第1章 2013.10.04~消滅~
外では、訓練と称して再び避難を呼び掛ける防災無線が響き渡っていた。
ただ、声は親友の声に戻っていた。たぶん、役場からだと放送し続ける事ができないからだろう。高校にいる彼女なら確実だ。
『こちらは、糸守町役場です。変電所においての、事故の発生に伴い、町民のみなさんは直ちに、糸守高校まで避難してください。これは、一時的な訓練のものでもあります。直ちに、糸守高校まで避難をお願いします。繰り返し、……』
役場のスピーカーからも、規則的な放送と止まることない不快なサイレンの音が鳴り響く。
頼んだよ、サヤちん!
糸守高校に到着すると、既に町民のほとんどが避難し終えていた。8時25分。残りは20分、なんとかなりそうだ。
「よかった……」
そう言って手のひらをみる。もうほとんどなくなりかけている記憶。今ではもう、どんな顔だったかもおぼろ気だ。
「絶対に、生きるから。だから、きっとどこかで……」
御神体の方を見つめ、か細く呟く。
歴史が変わる。たぶん、彗星が落ちると同時に、記憶は完全に消えてなくなる。
脳裏にあの人の声が響く。
『三葉』
「っ……」
でも……やっぱり怖い……今が変わったら、「彼」は、今までの「彼」じゃなくなってしまうかもしれない……。そうなったら……もう二度と……
『三葉』
いつか……消える……。
そう考えた途端、凄く怖くなる。何もかも失ってしまうのかもしれないと……。
一人になりたくない……忘れたくないよ……っ!
「三葉!」
「っ?」
「大丈夫か!?身体傷だらけやないか!」
気がつくと、勅使河原克彦が心配そうな目で見ていた。
「テッシー……」
「どっか痛むんか?涙ボロボロ流して……。」
「え……っ?」
思わず目に指を当てると、その指に雫が伝ってきた。いつの間にか顔中を濡らすほど涙を流していたらしい。
「……三葉?」
「お願い……今までの私を覚えてて……ここ一ヶ月の……『狐憑き』の私を……。」
勅使河原は一瞬不思議そうな顔をした。けれど、すぐに微笑み返した。
「ああ、わかったでな。お前がそれで楽になるんやったら覚えててやるわ。」
「……ありがと……っ。」
空が明るくなり始めた。
遂に来た……。
校舎にいると危険だと言われ、名取早耶香も校庭にかけ降りてきた。
「サヤちん!」
「三葉ぁ!もう、こわかったよぉ~!!先生に見つかったときはどうなってまうんやってぇ……」
早耶香は泣きながら私に飛び付いてきた。
「ごめん、ごめんサヤちん。」
「って、本当にここに落ちるんあの流れ星!?大丈夫なんよねこの場所って!!」
「うん、大丈夫。私が保証する!」
「でも……本当に何でわかったんよ……彗星が割れるって……誰かが予測しとったん?」
星は勢いよく近づいてくる。どんどん空が明るくなってくる。
「んーむ、もしかしたら、宮水神社の系統に予言能力でもあったんやないか?」
「こんなときまでオカルトにしんといて!!」
三葉のとなりで、必死に楽しくしようとする勅使河原と、それを否める早耶香。
「いや……」
「「?」」
この二人には……話せばわかるのかな……。
「案外……そうなのかも……。」
「「え……?」」
「オカルトも、たまには信じてみるもんやよ……。」
ゴォォォォオオオオオオ――――――
巨大な岩が、赤く燃えながら近づいてくる。次第に、轟音と共に空気が振動し始める。それが、消えかかる記憶の断片と重なりあう。
ああ、そうなんだ。この彗星は……
宮水に古くから伝わる、「ムスビ」のひとつなんだ。
三葉を一度は殺した巨大な竜。故郷を消すであろう、そんな残酷なものなのに、私は、やはりこう思わずにはいられなかった……。
その夜空は、まるで、夢の景色のように、
ただ、ひたすらに……
美しいながめだった……。
「瀧くん……。」
2013年10月4日、午後8時42分。
全てが、消えた。
to be continued...