管理番号参壱七番山姥切長義の追憶 弍

 日々は進んでいく。あの複雑な日々が嘘のように、毎日は過ぎていった。
 あれ以降源清麿とはほとんど会話をしていない。廊下ですれ違うことはあっても、何も言葉を交わすことはなかった。
 しかしそれはある日の朝のこと。突然俺の前に姿を現したのは、源清麿だった。

「山姥切長義。話があるのだけれど、少しいいかな」

 彼はもう俺のことを宝石の名では呼ばなかった。ただそれだけを言うと、俺を自分の部屋へ招き入れる。彼は椅子に腰掛けると、床を見たまま口を開いた。

「僕たちはこれから本丸配属になるそうだよ」

 突然放たれたその言葉の意味がしばらくわからなくて、俺は動きを止めて固まったまま所在なく視線を彷徨わせる。源清麿は俺の反応を待っているようだった。

「……は?」

 やがて出てきたのは、それだけの掠れた声だった。理解ができない。本丸配属って、そんなわけがないだろう。俺はこの胸の機械が無ければ顕現を保っていることができないというのに? 山姥切長義のくせに自分のことを何一つ覚えていないくせに?

「あなたはタンザナイトちゃんの本丸に行くんだ」

 彼女が山姥切長義をご所望のようだよ、彼はそう俺の方を見ずに言った。タンザナイトちゃん、その名を聞いたのは随分と久しぶりだった。
 どういうことだ。ご所望って、なんのことだ。そう聞けばいいのに、できなかった。体が固まって、体温が下がっていくような心地がする。

「……よかったね。おめでとう。あなたはタンザナイトちゃんを大切にしていたからね」

 源清麿は疲れ切ったような表情で口にした。彼と頻繁に話していた時の覇気は、今一切感じられない。

「……お前は」

 どうなるんだ、そう問いかけた声はやけにか細い声であった。

「別の本丸に行くよ。あなたとは何も関係ない」
「……そうか」

 何を言えばいいのかわからず、そう頷いた。
 そうしながら、かつて山姥切国広に言われた言葉を思い出す。そういえばそんな約束もしていたっけ。ここから俺を出してくれるなんて。……よりにもよって彼女の本丸か。そう、思ってしまう俺もいる。彼らには申し訳がないが。
 だが源清麿は俺よりもずっと放心しているようだった。

「……大丈夫か」
「あなたに気遣いされると変な感じがするからやめてよ」

 なんだか疲れている様子の彼に声をかけると、彼はそう力無く笑った。……そんな表情をされるとどうにも調子が狂う。

「僕たちは欠陥品なのにね。……ああでも、タンザナイトちゃんなら欠陥品でも大切にしてくれそうだ」
「……そうだといいな」
「自分のことだよ?」
「あまり実感がわかないんだ」

 彼のデスクに背中をつく。久しぶりに入ったこの部屋は、以前に見た時よりも随分と整頓されていた。彼はあれ以来、研究もさほどしていないようだ。

「それを伝えたかっただけ。これ、詳細。読んでおいて」

 源清麿が数枚の書類を渡してくる。それをもらうだけもらい、部屋を後にしようと踵を返した。俺は彼にかける言葉が思いつかなかったし、このままここで彼と話すことがいいことだとも思わなかったから。

「……ねえ水心子」

 無言のまま部屋を出ようとしたその時、後ろからそう声が聞こえた。
 ……以前もこんなことがあったか。一瞬の躊躇いののち、振り返ることはせずにそのまま部屋を出る。彼も、彼なりに、何かを抱えているのだろう。

「僕は、まだ誰かに必要とされるのかな」

 か弱い、そんな声だけが所在なく浮かんでいた。
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