第3章 2013.10.05~朝日~
昨日の夜、糸守に星が降った。ティアマト彗星の欠片が分裂し、その片割れがものすごいスピードで落下したのだ。
恐ろしいほどの勢いだった。今まで体験したことがない地震のような揺れに襲われ、台風を越える熱い爆風に吹き飛ばされそうになった。
咄嗟に地面に伏せて難を逃れた私は、風と揺れが収まってきて目を開けて愕然とした。さっきまであった町が消えているのだから。
その後、お父さんが持ってきてくれた毛布を受け取った。たぶん疲れがどっと出たのだろう、意識が飛んでそこからの記憶はない。
空は明るくなってきているが、まだ日は出ていない。空には雲1つない。
山からは、隕石落下で発生した大規模な山火事で未だに煙が上がっている。
「そっか、彗星……。」
ふと、4人が三葉を無言で見ているのに気づき、三葉は首をかしげる。あまりにも心配そうな目で見られたため、どうしたの、と聞こうとしたが、その時背後から名前を呼ばれて遮られた。
「宮水。」
「?」
振り向こうとして、目の前に座っていたテッシーとサヤちんの表情が強ばったのが視界の端に見えた。そこには、私のクラスのヒエラルキートリオの三人、松本くん、桜ちゃん、花ちゃんが立っていた。今までさんざん陰口を言われていたためか、自然と身構えてしまう。
けど、三人の様子はいつもと違っていた。しばらく私の方を見たあと、突然頭を下げたのだ。
「すまんかった……!」
「えっ?」
「今までさんざん悪口言いまくって、本当に悪かった……!」
「三葉、正直言うと、あんたのことが妬ましかったんや。私らなんかよりめっちゃ美人で、町でも有名人で……。」
「少しでもあんたより優位に立ちたくって、三葉を貶めるようなことして……。なのに、あんたは私たちの命も救ってくれて……。」
次々に謝罪され、寝起きなのも重なって、再び混乱状態に陥った。思わず手を向けてそれを止めようとする。
特に最後の言葉には本当に訳がわからなくなった。
「ちょ、ちょっと待って!急にどうしたんよ!?それに、みんなの命って?」
三人は顔を上げ、少し不思議な様子で顔を見合わせた。
「勅使河原から聞いたんやよ。糸守に彗星が落ちるって言って、ケガしてまで走り回ってたって……。」
「…………え……?」
その言葉に私は目を丸くした。
なぜなのか……記憶にないのだ。
いや、何かを、忘れている……。でも、何を?
「お前ら、その辺にしとけや。」
三葉の様子を見て堪えかねた勅使河原が目を閉じながら口を開く。
「多分な、覚えてないんや。昨日、自分が何をしてたか。そうやろ、三葉?」
三葉はハッとする。確かに、覚えていなかった。
「お、おいどういうことだよ勅使河原?覚えてないって……。」
「ええから!……その事についてはなんも言うな。」
三葉は考えた。私は何をしていた?もしかして、彗星が落ちたショックで記憶が消えでもしたの?
「わからない……。」
「……せやろな。昨日お前が何をしてたか、聞くか?」
三葉の辛そうな答えに対し、勅使河原は静かに聞いた。
『お願い……今までの私を覚えてて……ここ一ヶ月の……「狐憑き」の私を……。』
今になって思えば、あのときの三葉は自分が記憶を失うことを知っていた、だから涙を流したのだ。宮水一族が持つ力なのかもしれないが、彗星の事といい、三葉には未来が見えていたのだ。少なくとも、昨日は。
勅使河原は、三葉の昨日の言葉が、彼女にとって相当重いものだということに気がついたのだ。だから、その「狐憑き」の三葉を、彼女自身に話すべきだと、そう思う。
三葉は少し黙ってから、コクリと頷いた。
「……うん、お願い。」