炎の中に想いを託して

 鯰尾藤四郎はこの本丸では七番目に顕現された刀である。

 彼は己を顕現した審神者がまだ若い女性であると理解したとき、驚き半分疑い半分と、そんな気持ちを抱いた。

「骨喰はさあ、この本丸のことどう思う?」

 とある夜、彼は同室の骨喰にそう問いかけたことがある。
 粟田口派の刀が兄弟だと知ると、審神者は彼らを全員同じ部屋で暮らすように手配してくれた。鯰尾と兄弟刀の骨喰も勿論同室に配置されている。
 夜も更け、彼らの随分と増えた弟たちが寝静まった後に、誰にも聞こえないくらいの囁き声で骨喰に話しかけた。

「こんのすけに聞いたんだけどさ、審神者は男の人より若い女の人が多いんだって。時代は変わるもんだね」

 時代は変わった。鯰尾の記憶の中にぼんやりと残っている時代はとうの昔に終わっている。記憶を失ってから、どれだけの時間が経ったのだろう。あれからどれだけの時を過ごしてきたのかと、彼は顕現してから日々考えている。

 戦に使われていた馬は戦車に変わり、武器は刀から銃や爆弾に変わった。戦中に女性は家を守るだけの存在ではなくなった。
 そして人々の争いの規模はどんどん大きくなっている。隣の村の土地を巡った争いが国同士の争いになって、ついには時間を越えるようになったのだ。

「歴史を守るってなんだろうね?」

 静かな声で鯰尾が呟く。
 今はただひたすらに大阪城の地下を回るだけであるためあまり実感がないが、ふとした瞬間に自分たちの本分を思い出すのだ。

「……俺たちはそのために呼ばれた」

 眠そうな声で骨喰が口にする。
 歴史を守るとはなんなのだろう。
 ……自分たちにとって、歴史とは一体。誰のためのものなのだろう。そんなことを、鯰尾はずっと考えているのだ。

 彼は骨喰の短い言葉を聞いて、「うん、そうだね。……それじゃあ頑張らないといけないなあ」と微かな声で呟いた。

「明日も内番だろう。早く寝よう」
「……うん。おやすみ、骨喰」

 そう言うと、二振りは黙って目を閉じた。
 人の身を得た。人としての生活が始まった。夜になれば布団に入って眠りにつく。朝昼晩とご飯を食べる。歯を磨いて、服を着て、お風呂に入って1日を過ごしているのだ。

(……何で俺たちには体と心が与えられたんだろう)

 刀のくせに、と鯰尾は自嘲する。
 考えるだけ無駄だというのはわかっているのに。それでも、よくそんなことを考えるのだ。

**

 一期一振が顕現した。
 和泉守兼定が顕現して喜ぶ堀川を見て、

「俺たちもいち兄に会いたい!」

 と躍起になった粟田口の刀たちが(堀川を巻き込んで)大阪城地下を駆け回り続けた結果だ。

「そんなに私のことを待っていてくれたんだね。ありがとう」

 秋田藤四郎たちからその話を聞いた一期は、桜を舞わせながら己の弟たちの頭を撫でて回った。

 一方その頃、大阪城地下から解放された有志一同は集まってジュースとお菓子を囲んでいた。とはいっても集まったのは、堀川と鯰尾と途中で顕現したにも関わらず「お金が手に入る」と聞いた瞬間部隊に入ることを志願した博多藤四郎だけであるが。

「やっと大阪城から解放される……」
「本丸ん資金が潤うたけんよかよね」
「そうですよ。それに堀川だって大好きな兼さんに会えてよかったじゃないですか」

 疲れ切った様子で机に突っ伏す堀川を鯰尾と博多が横からつつく。
 和泉守の名前を出されたら「それもそうですね」と堀川はケロッとした様子で顔を上げた。そして二振りに向かって口を開く。

「それにしても、粟田口の皆さんはとっても兄弟仲がいいんですね」
「堀川だって兄弟いるじゃないですか」

 鯰尾たちの兄弟が何振りも顕現した一方、堀川の兄弟である堀川派の二振りも顕現していた。その話題を振られると、堀川は曖昧に頷く。

「僕はなんというかこう……新撰組の物語の方が強いんですよ。だからあんまり兄弟たちとは馴染みがないというか……」
「あー確かに。新撰組ってそこだけでめっちゃ仲良いですもんね」
「そうなんですよ」

 腕を組んで、堀川はそう首肯する。そのままため息を吐いて机に肘をついた。

「僕も兄弟と仲良くできるかなあ……」
「なんでそんな突然弱気なんですか!」

 鯰尾がそう声をあげる。堀川がそんな様子だったことが意外だったのだ。

「まあ確かに山姥切さんが付き合いにくそうって言うのはわかりますけどねー……」

 鯰尾はまだあまり話したことのない堀川の兄弟のことを思い出す。いつも白い布をかぶっている彼は、まだ誰とも積極的に関わろうとしていない。誰ともすぐに話せる鯰尾でさえ、まだしっかり話していなかった。

「はあ……人間関係って大変ですね。これも心のせいなんでしょうか」
「こんなところで実感することってあるんだ」
「そりゃありますよ、刀に人間関係とかないじゃないですか」
「それはそうだけど」

 鯰尾は堀川に顔を向けると、彼の目の前に置いてあった煎餅を自分の口に一つ放り込んだ。

(心かあ……)

 胸に手を当てて考えてみる。
 まだ心というものが、なんなのかよくわかっていない。どうしてこんなものを、自分たちは持ち合わせているのだろう。

「あ、こら。駄目ですよ」
「いいじゃないですか一つくらい。俺の海老煎一つあげますから」

 小さな海老煎餅を指で摘むと、鯰尾はそれを堀川の口の中に押し込んだ。突然のことに驚きながらも、堀川は眉を顰めてそれを咀嚼する。

「堀川しゃんもきっと仲良うできるばい。山姥切しゃんも山伏しゃんも悪か刀やなかやけんね」

 博多が二振りを交互に見つめてそう笑った。堀川はそんな彼の方を見ながら、

「そうなれるように頑張りますね」

 と照れくさそうに頷く。
 鯰尾は「堀川なら大丈夫ですよ」と思いっきり彼の背中を叩いた。

 心は厄介だ。どうしたって、何をしようとしたって柵のように邪魔をしてくる。なぜ自分たちには心が与えられたのだろう。
 そんなもの無かったら、誰も何も悩むこともなかったのに。
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