管理番号参壱七番山姥切長義の追憶 弍
いつもの仕事を終えて、部屋でうたた寝をしていた。
ここ数日の彼女はすっかり衰弱してしまい、源清麿が早く実験を切り上げるほどだった。
「今日はもう戻っていいよ。やる気にならない」
いつもより随分早く部屋を出てきた源清麿が俺の肩を軽く叩いて帰っていくものだから何事かと思った。実験室のベッドの上で蹲っている彼女がやけに弱々しく感じられて、胸が苦しくなる。いつものように彼女が落ち着いた頃を見計らって、彼女を抱き上げる。
「長義の手はいつもあったかいのね……」
俺がそっと触れるとそれだけ言って眠ってしまった彼女の頬は、すっかり痩けてしまっていて可哀想だった。
「……大丈夫。もうすぐここから出してあげられるから」
そう手を握って彼女に言ってみても、彼女は何も返してくれることはない。
彼女を部屋に運んだ後、自室に帰ってみたはいいけれど、何もやる気にならずに眠り込んでしまったのだ。夢を見ることはない。ただ、暗闇を漂っているような感覚に襲われていた。
「お前さんもなかなかやるな」
うとうとしていると、どこかからそんな声がして、俺は勢いよく顔を上げた。一瞬夢だとも思ったが、あまりに聞き覚えのありすぎるその声は確かに現実であることを示す。
「ここにいてこんなに壮大な愛の物語を見届けることになるとは思ってもいなかったぞ。いやあ、刃生何が起こるかわからんな」
俺の後ろには一文字則宗が立っていた、俺が何か言う前に、いつの間にかやってきていた彼がケラケラと笑う。
「ところで坊主、お前さんは刀剣男士とは何で形作られていると思う?」
「……突然なんだ」
「隠居ジジイの戯れに付き合ってくれたっていいだろう。それで、どう思うんだ」
早く答えろ、と彼は俺に扇子を突きつけた。
まだ開き切っていない目を擦って、「さあ……」と生返事をする。そんなこと突然聞かれたってわかるわけがない。
「考えたこともないね。強いて言うなら戦う義務じゃないか。刀剣男士は本来兵器だろう」
俺は刀を振るったこともないけれど。そう自嘲しながら言った。そんな俺に、そうかそうかと一文字則宗は目を細めた。
「まあ間違ってはいないだろうな。確かに僕たちは武器だ」
彼はそう言って刀を振るう真似をする。……武器なのに、本体の所持を許されていない俺たちは、一体何なのだろう。
「ただ僕はな、刀剣男士を形作るのは愛だと思うんだ」
愛。……俺たちを形作るものが、そんなものだって?
「お前さんも愛を知ったんだな。大事にしたほうがいい」
俺の肩をポンと叩くと、一文字則宗は俺の机に手をついて天井を仰ぐ。ここだけの話だが、彼はそう言いながら小声で呟いた。
「被検体Cを審神者として徴用したいと言われてるそうだ」
その言葉を受け止めるのに、しばらくの時間がかかった。猫殺しくんたちが、やってくれたのか。それを察するのにさほど時間は掛からなかった。
ただなぜそれを一文字則宗が知っている? だからこの男は一体何者なんだ。
「……そうか」
ようやくそう絞り出す。彼はこちらを見ると、ニヤリと笑った。
「お前さんは自分が大切じゃないんだな」
「何の話かな」
「自己犠牲の精神はあまり感心できないぞ」
「だから何の……」
彼は扇子の先で俺の顎に触れてくる。そのまま俺に自分の方を向かせると、彼はじっと俺の目を見てくる。その得体の知れない瞳に射抜かれるのは、あまりいい気分ではない。
彼は全てを知っているように思えた。俺がしたことも、これからの彼女のことも。しかしそれをはっきりと俺に示してくるわけではない。きっと源清麿に俺がしたことだと話しているわけでもないのだろう。彼のことが何もわからない。どこまでも底が見えないのだ。
「その愛もお前さんの物語か」
呟くようにその言葉は彼の口から吐き出された。
俺の物語。この体の中から欠落した、俺自身を失って得たものが、愛か。
「お前さんの物語がどう作用するのか楽しみだ。それじゃあ達者でな」
彼はそう言い残すと、部屋を去っていってしまった。相変わらず嵐のようなやつだ。
彼は本当に嵐のような男で、……それきり、彼が俺の前に姿を表すことはなかった。
ここ数日の彼女はすっかり衰弱してしまい、源清麿が早く実験を切り上げるほどだった。
「今日はもう戻っていいよ。やる気にならない」
いつもより随分早く部屋を出てきた源清麿が俺の肩を軽く叩いて帰っていくものだから何事かと思った。実験室のベッドの上で蹲っている彼女がやけに弱々しく感じられて、胸が苦しくなる。いつものように彼女が落ち着いた頃を見計らって、彼女を抱き上げる。
「長義の手はいつもあったかいのね……」
俺がそっと触れるとそれだけ言って眠ってしまった彼女の頬は、すっかり痩けてしまっていて可哀想だった。
「……大丈夫。もうすぐここから出してあげられるから」
そう手を握って彼女に言ってみても、彼女は何も返してくれることはない。
彼女を部屋に運んだ後、自室に帰ってみたはいいけれど、何もやる気にならずに眠り込んでしまったのだ。夢を見ることはない。ただ、暗闇を漂っているような感覚に襲われていた。
「お前さんもなかなかやるな」
うとうとしていると、どこかからそんな声がして、俺は勢いよく顔を上げた。一瞬夢だとも思ったが、あまりに聞き覚えのありすぎるその声は確かに現実であることを示す。
「ここにいてこんなに壮大な愛の物語を見届けることになるとは思ってもいなかったぞ。いやあ、刃生何が起こるかわからんな」
俺の後ろには一文字則宗が立っていた、俺が何か言う前に、いつの間にかやってきていた彼がケラケラと笑う。
「ところで坊主、お前さんは刀剣男士とは何で形作られていると思う?」
「……突然なんだ」
「隠居ジジイの戯れに付き合ってくれたっていいだろう。それで、どう思うんだ」
早く答えろ、と彼は俺に扇子を突きつけた。
まだ開き切っていない目を擦って、「さあ……」と生返事をする。そんなこと突然聞かれたってわかるわけがない。
「考えたこともないね。強いて言うなら戦う義務じゃないか。刀剣男士は本来兵器だろう」
俺は刀を振るったこともないけれど。そう自嘲しながら言った。そんな俺に、そうかそうかと一文字則宗は目を細めた。
「まあ間違ってはいないだろうな。確かに僕たちは武器だ」
彼はそう言って刀を振るう真似をする。……武器なのに、本体の所持を許されていない俺たちは、一体何なのだろう。
「ただ僕はな、刀剣男士を形作るのは愛だと思うんだ」
愛。……俺たちを形作るものが、そんなものだって?
「お前さんも愛を知ったんだな。大事にしたほうがいい」
俺の肩をポンと叩くと、一文字則宗は俺の机に手をついて天井を仰ぐ。ここだけの話だが、彼はそう言いながら小声で呟いた。
「被検体Cを審神者として徴用したいと言われてるそうだ」
その言葉を受け止めるのに、しばらくの時間がかかった。猫殺しくんたちが、やってくれたのか。それを察するのにさほど時間は掛からなかった。
ただなぜそれを一文字則宗が知っている? だからこの男は一体何者なんだ。
「……そうか」
ようやくそう絞り出す。彼はこちらを見ると、ニヤリと笑った。
「お前さんは自分が大切じゃないんだな」
「何の話かな」
「自己犠牲の精神はあまり感心できないぞ」
「だから何の……」
彼は扇子の先で俺の顎に触れてくる。そのまま俺に自分の方を向かせると、彼はじっと俺の目を見てくる。その得体の知れない瞳に射抜かれるのは、あまりいい気分ではない。
彼は全てを知っているように思えた。俺がしたことも、これからの彼女のことも。しかしそれをはっきりと俺に示してくるわけではない。きっと源清麿に俺がしたことだと話しているわけでもないのだろう。彼のことが何もわからない。どこまでも底が見えないのだ。
「その愛もお前さんの物語か」
呟くようにその言葉は彼の口から吐き出された。
俺の物語。この体の中から欠落した、俺自身を失って得たものが、愛か。
「お前さんの物語がどう作用するのか楽しみだ。それじゃあ達者でな」
彼はそう言い残すと、部屋を去っていってしまった。相変わらず嵐のようなやつだ。
彼は本当に嵐のような男で、……それきり、彼が俺の前に姿を表すことはなかった。