何も守れない。……あの子も、篭手切も……。せめてこの先、どこかであの子達が救われますように……』
ブツ、と音声はそこで途切れた。しばらく僕と直胤は呆然としたままその録音機を見つめていた。
「……ね、ちょっとというかかなり聞いちゃいけないものを聞いちゃった気がするでしょ……?」
直胤がそう冷や汗をかきながら、録音機を手に取った。
ああ、そう軽く頷く。僕は顎に手を当てて考えていた。
研究所の源清麿、数年前に買い取った、その言葉が、やけに気になって仕方がない。
「……直胤、これはいつ頃の音声だ?」
「えっ? わからないけど、今解析する?」
「いや、いい……。これを拾ったのはCスタジオだな?」
「う、うん」
記憶を遡らせる。僕は昔部屋の貸し出し申請を処理していた時期がある。Cスタジオはずっと誰にも使われていなくて、でもそうだ、ちょうど四年ほど前。あの時期に一時期だけ使われていたことがある。豊前江が「れっすん」をするのだと嬉しそうに……。
それでその後しばらくして、彼はそれをやめてしまった。
共に「れっすん」をしていた篭手切江が姿を消したからだ。
「直胤、今すぐ豊前江のところに行くぞ」
「待って、正秀はこれに心当たりがあるの?」
心当たり、というか、そう言葉を濁す。
「数年前からとある篭手切江を探している豊前江を知ってる。……それに、研究所の源清麿、……少し引っかかるんだ」
僕の言葉に、直胤はぎゅっと口を引き結んだ。それから素直に立ち上がり、僕の後についてくる。
僕は数年前から、時の政府の総務課で働いている。数年前は本丸所属であったが、故あって本丸を離れざるを得なくなった。その後僕が来ることになったのがここである。今は時の政府の用意した刀剣男士用の寮に、同じ課の大慶直胤と二振りで暮らしていた。直胤はときたま突拍子もないことを言い出すが、基本的には真面目で素直ないいやつだ。……突拍子もないことを、やりだすこともあるが。
「正秀起きて起きて起きてっ、起きてー! 大変だよー!」
もう寝ようとしていた僕を叩き起こすと、直胤は僕にその録音機を見せてきた。
鋼をしまう場所を探していた、使われてないスタジオなら使っていいかなと思った、それで入って倉庫を漁ってた、そしたらこれを見つけたのだと直胤は僕にまくしたてる。なんだか話がよく見えないが、とにかく大変なものを拾ってしまったと直胤は手を震わせながら僕の肩を掴む。
「俺変な組織に消されるかもしれない、どうしよう!」
「何の話をしているんだ……。それに、いくら空いているからといえスタジオの勝手な私的利用は……ああいや、その前に落とし物は表に記載して窓口に……とにかく、無闇矢鱈に勝手に拾ってきちゃ駄目じゃないか」
「とにかく聞いてよ、本当に俺消されるかもしれないんだよ!」
そう言って直胤が見せてきたのは、埃まみれの録音機だった。多少綺麗にしようとしたのか、適当に拭いた跡がある。
「大変な音声が入ってるんだ」
直胤はこう言うが、そこまで大した音声は入っていないと思っていた。なんというか、直胤は大袈裟なときがあるから。
だがそれが間違いだったと気付くのにさほど時間はかからなかった。
とにかく聞いてよ、と直胤がそれを再生する。ガタン、と再生されてすぐ音質の悪い物音が響いた。それからしばらくの間の後、男の声が流れ始める。
『これを聞いているのが江の誰か……あの篭手切を知っている江の誰かであることを祈る。そうじゃ無かったとしても、ひとまず聞いて欲しい。僕は、きっと明日には折られるだろう』
突然とんでもないことを言っているのに驚いて、思わず直胤の方を向いた。「ね、まずくない?」と直胤が咄嗟に音声を止めようと録音機に手を伸ばすが、僕はそれを寸でのところで制止する。
この声の主は、誰だ。江の刀であるのなら、……松井江か?
「続きを流してくれ」
明らかにとんでもない音声であることは間違いないが、ここまで聞いてしまって続きを聞かないわけにもいかなかった。聞き始めてしまったのだから、それなりに責任があるだろう。
「……俺もまだここまでしか聞いてないんだけど……ドキドキするー……」
少し迷った挙句、直胤は再度再生ボタンを押す。先ほどと同じ音声が繰り返されて、録音機の向こう側の誰かが話を続けた。
『僕……僕たちの罪を告白させて欲しい。……僕はとある政府の研究員によって顕現された刀剣男士だ。研究の補佐を行うために、これまで主の命令をこなしていた。それで、僕たちは、数ヶ月前からとある女の子を……彼が目をつけたまだ幼い女の子を、現世の病院で秘密裏に実験体にしている。……でも僕と共に顕現されて同じく研究の補佐をしていた篭手切が、それを気に病んでしまって、研究用に使ってた薬の投与をやめてしまった。怒っていたよ。あの人は。余計なことをするなって。だから僕はそれを庇って、嘘の自白をした。薬を捨てていたのは僕だと、主……あの男に自白した。そのせいだろうね。明日呼び出しを食らった。だから僕は明日折られるか……、処分されるか、するだろう』
僕たちは息を呑んでその声を聞いていた。
『あの子、その女の子はこれから先研究所に連れて行かれる。僕たちより優秀な研究員がいるからって言っていた。何もできなかったことを申し訳なく思う。……でもそれで、もう短い命なのならと、少し調べたこともある。大した情報を得られることはできなかったが、分かったことは話しておく。……研究所には数年前に買い取った源清麿がいるらしい。彼に実験の続きをさせるそうだ。嫌な役割を、押し付けてしまった』
源清麿、その言葉に僕たちはハッと顔を見合わせた。
その名前を僕たちが知らないわけがない。
『お願い、豊前、もしこれを聞いていたら、また篭手切が君の前に現れたら彼を連れて逃げてくれ。僕が折られたら篭手切はきっと自分の犯したことを自白するだろう。そしたら篭手切も無事じゃすまない。あの子は優しい子だから、自分のせいで僕が折られたことを気に病むだろうから……』
録音機の中の声は震えていた。
『一緒にれっすんしてあげられなくてごめん。結局僕は何も守れない。……あの子も、篭手切も……。せめてこの先、どこかであの子達が救われますように……』
ブツ、と音声はそこで途切れた。しばらく僕と直胤は呆然としたままその録音機を見つめていた。
「……ね、ちょっとというかかなり聞いちゃいけないものを聞いちゃった気がするでしょ……?」
直胤がそう冷や汗をかきながら、録音機を手に取った。
ああ、そう軽く頷く。僕は顎に手を当てて考えていた。
研究所の源清麿、数年前に買い取った、その言葉が、やけに気になって仕方がない。
「……直胤、これはいつ頃の音声だ?」
「えっ? わからないけど、今解析する?」
「いや、いい……。これを拾ったのはCスタジオだな?」
「う、うん」
記憶を遡らせる。僕は昔部屋の貸し出し申請を処理していた時期がある。Cスタジオはずっと誰にも使われていなくて、でもそうだ、ちょうど四年ほど前。あの時期に一時期だけ使われていたことがある。豊前江が「れっすん」をするのだと嬉しそうに……。
それでその後しばらくして、彼はそれをやめてしまった。
共に「れっすん」をしていた篭手切江が姿を消したからだ。
「直胤、今すぐ豊前江のところに行くぞ」
「待って、正秀はこれに心当たりがあるの?」
心当たり、というか、そう言葉を濁す。
「数年前からとある篭手切江を探している豊前江を知ってる。……それに、研究所の源清麿、……少し引っかかるんだ」
僕の言葉に、直胤はぎゅっと口を引き結んだ。それから素直に立ち上がり、僕の後についてくる。