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幕間





「…お前すげーかっけーな」



それが後の俺にとって大切な親友となる人物“前園まえぞの いつき”との最初の出会いだった。







新学期が始まって数日。俺は一人教室であるものとにらめっこしていた。かれこれ悩んで数十分。担任からは今日中に提出しろとのお達しがきている。たった数箇所埋めるだけでいいのに、右手に握ったペンは何かを記す気配はない。天川さんも待たせちゃってるし、いっそのこと紙飛行機にでもして飛ばしてしまおうか。…いやそんなことしても何の解決にもならない。もう正直に言ってしまおう。



「───で、第一志望すら埋まらないと」
「これでも何校か説明会に行ったんですけどね」



白紙の進路調査票を担任に渡すと「俺もこの時期にはまだ決まってなかったから」と素直に受け取ってくれた。それなら急かさなくてもよかったじゃないか!



「スカウトは全部断ったしな…。何か希望とかあるか?近いところがいいとか、将来は進学したいとか」
「そうですね〜まあ近場は魅力的ですね」
「ならこのあたりの高校とかいいんじゃないか?ちょうど週末に学校説明会やるみたいだから行ってみたらどうだ?」
「わかりました。行ってみます」







北原第一高校は駅から徒歩10分に位置する創立70周年を迎える学校だ。学科は普通科のみで偏差値は52と平均的。卒業後の進路は進学4割、就職6割…と説明を聞く限りじゃ今のところ悪くはないってところかな。
…それはさておき、先ほどから俺は右隣からものすごい熱い視線を向けられている。ちなみに女子ではない。たまたま隣の席になった他校の男子だ。何かした心当たりもないのになんでそんなに見てくるんだ。話しかけたら負けみたいな雰囲気だがこのままでは話に集中できそうにもないので、俺は周りの邪魔にならない声で話しかけることにした。



「…あの」
「…お前すげーかっけーな」



はあ?開口一番それ?全く知らないやつにそんなこと言う?あまりに予想外の言葉に俺の思考は混乱していた。しかしそんな俺に構わず彼は続ける。



「お前どこ中?」
「…南中だけど」
「俺は東中!なんだ意外と近いとこ住んでんじゃん!今度遊ぼうぜ!」



なんて奴だ…。ものすごい早さで心の距離を詰めてきやがった。このままだと彼のペースに巻き込まれてしまう。俺は遊びに来たんじゃないんだ。ちゃんと説明会に集中しないと…。



「なあ知ってるか?ここの学食美味いらしいぜ。終わったら一緒に食いに行こうぜ!」
「…」
「なあ〜行こうぜ〜。頼むからさ〜」



だめだ、もう俺の負けでいいよ。こちらが折れない限りこれは延々と続くに違いない。



「…終わったらね」
「よっしゃ!絶対だからな!?超楽しみ〜!」



───数時間後



「以上で本日は終了となります。ご質問等ある方はこちらに…お帰りの際は────」




…うん、結構悪くなかったかも。候補の一つにいれておいてあとは文化祭見に行って検討するのもありだな。何個か質問したいことあるから聞いておかないと。



「なあ!終わったから行くよな!?」



元気よく誘ってくるのは説明会中ずっと話しかけてきた彼だ。肩まで伸びた黒い長髪を揺らし、三白眼をキラキラと輝かせてこちらの返事を待っている。



「俺はまだ質問したいことがあるから…」
「じゃあそれ終わるまで待つ!!」
「いや帰りなよ。今さっき初めて会ったばかりの人にそんなにこだわる必要ないでしょ」
「俺は!お前と!話が!したいんだよ!理由なんてそんだけ!だから待つ!」



変なやつだ。名前も知らない相手にそこまでするだろうか。俺に興味持つようなところなんてないだろ。それに次また会うわけでもないのに…。



「…じゃあ手短に済ませてくるから」
「おう!」







その後食堂に移動した俺たちは、美味しいと評判の学食を食べていた。彼はカレーライスを、俺は軽くフライドポテトをつまんでいる。味は評判通り文句なしに美味しい。



「俺もうここにしようかな〜」
「君は学食が美味しいってだけで決めるの?」
「ばっかお前考えてみろよ。必死な思いで入ったのに学食が美味しくなかったらどうする!?学校生活の楽しみが一つ減るんだぞ!?」



「そんなもんどうにでもなるだろ」と言おうとしたが面倒なことになりそうだったので心の中で留めておいた。まあ理由は人それぞれだし、それも立派な理由のひとつだ。



「お前は?」
「俺はまだ何も…。本当に何も決まってなくて、今日も先生に勧められたから来ただけ」
「ふーん?何かやりたいこととかねえの?」
「やりたいこと…も特には。俺はただ自分らしくいれるならどこでも───」



あれ…何で初対面のやつにこんなこと話してるんだ?俺の理由なんて知ったところで相手には関係ないだろ。こんなの知らなくていいんだ。これは俺の問題なんだから。



「…なんでもない。俺もう帰るわ、今日はありがとう」



食べ終えた食器を返そうと席を立った時だ。



「なんでもないわけねーだろ。そういうの人に話した方が楽になるぜ」
「でも君には関係ないことで…!」
「いいや関係あるね。俺はお前みたいなやつ放っておけねえから。それに案外何も知らねえ相手の方が何でも話せたりするんだぜ」



真っ直ぐ向けられた視線と嘘のない言葉に気づけば再び椅子に腰を下ろしていた。変なやつだとは思っていたけれどここまでとは思わなかった。ついさっき知り合ったばかりの名前も知らないやつだっていうのに。



「…君は遠慮というものを知らないのかな?」
「へへ、知らねえな!」



俺は話した。進路が決まらなくて焦っていること、周りの期待に応えるのが疲れたこと、自分の気持ちを隠すのが癖になっていること。
───自分は何も持っていないこと。
天川さんにも自分のことを話したことはあるけれど、ここまで深く話したのは目の前にいる彼が初めてだった。彼はただ真剣に話を聞いてくれた。やがて一通り話し終えるとなんだか少し気持ちが軽くなった気がした。そして話を全て聞いた彼は腕を組んでうーんと唸ると「それさあ」と口を開く。



「信頼できる人が近くにいねえと無理なんじゃね?たぶん高校入っても同じこと繰り返しちまうぜ」
「…けどすぐにできるもんじゃないだろ」
「その通り!そこでだ。俺は頭がいいのでひらめいてしまいました」



なんだろう。あまりいい予感はしない。



「俺と一緒のところにいこうぜ」
「…まじで言ってんの?」
「まじに決まってんだろ!理由は2つ。ひとつは俺と一緒にいればそんな悩みすぐ解決する。現に今、知り合ってすぐの俺に対して悩み事言えただろ?本当に嫌なら断って帰ってるはずだぜ」
「…もうひとつは?」
「もうひとつはな─────!」







数ヶ月後



「本当にここでいいのか?」
「はい。その後何校か見に行きましたけどここに一番惹かれました」
「そうか、応援してるからな!」



白紙だった俺の進路調査票は無事に埋まり、少しだけ肩の荷が降りた。志望校はあの変なやつと出会った北原第一高校。理由はいくつかあるけれど一番の決め手はやはり彼の言葉だ。



『もうひとつは俺はお前と一緒に学校生活を過ごしてみたい。お前となら絶対に楽しくなる!お前もそう思わねえ?』



本当そんな自信どこから湧き出てくるのかわからないよ。でもそれを聞いたときなぜか俺もそんな気がしたんだ。こいつとなら楽しくいられる、自分らしくいられるんじゃないかって。だからその言葉を信じてみようと思ったんだ。決め手が初めて知り合ったやつの言葉って知られたら笑われるかもしれないけどね。



「…そういえばあいつの名前知らないや。まあいっか!」



それから三白眼の彼とは無事高校で再会を果たすのだがそれはまた別のお話─────。









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