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序章

五月十九日

 状況を整理する時間が必要だと思った。でもそれも難しそうだから、とりあえずここに記しておこうと思う。あとで読み返して笑い話になることを祈る。
 喋る狐に連れられてこのぼろぼろの日本家屋にやってきたのが昨日。日本刀の神様? に実体を与えて戦争をしろと、そう言われた。その狐に。
 私にやってほしいことは戦争の指揮官だそうだ。名前をつけると審神者という役職? らしい。
 私には特別な力があって、それでなんか、こうなったと。
 馬鹿みたいな話だが事実刀が人間に変わるところも、彼らが負った怪我がすぐに治るところも目にしてしまった。どうもタチの悪いマジックではないらしい。

 目的としては、歴史を変えようとしている人たちから歴史を守るために戦っているらしい。説明によると相手は人ではないようだけれど、そういう問題ではない気もしている。
 これまで散々戦争はしてはいけませんと教えてもらっていたのだが、ここはどうやら2205年のようで現代倫理は通用しないのかもしれない。

 その刀の神様とやらは私のことを気にかけてくれている。
 信用していいのか、というかそういう話なのだろうか。そもそも。まず原理がわからない。超科学的なやつなのなら私に従うようにプログラミングされてるとか、そういうことも考えられる。その視点で言えばあの喋る狐もそういうことなのかもしれない。
 非科学的だとか多分そういうことは通用しない。そういうものだと思うしかないのかも。
 これがなんなのかどういうことなのか聞く相手もいない。
 しばらくしたら状況が改善していることを祈る。
 早く家に


 ここまで書くと彼女はやたらと分厚いノートを閉じた。乱雑に最後に書いた言葉を消してため息を吐く。縁起が悪い。鉛筆で書けばよかった。
 部屋には机以外何もない。これから揃えていくんですよ、と言われたが今はまだ何もない。だから床に直接座っている。早く座椅子を買うべきだろうか。彼女はぼんやりとそんなことを考えていた。そしてそうしながら机に肘をついて窓の外を見つめている。
 どうしようもないくらいに星が綺麗だ。
 灯りももうこの部屋にしかついていない。外に広がるのはただの暗闇だ。そりゃあ、綺麗にも見えるだろう。
(……こんなに綺麗な星、初めて見たかも)
 やることもなくなってしまったからそろそろ寝ようかと、彼女はゆっくりと布団に潜り込む。ベッドの方が慣れているからか、敷布団に違和感を感じる。
 自分はこんなに長い夜を過ごしているのにあの狐は呑気に寝ているのだろうか。無機質な表情を浮かべる狐の顔を思い出しながら、小さく彼女は息を吐いた。
 そもそもあの狐に寝るという概念はあるのか。あの狐は生物なのか。精巧に作られた機械なのではないか。考えは尽きない。

 風一つない、ただの夜だった。

 目を瞑っても上手く眠れない。
 しかしこんな得体の知れないところで眠れるほうが驚きだ。そもそも寝付きがいい方では決してないのだ。こんなものだろう。
 ようやく少しばかりうとうとしてきて、眠れたと思っても結局何度も目が覚めてしまい、二時間寝れたか寝れてないかくらいで朝を迎えた。
 そろそろだろうかと体を起こした時、時計は朝七時少し前を示していた。
「……朝ご飯」
 朝食べるものを用意しなければと、大きな溜め息を吐いて壁に手をついて彼女は立ち上がった。顔を洗って、置いてあった安っぽい櫛で髪を梳かして、服を変えてから階段を降りる。
 このただ広いばかりの日本家屋の全ての間取りを覚えることはどうにも骨が折れそうだ。昨日なんとか覚えた厨に向かいながら、彼女は眠気を誤魔化すために爪で手の平を刺激している。
「おや、主。おはよう」
「おはよう。……早いのね」
 歌仙、と彼女は口に出すがまだよく馴染まない。
 彼は彼女が一番はじめに顕現した刀だ。
 歌仙兼定。この本丸の始まりの一振り。
 今は割烹着を着て包丁を持っている。とてもこれが歴史を守るために戦っているとは、これを見る限りでは思えないのだ。
「料理を覚えたくてね。これからどんどん刀も増えていくだろうから」
「おはようございます! あ、主さん。どうも。朝食の準備なら僕達に任せてくださいね」
 そう元気よく顔を出してきたのは同じく昨日顕現した堀川国広という刀だ。新撰組の土方歳三の所持していた脇差で、同じく土方歳三が帯刀していた兼さん、とやらを探している。昨日こんのすけから色々説明を受けた気がするも、彼女が覚えているのはそれだけだった。
「……堀川くんも料理できるの?」
「んー多分、なんかいける気がします。これ読みながらやりますから」
 そう言って彼は机の上の料理本を指差した。これは昨日彼女が何かと必要になるだろうと購入した本だ。
「そう……じゃあ、お願いしようかな」
「そうしてください」
 この刀剣男士というのは不思議なものだとぼんやり思う。
 あんなにこんのすけには刀剣男士を使って歴史を守るために戦えとか何とかを散々叩き込まれたが、実際には彼らは割と戦い以外のことにも寛容だった。昨日は戦いもせずに皆で苔やカビが生えて酷いことになっていた風呂の掃除をした。夕食もみんなで作った。
 今も朝ご飯を作ってくれるらしい。戦をしている最中だとは思えない。刀剣男士とはこういうものなのだろうか。
 相変わらず考えは尽きない。頭がどうにかなりそうだ。
「主さん目玉焼きは半熟と完熟どっち派ですか?」
「……半熟がいいかも」
「はーい」
 戦の道具でも目玉焼きの焼き加減は気にするらしい。
 あっという間に歌仙と堀川は十人分くらいの朝食を作り終えると、何個かのお盆に分けてそれらを持って広間のような場所へ向かった。成り行きでここが食堂みたいになっている。
「おはようございます主様!」
「おはようあるじさん!」
 何人かにそう声をかけられて、彼女はおはようと笑って返す。
 主と、みんな彼女をそう呼ぶ。
「審神者様、おはようございます。今日は出陣をしていただきますからね」
 そして突然姿を現したのが件のこんのすけという狐だ。彼女はこのこんのすけに連れられてここに来ていた。
「うん。わかった。ご飯食べよう」
 そう彼女は軽くあしらって座布団の上に座る。机の上に並んでいるのは簡素な朝食だ。目玉焼きとベーコンと白米とちょっとした味噌汁。これでも昨日の昼の白米と人参だけが具材の味噌汁より遥かにマシだろうと彼女は思う。
「じゃあみんなおはよう。今日もよろしくね。いただきます」
 適当に彼女は皆にそんな声をかけて手を合わせる。
 なんだか変な光景だと彼女は思う。
 果たしてこれはいつまで続くのだろうか。そんな不安を彼女が抱えていることなど関係も無しに、無情にも新しい一日がやってきた。


 西暦2205年。歴史の改変を目論む「歴史修正主義者」によって 過去への攻撃が始まった。
 時の政府は、それを阻止するため「審神者」なる者を各時代へと送り出す。
 審神者なる者とは、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる、技を持つ者。


 豊後国にとある本丸が建っている。
 以前この本丸に住んでいた審神者は歴史修正主義者との戦いの末老衰でこの世を去った。当時の刀剣男士たちは、審神者の遺言通りに様々な場所へ散らばった。その後本丸は無人になり、かつては笑い声の絶えなかったこの場所は廃墟のようになっていた。

「そういえば豊後国に空いてる本丸無かったっけ」
「あー……あそこ? しばらく見に行ってないけど壊しては無いっすけど」
「じゃあそこでいいじゃん。あの子の本丸」

 新しく審神者になろうとしている少女がいた。齢は十六。
 何故彼女が審神者になるに至ったのか、それはまた、別のところで。

「夏華様。おはようございます。私が貴方様の案内をさせていただくこんのすけでございます」
「……はい?」

 審神者名は夏華。

 豊後国のこの場所で、歴史を守るために彼女は新しい名前と役割を与えられた。

 そんなとある一人の審神者と、彼女の刀剣男士たちがここでどのように過ごして生きているのか。
 これは、その記録である。

 彼女が覚えて欲しいと願った、長い長い物語。
 その全てを、ここに記そう。
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