管理番号参壱七番山姥切長義の追憶 弍

 あの後、俺は全てを猫殺しくんに打ち明けた。もしどこからかその情報がこの研究所まで回っていたら、という気持ちもあったが今のところそんなことは特になさそうだった。

「大方事情はわかった、にゃ。助けてやりてぇ気持ちはやまやま何だが、オレ一振りでってのはちょっと無理があるにゃ」
「ああ……。無茶を言っていることはわかっている」
「他にも協力者が必要だな」

 猫殺しくんがそう言って連れてきたのは、よく話には聞いていた二振りだった。
 数日後、俺は猫殺しくんに会議室のような場所に連れて行かれた。「すぐ来るからよ」という彼の言葉を信じてその部屋の円卓で待っていると、彼らは順番にやってきた。

「へえ、君が噂の『俺』だね。初めまして。山姥切長義」

 部屋に入ってくるなり、その刀剣男士はにっこりと笑った。猫殺しくんの話によく出てくる、山姥切長義である。
 初めて顔を合わせたとき、彼が俺と同じ山姥切長義であるということが俄かには信じられなかった。何もかもを見透かすような瞳で彼は俺のことを見つめてくる。鳥肌が立った。恐ろしかった。俺は本来こうあるべきものなのだということが、ただ粛々と伝わってくることが。

「随分と早い到着なこった」
「この山姥切長義にはずっと興味があったんだ。つい急いでしまったよ」

 くすくすと笑って彼は椅子に腰掛けた。彼はいつも猫殺しくんが飲んでいるものと同じ飲み物を飲んでいる。

「人体実験とは随分平和じゃない話だね。ああ、平和も何も、今は戦争中だったっけ」

 彼の言葉に猫殺しくんは呆れたようにため息を吐いた。

「あんまり困らせてやるな。こいつだって一応お前なんだから、にゃ」
「わかっているよ。すまないね」

 随分と楽しそうなその様子を眺めながら、俺は若干の居心地の悪さを感じていた。あれほど必死に助けを求めたが、彼らは一体何者なんだ。あの時は冷静じゃなかったが、改めて冷静になって考えると猫殺しくんが彼女のことを知っていることは明らかにおかしい。彼女は研究所の重要機密事項だ。それをなぜ、彼らが。
 昔猫殺しくんはことあるごとに「オレただの広報だから」とか言っていたが、ただの広報がこんな機密事項を握っているわけがない。……いや、そもそもよく考えてみれば偽装しているとはいえ研究内容を広報に流すことを俺が命令されるわけないだろう。
 …………おかしいのは俺だったのかもしれない。

「ほら、猫殺しくん。俺が何か聞きたそうな顔をしているよ」
「ややこしい言い方をするな。……なんだよ、何かあんのか?」

 やはり何もかも見透かされているような気がして、むず痒くて仕方がない。猫殺しくんにじっと見つめられて、俺は控えめに口を開いた。

「君たちは何者なんだ」

 そう素直に問いかけると、猫殺しくんは不思議そうに首を傾げた。そんな彼の様子を、呆れたように山姥切長義が見た。

「……君、もしかして説明も何もしていないのか? 猫を斬った刀は頭まで猫になってしまったのかな」
「だーかーら! オレは猫じゃねえ! にゃ!」
「でも説明はしていないんだろう?」
「ぐぬぬ……」

 ……彼らの仲の良さは想像していた通りだな。猫殺しくんは頭を掻くと、「どこから話すかな」と言葉を探し始める。

「あー……。オレたちの仕事は一応ちゃんと広報、だにゃ」
「表向きはね」
「もう一個、仕事というか任務がオレたちには与えられてる。……お前たちの監視だ」

 監視、そう口の中で繰り返す。理解の追いついていない俺に、猫殺しくんは言葉を浴びせ続ける。

「お前たちはちょっと、ちょっとってもんでも無いか。結構危ないことしてるだろ?」
「ああ……。まあ、そうだろうね」

 素直に頷く。それは、重々理解している。

「もしこれが時の政府以外のところに漏れたらそれこそ大変なことになるにゃ。時の政府は信用を失う。それは、ちょっと困るんだろうな。だからお前たちがヘマをしないように監視してるってわけ」
「人体実験には手を焼いていてね。辞めさせられるならちょうどいい機会だよ」
「悪く思うなよ。騙してたわけじゃねぇ、つもりだにゃ」

 彼はそう言いながらもどこか気が引けている様子だった。……そうか。隠し事があったのはお互い様だったか。

「……別にそんなこと思ってはいないよ。それが君の仕事だったんだろう」

 源清麿……彼や、他の研究部の人間たちはこのことを知っているのだろうか。知らずにいるのか、知っているがあえて利用しているのか……。……それは俺が今知るべきことでは無いか。
 だが話だけ聞いていれば、研究所にとっても悪い話のようには思えなかった。彼らが特別研究内容について苦言を呈するようなことをしなければ、研究自体は何をしようが時の政府に黙認され続けるのだ。あながち以前の源清麿の言葉は間違っていなかったと言えるのかもしれない。
 そんなことをぐるぐると考えていると、ふと猫殺しくんが後ろを向いた。

「すまない。遅くなった。待たせたか」

 部屋の扉が開くと共に誰かが入ってくる。やってきたのは、よく話には聞いていた山姥切国広だった。

「遅いよ、偽物くん」
「お前さっきまで早く来すぎたとか言ってただろ、にゃ」
「すまない。それと写しと偽物は違う」

 山姥切国広は猫殺しくんの隣の椅子に腰掛けると、興味深そうに俺のことを見た。

「会うのは初めてだな。山姥切国広だ。お前の話は南泉からよく聞いている。」

 彼はそう言うと俺に手を差し出してくる。これは、握手を求められていると言うことだろうか。おずおずと手を出して、それに応える。自分から求めてきたにも関わらず、彼は心底驚いたような顔をした。

「すまない、不快だったか」
「い、いや……。おい南泉、本科に握手してもらったぞ」
「全部聞こえているからな」

 俺が引っ込めようとした手を掴むと、彼はブンブン手を上下に振ってくる。なんだこの刀は。
 それを呆れたように一瞥すると、猫殺しくんがパンと手を打った。

「そろそろ本題に入ろうぜ」
「彼の好きな女の子が被検体にされていて近いうちに死にそうだから助けたい、ってことで合っているかな?」

 山姥切長義がそう頬杖をついたまま首を傾げる。一瞬迷ったが、こくりと頷いた。間違えたことは言われていない。

「お前言い方ってもんがあんだろ……」
「おや、俺は君の話を要約しただけだよ」

 そう笑うと、彼はメモ帳を取り出した。ペンをくるくると回しながらこちらを向く。

「それじゃあ、第一回作戦会議としようか」
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