管理番号参壱七番山姥切長義の追憶 弍

 会議室の机の上に大量の飲み物と食べ物を並べながら、猫殺しくんたちは話していた。何というか、いつもここにいるとなんだか拍子抜けするような気がする。

「お前が元気無くてどうするんだよ。ガトーショコラ食うか? にゃ?」
「何だいそれは。いらないよ」
「高級品だぞ。せっかくだから食べておけ」
「それは偽物くんが食べたいだけじゃないのかな」

 濃い茶色い三角形の食べ物を俺に押し付けようとしてくる猫殺しくんをあしらいながら机に腕をつく。

「それで、彼女は……」

 ゆっくり彼らに視線を向けると、猫殺しくんは「ああ、安心しろ」と何かを食べながら頷いた。

「やっぱり審神者にしてやろうと思ってる。その手筈は進んでて……」
「その前に一つ話しておきたいことがあってね」

 山姥切長義が猫殺しくんの言葉を遮るようにそう口を開いた。グラスを傾けながら、「俺とそこの偽物くんは元は本丸出身だということはこの前も言っていただろう?」と俺に向かって首を傾げた。軽く首肯すると、彼は猫殺しくんを挟んだところに座っている山姥切国広と視線を交わす。少し昔話をしようか、彼はそう話し始めた。

「俺たちの主はまだ若い女性だった。審神者になった年齢は、彼女と丁度同じくらいかな」

 大切な思い出話をするように、彼は話を始める。猫殺しくんも真面目な顔でその話を聞いていた。山姥切長義に促されて、山姥切国広が続きの言葉を紡ぐ。

「……俺は、その本丸の始まりの一振りに選ばれた。主が審神者になったその日から、ずっと俺は主の側にいた。主は茶髪のよく似合う女性で……、真面目で優しくて、いい、主だった。俺は主を、愛していた、んだと思う。笑顔が素敵な人だった。主が笑う度に、この人にずっと笑っていて欲しいと思った。主の隣にいられることが、俺の幸福だった。これからもずっとこんな時間が続けばいいと思った。戦中だっていうのに、そんなことを願っていた」

 本当に大切な人だったのだろう。山姥切国広は大事なものを一つ一つ見せていくように言葉を続ける。

「だが主は、まだ若くしてその身に降りかかる責任に耐えられなかった。俺たちの流した血を見て怯えて、俺たちが傷つくことを恐れて……、それで、やがて、心を病んでしまった」

 山姥切国広はそこまで話すと俯いてしまった。俺は息を飲むと、静かに声をかける。

「……それで、どうなったんだ」

 彼の代わりに口を開いたのは山姥切長義だ。

「おかしくなった主は禁忌に手を染めた。この偽物くん共々……、自分の命を断とうとしたんだ」

 その言葉を聞いた山姥切国広が苦しそうに唇を噛み締めた。

「俺たちの本丸はそこで終わりだ。あれから……三年くらいが経ったかな。俺たちの主だった人は今も精神病院だ」

 そこまで話すと山姥切長義は小さく息を吐いた。俺は何も言えずに、二振りの顔色をうかがっていた。何も言えなかった。彼らは、そんな経験をしてきたのか。

「……審神者になったからと言って必ずしも幸せになれるわけではない、という話をしただろう。俺たちはよくそのことを知っている」

 山姥切国広がそう目を伏せる。彼はどんな気持ちだったのだろう。己のことを愛してくれていた主が、自分と共に死を選びそうになった時。愛していた主と否応なく引き離されてしまった時……、俺にはとても想像がつかない。

「アンタに同じ思いをして欲しくない。これ以上俺のような刀剣男士は増えるべきではない。……正直、心配している。被検体C……彼女が、俺たちの主と同じようにならないか」

 彼らも彼女のことを同じように考えてくれているのだろう。苦い表情を浮かべたまま、二振りは視線を落とした。

「……俺も、色々考えた。……でも、彼女の幸福を俺に計ることはできない。彼女のことを物としか思っていない奴らしかいないところに置いておいて死を待つよりは、他のところにいる方がいいのではないかと……はは、俺の我儘だね」

 そう言いながら、俺も視線を落とした。

「答えたくなかったら無視をしてくれ。……君たちの主がそうなった時、どうやって止めたんだ」

 そう低い声で問いかける。今も病院にいる、ということは彼らの主の計画は未遂に終わったのだろう。少なくとも命は救われたわけだ。彼らは、気のふれてしまった己の主のことを止めることができたと言うことなのだろうか。

「俺が斬った。この写しは諦めていたみたいだけれど、俺は諦めたくなかったんだ。……俺も、主のことは大切に思っていた」

 あの子の刀であった期間は短かったけどね、そう山姥切長義は痛々しい笑みを浮かべた。

「生きていて欲しかったんだ。この世界がどれだけ主にとって地獄であっても……。お前と同じだよ。俺の同位体(山姥切長義)。我儘を通したくなった」

 彼が顔をゆっくり上げた。俺と全く同じ青い瞳が俺を射抜く。

「俺は考え続けているよ。あれからずっと……。だからお前も考え続けるんだ。彼女の未来は、お前の願いの延長線上にあるのだから」

 その言葉を受け止めながら、俺はゆっくりと頷いた。
 考え続ける。彼女のことを。彼女の未来は、俺の願い……。だんだん頭が混乱してくるような気がした。だが、わかることも確かにあった。俺と彼はきっと同じだ。俺もかつての彼と同じように、大切な人に生きていて欲しいと思っている。何か良くないことが起こるかもしれないと思いながらも、ただ一心に、それを願ってしまっているのだ。

「……あんたも被害者だ。本当はこんなもの刀剣男士が負う責任でもない。そう言っても、あんたたち山姥切長義は聞かないんだろうな」
「こいつら、強情だからにゃあ……」

 猫殺しくんがそう呆れたように言った。

「お前は研究所の人間に巻き込まれた被害者なことに間違いはない、にゃ。あんまり自分を責めるなよ」

 そう言うと、猫殺しくんは俺に飴玉の入った袋を投げてきた。コロコロと俺の目の前にピンク色の包みが転がってくる。

「これなら食えんだろ。舐めるだけ。たまにはなんか口に入れてみろよ」

 せっかく人の身なんだから、と猫殺しくんが俺に告げる。
 しばらく迷って、一つ飴玉を手に取った。慣れない手つきで袋を開ける。どこから開ければいいのかわからなくて、しばらく手間取ってしまった。天井からの光を反射しているピンク色の球体をしばらく見つめてから、口の中に放り込んだ。いつもの霊力補給用のゼリー以外を口に入れたのは、初めてだった。

「美味いか?」
「……よく、わからない」
「まあしばらく口の中で溶かしてみろよ。わかるかもしれねえからにゃ」

 これを甘いとかいうのだろうか。舌が変に刺激されている気がする。そうか。これが味覚か。この身を得て初めて、それを理解したのかもしれない。

「……まさか、初めての食事かい?」
「食事ではないだろう。飴はおやつにすらならない」
「じゃあいつも猫殺しくんが偽物くんに余ったからやるって配ってたあれは、全部彼に振られて余ったお菓子か!?」
「振られてるわけじゃねぇよ! にゃー!」

 飴を口の中で溶かしながら首を傾げる俺を見て、山姥切長義と山姥切国広が顔を見合わせて笑い始める。一体何が面白いんだか。

「あはは。猫殺しくん、俺にも一つちょうだい」
「お前はさっきから散々オレのお菓子食ってんだろ!」
「俺にもくれ」

 猫殺しくんが何かいう前に、二振りも机の上に転がっている飴を口に入れる。

「うん。桃だ」
「桃だな」

 二振りはそう顔を見合わせながら頷き合った。しばらく無言で飴を舐め続けた。やがて、ゆっくり山姥切長義がこちらに顔を向けた。

「意地悪を言ってしまってすまないね。……君たちが俺たちのようにならないために、俺も最善を尽くさせてもらうよ」

 だから今は任せてくれ、と彼が笑う。
 やはり、同じ俺だというのに彼は眩しい。少し気圧されながらも、俺は頭を下げる。

「……ありがとう。なんて礼をしたらいいのか……」
「礼ならいくらでも無事にあの子を研究所から出してやれたら請求してやる、にゃ!」

 猫殺しくんが俺のことを見てニヤニヤ笑う。彼らがいてくれてよかった。もしあの日猫殺しくんが俺に手を差し伸べてくれなかったら……そう思うと背筋が凍るような気さえした。

「大丈夫だ。俺たちは、結構役に立つ」
「その通りだよ。ここは一度俺たちを信用してくれ」

 胸に手を当てて二振りがそう言う。俺は何か熱いものが込み上げてくる感覚を覚えていた。ありがとう、と掠れた声で呟いた。泣くなよ! と猫殺しくんが俺の前にお菓子を並べてくる。そんな俺の様子を見てか、やや前のめりに山姥切長義が口を開いた。

「ねえ、彼女はどんな子なんだい?」

 え、と素っ頓狂な声が出た。彼は話を続ける。

「俺は資料でしか彼女のことを知らないから。同位体が好きな女に興味があるんだ」
「好……」
「なに照れてんだよ。間違ってねぇだろ、にゃ」

 ニヤニヤしながら猫殺しくんが俺のことを見てくる。俺の胸につけられている機械をこんこんと叩くと、彼は「俺にも聞かせてほしいにゃ」と言ってきた。
 どんな子、そう言われても案外難しい。言葉に詰まって、天井を見上げた。俺は、彼女のことをなんて言葉にしてあげられるのだろうか。

「……優しい子だよ」

 ようやく絞り出したのはそんな簡単な言葉だった。勿論当たり前に彼女は優しい子ではあるが、それだけじゃないはずなのに。

「何かに例えてみたらどうだ」

 言葉に迷っている俺に、山姥切国広がそう真顔で言った。「逆に難しくないか?」と山姥切長義が眉間に皺を寄せる。
 何かに例える、それを聞いて真っ先に思い出したのは源清麿の顔だった。『タンザナイトちゃん』……いや、違うものに例えたい。

「そうだな……。ああそうだ。俺の愛書の花の図鑑があってね。それに載っていた花から選ぶと……」

 口に出した花の名前に、三振りはパッときていないようだった。あとで調べておく、と至って真面目に山姥切国広が頷く。

「君にとって彼女は花のようなものなんだね」

 山姥切長義がそう微笑んで口にした。俺は少し言葉を選んでから呟く。

「……本物の花を、見たことがないんだ」

 例えておいて変な話だけれど。研究所の中に花などは無い。あそこにあるのはよくわからない機械ばかりだ。

「彼女は好きだと言っていた。だからきっと、美しいんだろうなとは思う……」

 そうおずおずと呟いているうちに、だんだん照れくさくなってくる。俺は何を言っているんだ。

「……」

 猫殺しくんたちが顔を見合わせている。引かせてしまったのかもしれない。

「……オレ、絶対その子をいい本丸で審神者にする、にゃ」
「ああ……俺も最後まで協力しよう」
「仕方ないね。最良の結果に導いてあげようか」

 突然そう噛み締めるように三振りが言い始めてよくわからない。
 それでも彼らの優しさを噛み締めながら、その日は研究所に戻った。初めて口に入れた桃の飴の味が、まだ口の中に残っているような気がした。
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