管理番号参壱七番山姥切長義の追憶 弍

 猫殺しくんたちと会議をした時、山姥切長義に「彼女はあとどのくらい持つのかな」と聞かれた。彼女の命のタイムリミット、それを問われてて、俺は何も返すことができなかった。

「人体実験自体は初めてじゃないんだろう? 前はどうだったんだ」

 何も答えられずにいた俺に、山姥切国広は手元に資料を広げながらそう首を傾げた。

「……俺は関わっていなかったから何とも……それに、以前はもう死にかけの人間を被検体にしていたんだ。死刑囚を被検体にしていたこともあったと聞くが……」

 俺の言葉を聞くと猫殺しくんは露骨に顔を顰めた。その横でカチカチと山姥切国広がシャーペンの芯を出そうと奮闘している。

「よくそんなことができるよにゃ……」
「戦においては時に非情になることも必要なのかもしれないね」

 なんでもないことのように山姥切長義はこちらに視線を向けた。話の続きを促されているのだろう。

「……おそらく彼女はあまり体が強くない」

 そうポツリと呟くと、山姥切長義が軽く息を吐いた。彼女の体が強くないことは、彼女についての資料を読めばすぐにわかった。そもそも彼女を研究所の職員が最初に見つけた場所は、病院であったらしい。

「体の弱い被検体Cちゃんは明日死ぬかもしれないと」
「……ありえない話ではない」

 俺が控えめに頷いた瞬間、猫殺しくんが持っていたノートで山姥切長義の頭を思い切り叩いた。

「突然どうした」

 山姥切国広が横を向くと首を傾げた。すぐに山姥切長義は猫殺しくんの背中を叩き返す。

「あんま意地悪言ってやるなよ。大人気ねえ、にゃ」
「同位体相手に大人気ないも何もないだろう」
「お前さあ……」
「それで、助けると言ってもどうするつもりなんだ? あの研究所から連れ出して終わり……というわけにもいかないだろう」

 横で起こっていることは気にせず、山姥切国広はそう問いかけてくる。猫殺しくんは横の山姥切長義にちょっかいを出し続けながら、「そうだにゃあ……」と難しい顔をした。

「うちで保護……はちょっと無理があるか。でも彼女の存在が他にバレたらまずいだろ? ……あ、審神者にしちまうっていうのはどうだ? にゃ」

 そう猫殺しくんが言った瞬間、部屋の空気が凍った気がした。山姥切国広と山姥切長義が互いに視線を交わす。

「……現実的な案ではあるが……」
「確かにほとんど誰にも知られることなく隔離はできるかもしれないね」

 そう言いながらも彼らは完全に納得のいくところではないようだった。
 俺は研究所の外については全く知らないと言ってもいい。何かを言えるような立場でもない。それでも、一つだけ思うこともある。

「できれば……家に帰してやりたいんだが……」

 彼女が本来生きるべき場所に、何も無かったかのように帰してあげたい。……どうにかして、そうしてやることはできないのだろうか。

「それは……。うん、そうできれば理想的だね」

 山姥切長義がそうこめかみを押さえた。猫殺しくんたちも難しそうな顔をしている。やはり、難しいのだろうか。

「とりあえずここで悩むより持ち帰って検討した方が良さそうだ。他にも誰か助言をもらえそうなひとがいないか探してみよう」
「……ああ。そうだな」

 何か思うところがあるのか、山姥切国広は少し暗い表情で頷いた。そんな彼のことを一瞥すると、「そろそろ時間かな」と山姥切長義は立ち上がる。

「では俺はそろそろ仕事に戻らなくては。猫殺しくん、偽物くんもほら。行くよ」

 そう山姥切国広の肩を叩く山姥切長義の姿は、本当に俺と同じ『山姥切長義』を見ているようには思えなかった。なんだか全くの他人を見ているような、そんな気がしてならない。

「では研究部の俺、また今度。本歌山姥切の誇りにかけて、くれぐれも被検体Cを死なせないように」

 どこか冷たい微笑みと共にそう念を押すと、彼は早々に会議室を出て行ってしまった。その姿を見送った猫殺しくんが「悪いやつではねぇんだ、許してやってくれ」と頬を掻きながら呟く。

「別に気にしていないよ。……でも、そうか。あれが『俺』か」

 曖昧に頷きながらそう口にする。
 『俺』は本当は、あれほどまでに高潔で美しい刀剣男士なのか。それを今、俺は初めて知ってしまった。眩しい。同じ自分を見ているはずなのに、どうしてもそうは思えない。

「……俺も持ち場に戻ろう。じゃあ、また」

 山姥切国広もそう言い、山姥切長義を追いかけるように会議室を出て行く。俺と猫殺しくんも一度顔を見合わすと、彼に続いて会議室を出た。

「またな。オレも色々考えておく、にゃ」
「色々とありがとう。君には感謝してもしきれないよ」
「お前にそんなこと言われるとむず痒いからそんなこと言わなくていい。じゃあな」

 彼に軽く手を振って、研究所と外を隔てる鉄扉を閉じる。急に空気が凍ったように辺りが静かになるのが、少しだけ恐ろしかった。
 ここに戻ってきて、俺は先ほどからぼんやりと思っていたことをようやく実感する。俺はあの山姥切国広を見ても何も思わなかった。好感も、嫌悪も、嫉妬も、どんな感情も俺の中には浮かび上がってこない。俺が本当に刀剣男士の山姥切長義であるのならば、彼が持っている物語が俺の中にあるのなら、そんなことあるはずがないというのに。
 そんなことを考えながら思うのだ。やはり俺は刀剣男士の、山姥切長義のなり損ないだ。
 彼に言われた、山姥切長義の誇りだなんて。俺にそんな誇り、持つ権利は無いだろう。なぜ俺はああなれなかったのだろうかなんて、考えはしないけれど。どうしたら、彼のように、山姥切長義に近付けるのだろう。そんなことは考えてしまう。
 答えは、いつまで経っても出そうにない。
4/18ページ
スキ