管理番号参壱七番山姥切長義の追憶 弍
いつも通り猫殺しくんとの仕事のついでに会議が行われた。研究所の人間は誰も俺の仕事内容なんて気にしちゃいないから、俺がどれだけここで時間を使おうが誰にも何も言われることはない。以前と同じ会議室に通されて、同じところに座る。今日はもう既に山姥切長義と山姥切国広の二振りも揃っていた。
「そのな、お前に話さなくちゃならねぇことがあって……」
俺が席につくなり、猫殺しくんが口を開いた。彼は先ほどからなんだか歯切れの悪い様子である。
「オレたちなりに調べたんだよ。被検体Cのこと……」
「猫殺しくんが優しいのは結構だけど、はっきり言ってあげた方がいいよ」
言葉を選んでいるのか首を捻っている猫殺しくんのことを、頬杖をつきながら山姥切長義が横目で見る。その視線に突き刺され、猫殺しくんは意を決したように口を開き直した。
「この前あの子のことを家に帰してやりたいって言ってただろ? 色々調べて、やっぱり……すまねぇ。それは無理だ、にゃ」
「彼女は被検体にされた時に存在自体がそのまま無かったことにされている。彼女の戸籍はどの時代にも存在しない」
猫殺しくんの言葉を引き継ぐように、山姥切国広が少し俯いたままそう告げる。
彼らから言われたことに、どんな反応をすればいいか見当もつかずに俺は三振りに順番に視線を向けた。
「確かに行方不明扱いにされたら都合が悪いからね。胸糞悪い話だが……」
山姥切長義もバツが悪そうにそう息を吐く。じゃあ、彼女は、どこにいようが一人ということなのか。
頭の中でなんとなく情報を整理する。そんなことが許されるものなのか。あの研究は歴史を守ために行われているのだと度々源清麿は言っていた。それなのに、何もかも矛盾しているじゃないか。
「ま、待ってくれ。それは歴史改変になるんじゃないか? 俺たちは……」
「歴史に名を残さない人間が一人いなくなったところで歴史にはなんの影響も出ない。そもそも彼女が存在しないことがこの時間軸における正史だ」
額から冷や汗が流れた。それならば彼女は、彼女が孤独じゃない場所はこの世のどこにある?
「……そういうこと、だにゃ。なんとかしてやりてぇがこればかりはオレたちには……。……だから選択肢は二つ。被検体Cをどこか他の部署で保護するか、審神者にしちまうか。でも他の部署で保護するってのは正直オススメできねぇ、にゃ。いつお前んとこのやつが取り返しに来るかわからねぇからな」
猫殺しくんがそう指を立てて言う。俺はまだ話の全貌が飲み込めずにいた。
彼女が書いていたノートの内容がふと頭を過った。彼女は家にずっと帰りたがっていた。愛する両親の元へ。それはもう、許されることのないことだというのか。
「……感傷に浸るのは後にしてくれ。時間が無いんだ」
山姥切長義がそう苦い顔をして言う。自分と同じ顔、同じ声でそう言われると心苦しくて堪らなくなった。
「霊力がこれだけあるのなら審神者にしたところで困ることはないだろう。審神者としては、政府も喉から手が出るほど欲しい人材なはずだ」
「どうやって研究部に引き渡しを要請するかが問題だな。そんな人いないと言われたら終わりだよ」
何も言うことのできない俺の目の前で話は進んでいく。
彼女にとっての幸せが、考えれば考えるほどわけがわからなくなってきた。
「えーっと? この研究を仕切っているのは……源清麿?」
「え、清麿!? なんつーか……意外だにゃ……」
資料を見ながら三振りは何やら盛り上がっていた。そんなにあの男が研究の中心にいるのが意外なのだろうか。俺には、それがもう当たり前になってしまっているけれど。
「もう脅してしまおうよ。彼女を引き渡さないと人体実験の全貌を政府にばら撒くぞって」
「それで言うことを聞いてくれるようなやつらなのだろうか」
「やってみないことにはわからないよ」
こちらには証拠も証人もいるしね、そう山姥切長義はチラリとこちらを見た。俺は肩をすくめて息を吐く。
「……仮に審神者になったら、彼女は一人じゃ無くなるか?」
彼らの話を遮るように、そう机を見つめたまま呟いた。俺はただそれだけが気がかりだった。彼女の孤独を埋めてくれる誰かが、いなければ。彼女を救うことにはならない。
彼らは俺の問いに、目を細めると互いに視線を交わす。
「……さあ、どうだろう」
「……俺たちは刀だ。刀は、大事に扱ってくれる主を愛するものだ」
山姥切国広がそう目を伏せて口にした。その言葉に以前猫殺しくんから聞いた話をふと思い出す。そういえば彼らは、本丸出身だったか。
「君たちは本丸出身なんだよね。以前猫殺しくんからそう聞いたよ」
そう素直に山姥切国広と山姥切長義の方を見ながら聞く。彼らは曖昧に、「まあ、そうだね」と頷いた。
「すまない、あまり話したくないことだったか?」
「……もう離れてしまった場所の話だからね。悪い思い出ばかりではないよ。勿論ね」
山姥切長義はそう笑みを浮かべながら口にした。山姥切国広もその言葉に首肯する。
「ただ……、審神者になったから必ずしも幸せになれるわけではない。それは……覚えておくべきだと思う」
山姥切国広がそう俯いて呟く。俺はその言葉に眉を顰める。
「最近は審神者募集のプロモーションも俗世的なものになってきてるしにゃあ……」
猫殺しくんもそう腕を組んだまま頷く。そういうものなのか、と俺はぼんやりと頷いた。
「勘違いされることも多いけれど、結局やっていることは戦争の指揮だからね」
猫殺しくんが居心地の悪そうに髪の毛をくるくるといじっている。山姥切長義が横の猫殺しくんを見つめて、眉を下げて微笑んだ。
「少なくとも今すぐ死ぬことは無くなるよ。君の希望はそういうことだろう?」
その問いに、俺はすぐに頷くことができなかった。俺は彼女に、ただ幸せになって欲しいだけなのだ。
「……もう一度考える時間が必要か」
山姥切国広がこちらを見てそう問いかけてくる。すぐには答えられない。
しばらく考える。俺は彼女に幸せになって欲しい。それが叶う場所はこの世のどこにもないのだろうか。だが、そうであったとしても、俺は彼女が目の前で死んでいこうとするところを黙って見ているわけにはいかなかった。俺はそうすることがどうしても耐えられない。なんて自分勝手な話だろうか。
「……君たちの決定に従うよ」
「そうか。なら、気合い入れて頑張らねぇと、にゃ」
猫殺しくんがそう笑った。山姥切国広が神妙な顔で、俺たちのことを見つめていた。
「そのな、お前に話さなくちゃならねぇことがあって……」
俺が席につくなり、猫殺しくんが口を開いた。彼は先ほどからなんだか歯切れの悪い様子である。
「オレたちなりに調べたんだよ。被検体Cのこと……」
「猫殺しくんが優しいのは結構だけど、はっきり言ってあげた方がいいよ」
言葉を選んでいるのか首を捻っている猫殺しくんのことを、頬杖をつきながら山姥切長義が横目で見る。その視線に突き刺され、猫殺しくんは意を決したように口を開き直した。
「この前あの子のことを家に帰してやりたいって言ってただろ? 色々調べて、やっぱり……すまねぇ。それは無理だ、にゃ」
「彼女は被検体にされた時に存在自体がそのまま無かったことにされている。彼女の戸籍はどの時代にも存在しない」
猫殺しくんの言葉を引き継ぐように、山姥切国広が少し俯いたままそう告げる。
彼らから言われたことに、どんな反応をすればいいか見当もつかずに俺は三振りに順番に視線を向けた。
「確かに行方不明扱いにされたら都合が悪いからね。胸糞悪い話だが……」
山姥切長義もバツが悪そうにそう息を吐く。じゃあ、彼女は、どこにいようが一人ということなのか。
頭の中でなんとなく情報を整理する。そんなことが許されるものなのか。あの研究は歴史を守ために行われているのだと度々源清麿は言っていた。それなのに、何もかも矛盾しているじゃないか。
「ま、待ってくれ。それは歴史改変になるんじゃないか? 俺たちは……」
「歴史に名を残さない人間が一人いなくなったところで歴史にはなんの影響も出ない。そもそも彼女が存在しないことがこの時間軸における正史だ」
額から冷や汗が流れた。それならば彼女は、彼女が孤独じゃない場所はこの世のどこにある?
「……そういうこと、だにゃ。なんとかしてやりてぇがこればかりはオレたちには……。……だから選択肢は二つ。被検体Cをどこか他の部署で保護するか、審神者にしちまうか。でも他の部署で保護するってのは正直オススメできねぇ、にゃ。いつお前んとこのやつが取り返しに来るかわからねぇからな」
猫殺しくんがそう指を立てて言う。俺はまだ話の全貌が飲み込めずにいた。
彼女が書いていたノートの内容がふと頭を過った。彼女は家にずっと帰りたがっていた。愛する両親の元へ。それはもう、許されることのないことだというのか。
「……感傷に浸るのは後にしてくれ。時間が無いんだ」
山姥切長義がそう苦い顔をして言う。自分と同じ顔、同じ声でそう言われると心苦しくて堪らなくなった。
「霊力がこれだけあるのなら審神者にしたところで困ることはないだろう。審神者としては、政府も喉から手が出るほど欲しい人材なはずだ」
「どうやって研究部に引き渡しを要請するかが問題だな。そんな人いないと言われたら終わりだよ」
何も言うことのできない俺の目の前で話は進んでいく。
彼女にとっての幸せが、考えれば考えるほどわけがわからなくなってきた。
「えーっと? この研究を仕切っているのは……源清麿?」
「え、清麿!? なんつーか……意外だにゃ……」
資料を見ながら三振りは何やら盛り上がっていた。そんなにあの男が研究の中心にいるのが意外なのだろうか。俺には、それがもう当たり前になってしまっているけれど。
「もう脅してしまおうよ。彼女を引き渡さないと人体実験の全貌を政府にばら撒くぞって」
「それで言うことを聞いてくれるようなやつらなのだろうか」
「やってみないことにはわからないよ」
こちらには証拠も証人もいるしね、そう山姥切長義はチラリとこちらを見た。俺は肩をすくめて息を吐く。
「……仮に審神者になったら、彼女は一人じゃ無くなるか?」
彼らの話を遮るように、そう机を見つめたまま呟いた。俺はただそれだけが気がかりだった。彼女の孤独を埋めてくれる誰かが、いなければ。彼女を救うことにはならない。
彼らは俺の問いに、目を細めると互いに視線を交わす。
「……さあ、どうだろう」
「……俺たちは刀だ。刀は、大事に扱ってくれる主を愛するものだ」
山姥切国広がそう目を伏せて口にした。その言葉に以前猫殺しくんから聞いた話をふと思い出す。そういえば彼らは、本丸出身だったか。
「君たちは本丸出身なんだよね。以前猫殺しくんからそう聞いたよ」
そう素直に山姥切国広と山姥切長義の方を見ながら聞く。彼らは曖昧に、「まあ、そうだね」と頷いた。
「すまない、あまり話したくないことだったか?」
「……もう離れてしまった場所の話だからね。悪い思い出ばかりではないよ。勿論ね」
山姥切長義はそう笑みを浮かべながら口にした。山姥切国広もその言葉に首肯する。
「ただ……、審神者になったから必ずしも幸せになれるわけではない。それは……覚えておくべきだと思う」
山姥切国広がそう俯いて呟く。俺はその言葉に眉を顰める。
「最近は審神者募集のプロモーションも俗世的なものになってきてるしにゃあ……」
猫殺しくんもそう腕を組んだまま頷く。そういうものなのか、と俺はぼんやりと頷いた。
「勘違いされることも多いけれど、結局やっていることは戦争の指揮だからね」
猫殺しくんが居心地の悪そうに髪の毛をくるくるといじっている。山姥切長義が横の猫殺しくんを見つめて、眉を下げて微笑んだ。
「少なくとも今すぐ死ぬことは無くなるよ。君の希望はそういうことだろう?」
その問いに、俺はすぐに頷くことができなかった。俺は彼女に、ただ幸せになって欲しいだけなのだ。
「……もう一度考える時間が必要か」
山姥切国広がこちらを見てそう問いかけてくる。すぐには答えられない。
しばらく考える。俺は彼女に幸せになって欲しい。それが叶う場所はこの世のどこにもないのだろうか。だが、そうであったとしても、俺は彼女が目の前で死んでいこうとするところを黙って見ているわけにはいかなかった。俺はそうすることがどうしても耐えられない。なんて自分勝手な話だろうか。
「……君たちの決定に従うよ」
「そうか。なら、気合い入れて頑張らねぇと、にゃ」
猫殺しくんがそう笑った。山姥切国広が神妙な顔で、俺たちのことを見つめていた。