二小節のペルデーンドシ

 走って宿舎に戻った。すれ違うひとが怪訝そうな目で僕のことを見てくる。そんな顔をしないでくれ。そんな顔で見つめてくるのなら、僕に全て教えてくれ。
 ここは本当はなんの施設なんだ、なぜ江の刀である僕が、篭手切江のことを覚えていなかった?
 篭手切はなぜ、折れなければならなかった?
 部屋の鍵を閉めて、這うようにして寝台に近付く。枕元でいつものように光っている十字架を必死の思いで握りしめた。

「我は思いと言葉と行いとを持って、多くの犯せしことを告白し奉る。僕は、僕は篭手切を、」

 ぶつぶつと懺悔の言葉を呟く。こんなことをしたって何にもならないのに。篭手切は戻ってこない。何もかも無かったことになんてなるはずがない。

「これが我が過ちなり。我が過ちなり……、我がいと大いなる過ちなり……」

 頭がくらくらしてきた。窓一つない部屋に、嫌な空気が滞っている。

「……天にまします我らの父よ……」

 十字架を握ったまま床に座り込む。空気が冷たい。

「我らの罪を赦し給え、我らの…………」

 手が震えて仕方がない。冷や汗が頬を伝っている。強く握りすぎたのか、十字架を握っている手のひらから一筋ちが流れた。

「あ……」

 刹那、頭を殴られたかのような衝撃が襲った。
 手の中から十字架が転げ落ちる。
 ポタポタと床に血が滴り落ちた。赤い。真っ赤だ。ああ、そうだ、僕は、

「っ!」

 衝動のままに十字架を右手で掴みなおして、尖った先っぽを左手の手首に突き刺した。そこからだらだらと流れ出た鮮血が、床に広がっていく。

「僕は、興長様の持ち刀……細川家、家老の……松井家に、伝来した……。篭手切、ああ、そうだ。篭手切は、幽斎様、忠利様の時に、ああ、そうだ……。こんな大事なこと、どうして忘れていたんだ……」

 頭の中にかかっていたモヤが、途端に晴れたような気がした。
 そうだ僕は、血を、浴びないと。血を流さないと、そうしないといけなかったのに。

「逃げ、ないと、」

 ふとそんなことが口をついて出た。
 あんなところを見たのだ。きっと見られてはいけないものだった。このままでは僕も無事ではいられない。
 いや、でも、どうして僕は、僕だけ救われようとしているんだ。ここで、僕も折れないと、最後まで血を流して、彼の後を……

『どうかあなたがここから出られますように』

 篭手切の声が、頭の中に響き渡った。

 ……僕は、ここから出ないと。そう、篭手切が願ったのだから。

 それに、知りたいのだ。彼に、何があったのか。
 手首を押さえて、血が止まるのを待つ。寝台に手をついて立ち上がる。シャツで血を拭った。真っ白なシャツが赤く染まっていく。

 これから、どうするのか考えよう。
 まずは、刀を、僕の本体を取り戻さなければ。
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