小さな恋の物語
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
放課後の教室に鮮やかな夕日が差し込んでいる。
オレンジの光を浴びて床に伸びる二つの影。
静かな教室に筆記音がこだましていた。
目の前の積み上げられた課題を見て私は思わず机に突っ伏した。
「終わらないー…」
3限のあと授業態度をこっぴどく叱られた私は、鬼の形相のクラサメ隊長から罰として課題を出されたのだ。提出期限は明日の朝イチ。意味不明な課題量。普段から授業時間を睡眠タイムにしている私にはどう頑張っても終わらない課題量。けれど終わらせなければ日中のナインよろしくブリザドを食らう羽目になるのだ。私はチキンだから、みんなのように隊長に盾突くなんて、怒られるなんて、考えるだけでも恐ろしい。必死になってノートと向かい合う。ちなみにマザーに怒られるのはもっと恐ろしい。
そもそも私には座ってあれこれ理論を学ぶのは向いていないのだ。机にごりごり頭を押し付けながら、そもそも戦力として投入された0組がアギトを目指している他の候補生たちと同じカリキュラムで勉強する必要性があるのかな、なんて悪態をついた。
そんな私に目の前のエースが苦笑を漏らす。
彼は絶望的な課題ミッションに打ちひしがれていた私に「一緒に残るよ」と言ってくれた。成績優秀な彼がいてくれるなんて百人力、明日のブリザド回避も夢じゃない、と心から感動した。端的に言うと神。
「ナマエ、大丈夫だ。ほら、あと10ページ分」
優しい声が頭の上から降ってくる。ううう、と呻き声をあげる私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。大好きな人の大きな手の温かさに思わず頬が緩んだ。
「うん…」
小さく返事をして机から少しだけ顔を上げる。視界の上で、私を見て優しく微笑んでいるエースと目があった。西陽を受けて彼の髪がキラキラと朱色に輝いている。昼間とはまた違った美しさに思わず息を呑んだ。
居残りをするのは私の自業自得なのに。私のために一緒に残ってくれた。
優しさに包まれて、申し訳ない気持ちと幸せな気持ちがないまぜになる。幸せなハズなのに。不意に心がチリリと痛む。私はこんなに素敵なあなたに釣り合うだけの人間なのだろうか。
ふと彼が時計を見る。
「あ…もう5時だ」
つられて私も時計を見る。確かに時計は5時を示していた。
「そろそろ休憩しようか?」
「うん!」
そう答えるとエースは「ちょっと待っててくれ」と言って自分の鞄を開いた。
そうしてゴソゴソとなにやらいい匂いのする箱を取り出して机に置く。
「それなに?」
思わず聞いた私に返事をする代わりに、彼はいたずらっぽく笑う。
そういう顔もするんだ。ずっと幼い頃から一緒だったのに知らなかった一面。ひとつだけ心臓が跳ねる。
ワンテンポ遅れて開かれた箱。甘い香りが私の鼻をくすぐった。
「わぁっ…!」
中には綺麗な焼き色の小さなスコーンがたくさん入っていた。
プレーンと、チョコチップが練り込まれているのもある。すごく美味しそう。感嘆の声を上げる私を満足げに見ながら、彼はテキパキと水筒と紙コップを取り出す。とぽとぽ、と小さな音を立てながら中身がコップに注がれる。上品な香りが紙コップから湯気と共に立ち上った。
「よし、まだ温かいな。よかった」
「これは?」
「アールグレイ、紅茶だよ」
「食べていい?」
「あぁ。口に合うといいんだけど」
少し照れて頬をかきながら言う彼。
いただきますっ、と勢いよくスコーンに手を伸ばす私。
一口食べると、さくっと音をたててほのかな甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい!」
「よかった」
エースが安堵したような笑みを浮かべて、もうひとつどうぞ?、なんて言うから遠慮なくいただいてしまう。何個でも食べられる。本当に美味しい。
紅茶も一口もらって、こんなにおいしいの食べれて幸せだよ、と言えば、彼はさらに目尻を下げた。
「ナマエがこんなに喜んでくれるなら作ったかいがあるな」
「んう?!!」
私は目を白黒させた。エースの手作りだったんだ。すごく美味しい。とても美味しい。お店で出せるレベルだと思う。そう伝えたいところだけれど、頬いっぱいに詰めたスコーンが言わせてくれない。もしかして一緒に食べるつもりで残ってくれたのだろうか。
そんなに急いで食べると喉に詰まるぞ、なんて言いながら、優しい手が私の頭を撫でた。
破顔するエースが眩しくて、私も思わず目を細める。
「ナマエの笑顔が好きだ。そのままのナマエが好きだ」
「僕が幸せにするから、笑っていて欲しい」
「たまには喧嘩もするだろうけど、ずっと一緒にいよう」
まっすぐな瞳に射抜かれて思わず押し黙る。
釣り合うとか、釣り合わないとか、もうそういう関係ではないのだ、と。
想いが通じあっていることが、お互いがお互いをこの世界での唯一無二だと思った証拠なのだ、と。
藍色の瞳が訴えている。
私は大きくひとつ頷いた。
冬の空はいつの間にか葡萄色に染まっている。
小さな痛みは西陽に連れ去られてどこか遠くへ沈んでいった。
五時の魔法
(それは距離を縮める魔法)
オレンジの光を浴びて床に伸びる二つの影。
静かな教室に筆記音がこだましていた。
目の前の積み上げられた課題を見て私は思わず机に突っ伏した。
「終わらないー…」
3限のあと授業態度をこっぴどく叱られた私は、鬼の形相のクラサメ隊長から罰として課題を出されたのだ。提出期限は明日の朝イチ。意味不明な課題量。普段から授業時間を睡眠タイムにしている私にはどう頑張っても終わらない課題量。けれど終わらせなければ日中のナインよろしくブリザドを食らう羽目になるのだ。私はチキンだから、みんなのように隊長に盾突くなんて、怒られるなんて、考えるだけでも恐ろしい。必死になってノートと向かい合う。ちなみにマザーに怒られるのはもっと恐ろしい。
そもそも私には座ってあれこれ理論を学ぶのは向いていないのだ。机にごりごり頭を押し付けながら、そもそも戦力として投入された0組がアギトを目指している他の候補生たちと同じカリキュラムで勉強する必要性があるのかな、なんて悪態をついた。
そんな私に目の前のエースが苦笑を漏らす。
彼は絶望的な課題ミッションに打ちひしがれていた私に「一緒に残るよ」と言ってくれた。成績優秀な彼がいてくれるなんて百人力、明日のブリザド回避も夢じゃない、と心から感動した。端的に言うと神。
「ナマエ、大丈夫だ。ほら、あと10ページ分」
優しい声が頭の上から降ってくる。ううう、と呻き声をあげる私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。大好きな人の大きな手の温かさに思わず頬が緩んだ。
「うん…」
小さく返事をして机から少しだけ顔を上げる。視界の上で、私を見て優しく微笑んでいるエースと目があった。西陽を受けて彼の髪がキラキラと朱色に輝いている。昼間とはまた違った美しさに思わず息を呑んだ。
居残りをするのは私の自業自得なのに。私のために一緒に残ってくれた。
優しさに包まれて、申し訳ない気持ちと幸せな気持ちがないまぜになる。幸せなハズなのに。不意に心がチリリと痛む。私はこんなに素敵なあなたに釣り合うだけの人間なのだろうか。
ふと彼が時計を見る。
「あ…もう5時だ」
つられて私も時計を見る。確かに時計は5時を示していた。
「そろそろ休憩しようか?」
「うん!」
そう答えるとエースは「ちょっと待っててくれ」と言って自分の鞄を開いた。
そうしてゴソゴソとなにやらいい匂いのする箱を取り出して机に置く。
「それなに?」
思わず聞いた私に返事をする代わりに、彼はいたずらっぽく笑う。
そういう顔もするんだ。ずっと幼い頃から一緒だったのに知らなかった一面。ひとつだけ心臓が跳ねる。
ワンテンポ遅れて開かれた箱。甘い香りが私の鼻をくすぐった。
「わぁっ…!」
中には綺麗な焼き色の小さなスコーンがたくさん入っていた。
プレーンと、チョコチップが練り込まれているのもある。すごく美味しそう。感嘆の声を上げる私を満足げに見ながら、彼はテキパキと水筒と紙コップを取り出す。とぽとぽ、と小さな音を立てながら中身がコップに注がれる。上品な香りが紙コップから湯気と共に立ち上った。
「よし、まだ温かいな。よかった」
「これは?」
「アールグレイ、紅茶だよ」
「食べていい?」
「あぁ。口に合うといいんだけど」
少し照れて頬をかきながら言う彼。
いただきますっ、と勢いよくスコーンに手を伸ばす私。
一口食べると、さくっと音をたててほのかな甘さが口いっぱいに広がった。
「おいしい!」
「よかった」
エースが安堵したような笑みを浮かべて、もうひとつどうぞ?、なんて言うから遠慮なくいただいてしまう。何個でも食べられる。本当に美味しい。
紅茶も一口もらって、こんなにおいしいの食べれて幸せだよ、と言えば、彼はさらに目尻を下げた。
「ナマエがこんなに喜んでくれるなら作ったかいがあるな」
「んう?!!」
私は目を白黒させた。エースの手作りだったんだ。すごく美味しい。とても美味しい。お店で出せるレベルだと思う。そう伝えたいところだけれど、頬いっぱいに詰めたスコーンが言わせてくれない。もしかして一緒に食べるつもりで残ってくれたのだろうか。
そんなに急いで食べると喉に詰まるぞ、なんて言いながら、優しい手が私の頭を撫でた。
破顔するエースが眩しくて、私も思わず目を細める。
「ナマエの笑顔が好きだ。そのままのナマエが好きだ」
「僕が幸せにするから、笑っていて欲しい」
「たまには喧嘩もするだろうけど、ずっと一緒にいよう」
まっすぐな瞳に射抜かれて思わず押し黙る。
釣り合うとか、釣り合わないとか、もうそういう関係ではないのだ、と。
想いが通じあっていることが、お互いがお互いをこの世界での唯一無二だと思った証拠なのだ、と。
藍色の瞳が訴えている。
私は大きくひとつ頷いた。
冬の空はいつの間にか葡萄色に染まっている。
小さな痛みは西陽に連れ去られてどこか遠くへ沈んでいった。
五時の魔法
(それは距離を縮める魔法)
←prevキミノトナリ。
8/8ページ