管理番号参壱七番山姥切長義の追憶 弍
この後俺にどんな処罰がくだるのかと、最低限覚悟はしていた。しかし数日経っても俺に処罰が言い渡されることはなくて、どこか拍子抜けしていた。今でも俺は彼女が来る前からしていた偽装の仕事を続けている。
宝石についての本は全て返した。彼女が最後に読んでいた花についての本は、なんとなく返す気になれなくて今もデスクの上にある。かつて彼女にあげたペンはもうインクが切れていたが、それもまだ捨てられずに俺が持っていた。
彼女を外に送って以来、数日ぶりに研究所の外に出る用事ができた。以前と同じように猫殺しくんに会うと、彼は相変わらずいつもの仕事は適当に終わらせて俺をある部屋に連れていく。
山姥切国広が椅子に座っていて、俺のことを見るなり「また会ったな」と口にした。
他愛のない世間話を、彼らとしばらくした。それからなんとなく彼女の話題になり、彼はあの後のことを教えてくれた。今日までは彼女の治療を行なっていたらしい。もう記憶は消したらしい、彼はそう言った。
「……そうか」
「ああ。それで、名前を……そう。決めたんだ。本名で送り出してやることはできないが……。俺から、せめてもの餞として」
山姥切国広が一枚のカードを取り出した。俺の職員証によく似たカードだ。
「これは、審神者になる者の身分証明書のようなものだ。彼女も当然持つことになる。そこに、名前を書かなければいけないんだ」
無地の最低限の情報だけが書き込まれているそのカードを彼は俺に見せてくる。「これは仮発行のための試作品だ」とだけ断って、彼はそっと隠していた部分から手を離した。二文字、簡素なフォントで名前の欄が埋められている。
「夏華……」
「勝手に決めてしまったことは悪いと思っているが、何せ時間が無かったもんだからな」
夏華、これが彼が彼女に与えた名前か。彼女がこれから、生きていく名前。
ふっと笑うと、俺は山姥切国広の方を見た。
「あの子は冬生まれだよ」
「俺だって資料くらいは読んでいるから知っている。……だがあんたと初めて会ったのが夏だろう」
彼は一切の淀みのない目でそう言った。……だから、彼女にこの名を?
「……名前は、時に呪いになるよ」
「よく知っている。だが名は時に祝福にもなる」
チラリと猫殺しくんの方を見ると、彼はなんとも言えない表情で「ま、そうかもにゃ」と頷いた。俺は眉を下げて口角を上げる。相変わらず、こいつらはお人好しだな。
「これは縁のようなものだ」
山姥切国広はそのカードをスリーブの中に仕舞うと、そっと机の上に載せた。それから彼は顔を上げると、猫殺しくんと視線を交わし合う。
もう一つ約束したいことがあるんだ、そう彼は真面目な顔で俺のことを見た。なんだいと、俺は彼の目を見つめ返す。
「あんたもいずれあの研究所から出してやる」
冗談だろうと思ったが、猫殺しくんも心底真面目な顔で俺のことを見ていた。この数ヶ月、嫌というほど話してきたからなんとなくわかる。彼らは、本気なのだろう。
「……それは、楽しみにしておくよ」
でもそんな日は来なくていい。そう思った心は、そっと閉まっておくことにした。
宝石についての本は全て返した。彼女が最後に読んでいた花についての本は、なんとなく返す気になれなくて今もデスクの上にある。かつて彼女にあげたペンはもうインクが切れていたが、それもまだ捨てられずに俺が持っていた。
彼女を外に送って以来、数日ぶりに研究所の外に出る用事ができた。以前と同じように猫殺しくんに会うと、彼は相変わらずいつもの仕事は適当に終わらせて俺をある部屋に連れていく。
山姥切国広が椅子に座っていて、俺のことを見るなり「また会ったな」と口にした。
他愛のない世間話を、彼らとしばらくした。それからなんとなく彼女の話題になり、彼はあの後のことを教えてくれた。今日までは彼女の治療を行なっていたらしい。もう記憶は消したらしい、彼はそう言った。
「……そうか」
「ああ。それで、名前を……そう。決めたんだ。本名で送り出してやることはできないが……。俺から、せめてもの餞として」
山姥切国広が一枚のカードを取り出した。俺の職員証によく似たカードだ。
「これは、審神者になる者の身分証明書のようなものだ。彼女も当然持つことになる。そこに、名前を書かなければいけないんだ」
無地の最低限の情報だけが書き込まれているそのカードを彼は俺に見せてくる。「これは仮発行のための試作品だ」とだけ断って、彼はそっと隠していた部分から手を離した。二文字、簡素なフォントで名前の欄が埋められている。
「夏華……」
「勝手に決めてしまったことは悪いと思っているが、何せ時間が無かったもんだからな」
夏華、これが彼が彼女に与えた名前か。彼女がこれから、生きていく名前。
ふっと笑うと、俺は山姥切国広の方を見た。
「あの子は冬生まれだよ」
「俺だって資料くらいは読んでいるから知っている。……だがあんたと初めて会ったのが夏だろう」
彼は一切の淀みのない目でそう言った。……だから、彼女にこの名を?
「……名前は、時に呪いになるよ」
「よく知っている。だが名は時に祝福にもなる」
チラリと猫殺しくんの方を見ると、彼はなんとも言えない表情で「ま、そうかもにゃ」と頷いた。俺は眉を下げて口角を上げる。相変わらず、こいつらはお人好しだな。
「これは縁のようなものだ」
山姥切国広はそのカードをスリーブの中に仕舞うと、そっと机の上に載せた。それから彼は顔を上げると、猫殺しくんと視線を交わし合う。
もう一つ約束したいことがあるんだ、そう彼は真面目な顔で俺のことを見た。なんだいと、俺は彼の目を見つめ返す。
「あんたもいずれあの研究所から出してやる」
冗談だろうと思ったが、猫殺しくんも心底真面目な顔で俺のことを見ていた。この数ヶ月、嫌というほど話してきたからなんとなくわかる。彼らは、本気なのだろう。
「……それは、楽しみにしておくよ」
でもそんな日は来なくていい。そう思った心は、そっと閉まっておくことにした。