二小節のペルデーンドシ
差し出された腕に淡々とゴムバンドを腕に巻き付ける。その腕をさすりながら、「はい、そのまま手を軽く握って」と声を出した。
その細腕にうっすら浮かんでいる血管にプスリと針を刺せば、透明な注射器に赤黒い血液が流れ込んでいく。
そこまで見届けたら僕の仕事は終わりだ。
「それじゃああとはよろしく頼むよ。僕はこれで」
「ありがとうございました! いやー松井さんはやっぱり上手いっすね。助かります」
その声を聞きながら、僕はジャケットを翻して歩き出した。
僕は政府で勤務している刀剣男士のうちの一振りだ。
時の政府の医療班に所属しているが、専ら僕のやっていることは事務仕事ばかりで、こうして必要になったら呼ばれるだけだ。
必要になったら、とは大方ここで療養している患者の採血の時である。患者の血管が細くて血管が見つからない、そうよく泣きつかれるのだ。自分で言うのもなんだが、なぜか僕は顕現した時から注射がやけに上手かった。多分そういう個体なんじゃないか、ここで働くのに向いているね、と上司は言っていたからそういうことにしていた。
事務所に戻ると、同僚が手を振りながらこちらに視線を向ける。「お帰りなさい」と言ってくる彼に、「ただいま」と返しながら自分の机に腰をかける。
「おや、少し血色が悪いのではないかい? 寝不足かな。仮眠をとって来たら」
「え、いやあ……。やっぱり松井さんにはわかっちゃいますね」
「人の顔色には敏感なようでね。仮眠室は空いているよ。それで、なぜ寝不足なんだい?」
「仕事が立て込んでて。ありがとうございます。松井さんって、理想の上司って感じですよね」
「フ、ありがとう」
この仕事は性に合っている。勿論僕が刀であるということはわかっているが、刀を振るい敵を葬ることよりここでの仕事の方が余程向いているのではないかと思ってしまうのだ。
「でも、最近はなんだかどこも忙しないよね。どこに行っても騒々しいというか……何かあったのかな」
隣の職員の様子を見て、僕はそう眉を下げて呟いた。ここ最近は、どこに行っても誰かがバタバタと動いているような気がする。
「あー……なんか研究班所属の刀剣男士が引き抜かれたとかなんとかで……」
「そうなのか……。何か僕に手伝えることがあったら言ってね」
僕はほとんどここから外に出ることがない。この事務所と、宿舎を往復している日々だ。呼ばれれば検査室へ行くが、それ以外の場所の事情には疎い。それでも、引き抜きか……。あまり穏やかな話ではなさそうだ。
「松井さんってカッコいいな。結婚してください。松井さんなら結婚できる気がします。あ、でも結婚したら厳しそうだな。やっぱり婚約破棄してください」
「やっぱり仮眠室は空いていないよ」
じっと隣の職員を睨みつけると、彼は「ほら、怖い」と笑った。肘で突いておく。彼は「いった!」と大袈裟な声をあげると、仕事に戻っていった。
僕も口を閉ざして、パソコンと向き合う。これが、僕の日常だった。
そうして一日の仕事を終えると、宿舎に戻る。シャワーを浴びて寝る支度をして、布団に入った。
それから枕元に置いてある十字架を手に取る。そして静かに目を閉じた。これが僕の習慣だ。
「父よ、あなたに委ねます。父よ、わたしを委ねます。わたしを救われた慈しみ深い神。父よ、わたしを委ねます。栄光は父と子と精霊に。父よ、あなたに委ねます。父よ、私を委ねます。アーメン」
祈りを終えると、十字架を元の場所に戻す。
付喪神である僕が神に祈るなんて、変な話だと思う。だけどこうしていると心が落ち着くのだ。だから僕はいつからか毎日この就寝前の祈りを続けている。
枕元で、きらりと十字架が静かに輝いている。
その細腕にうっすら浮かんでいる血管にプスリと針を刺せば、透明な注射器に赤黒い血液が流れ込んでいく。
そこまで見届けたら僕の仕事は終わりだ。
「それじゃああとはよろしく頼むよ。僕はこれで」
「ありがとうございました! いやー松井さんはやっぱり上手いっすね。助かります」
その声を聞きながら、僕はジャケットを翻して歩き出した。
僕は政府で勤務している刀剣男士のうちの一振りだ。
時の政府の医療班に所属しているが、専ら僕のやっていることは事務仕事ばかりで、こうして必要になったら呼ばれるだけだ。
必要になったら、とは大方ここで療養している患者の採血の時である。患者の血管が細くて血管が見つからない、そうよく泣きつかれるのだ。自分で言うのもなんだが、なぜか僕は顕現した時から注射がやけに上手かった。多分そういう個体なんじゃないか、ここで働くのに向いているね、と上司は言っていたからそういうことにしていた。
事務所に戻ると、同僚が手を振りながらこちらに視線を向ける。「お帰りなさい」と言ってくる彼に、「ただいま」と返しながら自分の机に腰をかける。
「おや、少し血色が悪いのではないかい? 寝不足かな。仮眠をとって来たら」
「え、いやあ……。やっぱり松井さんにはわかっちゃいますね」
「人の顔色には敏感なようでね。仮眠室は空いているよ。それで、なぜ寝不足なんだい?」
「仕事が立て込んでて。ありがとうございます。松井さんって、理想の上司って感じですよね」
「フ、ありがとう」
この仕事は性に合っている。勿論僕が刀であるということはわかっているが、刀を振るい敵を葬ることよりここでの仕事の方が余程向いているのではないかと思ってしまうのだ。
「でも、最近はなんだかどこも忙しないよね。どこに行っても騒々しいというか……何かあったのかな」
隣の職員の様子を見て、僕はそう眉を下げて呟いた。ここ最近は、どこに行っても誰かがバタバタと動いているような気がする。
「あー……なんか研究班所属の刀剣男士が引き抜かれたとかなんとかで……」
「そうなのか……。何か僕に手伝えることがあったら言ってね」
僕はほとんどここから外に出ることがない。この事務所と、宿舎を往復している日々だ。呼ばれれば検査室へ行くが、それ以外の場所の事情には疎い。それでも、引き抜きか……。あまり穏やかな話ではなさそうだ。
「松井さんってカッコいいな。結婚してください。松井さんなら結婚できる気がします。あ、でも結婚したら厳しそうだな。やっぱり婚約破棄してください」
「やっぱり仮眠室は空いていないよ」
じっと隣の職員を睨みつけると、彼は「ほら、怖い」と笑った。肘で突いておく。彼は「いった!」と大袈裟な声をあげると、仕事に戻っていった。
僕も口を閉ざして、パソコンと向き合う。これが、僕の日常だった。
そうして一日の仕事を終えると、宿舎に戻る。シャワーを浴びて寝る支度をして、布団に入った。
それから枕元に置いてある十字架を手に取る。そして静かに目を閉じた。これが僕の習慣だ。
「父よ、あなたに委ねます。父よ、わたしを委ねます。わたしを救われた慈しみ深い神。父よ、わたしを委ねます。栄光は父と子と精霊に。父よ、あなたに委ねます。父よ、私を委ねます。アーメン」
祈りを終えると、十字架を元の場所に戻す。
付喪神である僕が神に祈るなんて、変な話だと思う。だけどこうしていると心が落ち着くのだ。だから僕はいつからか毎日この就寝前の祈りを続けている。
枕元で、きらりと十字架が静かに輝いている。