第4章 2016.10.16~隠世~
「名古屋まであと二時間か……」
なんとか飛騨古川駅まで辿り着いた瀧は、特急列車の中で息をついた。
途中、お世話になった高山ラーメンのオヤジさんたちに弁当箱を返し、挨拶をしてきた。オヤジさんたちは、「満足できたか?」と聞いてきた。そうか、やっぱりあの場所には何か目的があって行ったのか……。しかし、記憶が薄れている俺は、曖昧な返事を返すことしかできなかった。
『ええ、まぁ……』
幸い、深いことは問われなかった。ただ、まだ客のいないラーメン屋のカウンター席に座って新聞を読みながら、オヤジは一言呟いた。
『また、ラーメン食べに来てくれや。』
寡黙で頑固そうなオヤジは、堅い顔を少し綻ばせながらさらに続けた。
『あんたといると、なんだか糸守の英雄を思い出すんでな。』
どう受け止めるべきだったのか。返事もできず、呆然と立っているだけの俺を見て、オヤジは小さく微笑んで、「帰りは大丈夫なんか?」と促してくれた。
再び息を吐く。列車の窓から見える稲刈り間近の田園が、次から次へと流れていく。
そうしてまた、自分自身に問いかける……。
「俺は何をしに……あの場所に………………。」
一瞬視界が暗くなり、次第に意識が薄れてくる……。
「だいぶ疲れたんだな……ちょっと休むか……。」
そんなこと呟くうちに、瀧は暗く、深い海に引きずり込まれていった……。
「……ん」
何かが、聞こえる。
「………きくん」
この声は……誰だ?
「瀧くん」
誰……誰だ……?お前は、一体誰なんだ?
懐かしい声……。そうだ、忘れたくない人、忘れちゃだめな人。あいつの声だ……!
なのに、名前が……思い出せない……?
「瀧くん……!」
誰だ……?お前は、誰だっ……!?
君の名前は……っ!
「!!!」
目が覚めた。体を起こすと同時に、涙が頬を流れ落ちてきた。
少しして意識が覚醒し涙を流していることに気づき、思わず目に手を当てた。
……俺、何で泣いてるんだろ……?
『名古屋ー、名古屋です。ご乗車ありがとうございました。この列車は回送列車となります、ご乗車になれませんのでご注意ください。終点名古屋です……』
列車内にアナウンスが響く。それと同時に、俺のスマホが振動する。発信源は司だった。
「もしもし……?」
「あぁ、やっと出たか……。全然連絡して来ねぇから心配したぞ?今どこなんだよ。」
「ああー大丈夫だよ、今名古屋ついたとこだから。これから新幹線乗って帰るから……。」
「瀧、お前だいぶ疲れてるようだな?」
「ん、まぁな……相当歩き回ったから……。」
「奥寺先輩には俺から連絡しとく。気をつけて帰ってこいよ。」
「すまんな……。」
電話をきって、俺はバッグを背負う。既に、さっきの夢は完全に消え失せている……。
いや、それだけじゃない。最近の記憶全てが、朧気になっている、そんな気がする……。
ふと、右手を見ると、サインペンで書かれた一本線……。
大切なものが、かつて、この手に。
いや、気のせいか……。
この旅も、他愛ないただの、小旅行だったのかもしれないな……。
俺は無理やりにそう納得させながら、17時12分発東京行きの15番線ホームへと、少しばかり重い足を静かに前へ歩ませていった。
to be continued...
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