幕間





「ねえ聞いた?望月さんがさ────」
「やばいよね〜!かわいい顔してあんなことするとか!」
「でもさ前から結構過激だって言われてたらしいじゃん?」



学生の噂っていうのは本当に広まるのが早い。
誰が目撃者で最初に言い出したのかはわからないけれど夏休み明けの私のクラスは“望月光瑠が天川美咲を階段から突き落とした”という話で持ちきりだった。

周りが見えていなかったとはいえ事実なことに変わりない。
それにあの件は数日後にお互いの親を交えて再び話し合って和解して終わった…というより天川美咲が「話を大きくしたくないし、特に怪我もしてないから大丈夫」って言ってその場を言いくるめて終えたという方が正しい。
善人にもほどがあるでしょ、私はあいつに「クラスを変えてくれ」とか「転校させろ」とか言われてもおかしくない立場なのに。



「…ねえ望月さん、あんたよく堂々と来れたね」
「え〜何のこと?はっきり言ってくれないとわかんないなあ♡」
「ふざけないでよ!あんた美咲のこと突き落としたんでしょ!」



うるさいなあ、そもそもお前誰だよ。あいつの友達?てかあいつに友達とかいたんだ。というかみんなして厳しい視線向けないでよ。新学期早々最悪すぎない?いや元はといえば私が悪いんだけどさ。
あーあ、もう猫かぶるの辞めちゃおっかな。ここで本性曝け出した方が残りの学校生活楽そうだし。もう失うものなんてないようなものだし。そう思って私がその事実を認めようとしたときだった。



「そのことなんだけど」



天川美咲が私たちの間に割って入ってきた。
何を考えているんだと思考を巡らせていると彼女は淡々と話を続ける。



「望月さんは偶然居合わせただけで何も関係ない」



…は?何言ってんの。
私のこと哀れに思って庇ってるつもり?だとしたらいい迷惑なんだけど!なんであんたにそんなことされなきゃいけないわけ?



「で、でも突き落としたって言ってたよ!」
「誰が言い出したの。証拠でもあるの?」
「証拠とかはないけど…」
「なら私が言ったことが真実ってことでいいわよね。そうよね望月さん」



その言葉に周りはざわつき始める。本当に彼女の言うことが真実なのか、噂の方が真実なのか。私がこいつの言葉を肯定したらそれが真実となる。でもそれはこいつに貸しをつくるみたいで私のプライドが許さない。けれどこの噂を手っ取り早く終わらせるにはこれしか───!



「おはよ〜…ってみんなどうしたの?なんかあった?」



重い空気を断ち切るように彼は入ってきた。近くにいた子が彼に事情を説明すると「あーそのことね」と知った風に答える。そして私の方へ一度視線を向け逸らすと「全てはこう」と話し始める。



「天川さんが先生に頼まれて荷物運んでたら足元が見えなくて足を踏み外しちゃったんだよね。で、そこに偶然居合わせた望月さんが手を伸ばそうとしたら間に合わなくて偶然通りかかった俺が代わりに助けたってわけ!」



そんなこと言って優輝くんまで私のこと庇うの?…いや違う。私たちよりも目立つ行動をした自分に注目を集めて「神田優輝が危ないところを助けたヒーローになった」という話を作り出し噂を上書きしようとしているんだ。でもさすがにそれは無理がある。いくら人気者の彼だとしても…。



「えー神田くんすごいじゃん!」
「じゃあ天川さんが言ってたこと本当だったんだ…?」
「まあ神田くんが言うなら…そうなのかな?」
「そう!そういうことだからこの話は終わり!新学期も楽しくやろーよ!」



こんな手のひら返しみたいなことある?さっきまで私のこと疑ってたくせに…!ああもう腹が立つ!みんな嫌い。嫌い嫌い!嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!!!







その後予定通り「神田優輝が危ないところを助けたヒーローになった」という噂で上書きされた。それでもまだ私を疑ってる人はいるけれど。



「…よかったね、天川美咲のこと噂から守れて」
「まあそれだけじゃないけどね」



一人教室で黄昏ている私に彼は話しかける。



「この話は俺がすごいで完結すればいいんだよ」
「…ずるいよ、私のこと許してないくせにそこまで気を回す必要なんてない」
「確かに許してないけどさ、あそこで全部認めちゃったら今度は望月さんが苦しい思いするだけだよ。それで望月さんに何かあってもいけないし、俺も天川さんもそんなこと望んでないから」



その言葉に思わず溜め込んでいたものが頬を伝う。ああ、そうだよ。神田優輝はこういう人間だ。誰にでも優しくて、放っておけなくて、優しく輝く彼の姿にみんな惹かれて、私はそんな彼のことが…。



「…ありがとう」



好きだった。








数日後。気づけばあの噂を聞くことはなくなって私はいつも通りの日々を過ごせている。ただ一つ変わったことがあるとすれば…。



「最近の光瑠なんか変わったよね」
「確かに〜!前はあんなに神田くん♡って言ってたのに今は見かけても近寄らなくなったし」
「あとすぐ機嫌悪くなるの減ったよね!」
「それね!何があったかわかんないけど良い方に変わってくれてよかったよ〜!」



私はどうしても必要な時以外は天川美咲に接触することをやめた。優輝くんと一緒にいても割って入ることもしない。なんなら優輝くんを見かけても近くに寄ることもやめた。その程度のこと誰でもできると思うかもしれないけれど私にとってはそう簡単なことではない。気に入らないことがあれば突っかかるし、すぐに感情に身を任せて周りが見えなくなることがあるからそれを少しずつ直すために決めたの。



未来の私が同じ過ちを繰り返さないように─────。




2/3ページ
スキ