中学生編
私の名前は
…え、突然誰って?
ちょっと忘れたとか言わせないよ。
ほら最近天川さんに…って言えばわかるでしょ?
ああ、別に悪いなんてこれっぽっちも思ってないよ。
だって事実だもん。
私の方がスタイルいいし
私の方が愛されキャラだし
何より私の方が何倍も可愛い!
優輝くんのことを好きになって、
彼に似合う女の子になる努力はそこらの子とは
比にならないくらいしてきたもん。
可愛くて当然だよね!
…それなのに何なのあいつ。
いきなり優輝くんを独り占めしちゃってさ。
この前友達じゃないとか言ってたのに
気づいたら友達同士になってるじゃん。
意味わかんないんだけど。
好きじゃないなら邪魔しないで。
優輝くんを独り占めしないで。
優輝くんを弄ばないで。
あんなやついなければ───!
*
夏の暑さは人の思考能力を低下させる。
だから何があっても冷静さを忘れてはいけない。
正常な判断ができない時ほど危ないものはないもの。
例えば恋に盲目になった女の子に突然呼び出されたときとかね。
「…で、こんな人気のない階段に連れてきて一体何の用かしら?」
「やだこわーい♡ちょっとお話するだけだよ♡」
今日は夏休みの登校日だった。
午前中だけの授業が終わり校内に残る生徒は
部活に向かう人以外はほぼいない。
条件が揃いすぎてまるで狙ってたかのようにも思える。
「暑いから手短いお願いするわ」
「それじゃあ単刀直入に言うね♡」
すると先程までの愛くるしい笑顔が
まるで仮面が外れたかのように消えた。
そして冷たく、嫉妬に満ちた声でそれは放たれた。
「優輝くんの前から消えて」
*
「私は1年生の頃から優輝くんが好き。
好きだからこそ釣り合う女の子になるために努力した。
結果的にお似合いって言われるくらいまで変われた。
それなのに…ちっとも振り向いてくれない。
遊びに誘ったり、同じグループに入ったりして近づいてるのに。
それどころか今年になって優輝くんは天川さんのことばっかり。
気づけば天川さんと一緒にいる…」
「…別にそんなことないわよ」
「そんなことあるんだよ!!!」
彼女は私の言葉に対して声を荒げる。
普段の望月さんからは想像できない様子に驚いた。
「ずっと優輝くんだけを見てたからわかるんだよ!!
…どうして?ねえ、どうして私じゃなくて天川さんなわけ?
どうしていきなり出てきたあんたが優輝くんのこと独り占めしちゃうの!?」
「痛っ」
彼女は怒りに任せて私の腕を掴んだ。
次第にその力は強くなっていく。
「あんたが憎い!興味なんてなかったくせに急に仲良くしないで!
最初からその気がないなら優輝くんを弄ばないで!
…っ、見てるだけで憎くて、憎くて憎くておかしくなる…!」
怒りと悔しさ、いろんな感情が彼女の中を渦巻く。
吐き出しても心の奥底から湧き上がってくるそれは
もう制御なんてできないのだろう。
「私はあんたになんてなりたくない!地味だし、可愛くないし!
…でも!!あんたじゃないと優輝くんは振り向いてくれない!」
「そんなの知らないわよ!私が神田くんと距離を取れば解決するの!?」
「そんなことしても優輝くんはあんたを探しに行っちゃうんだよ!!」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
強引に彼女の腕を振りほどこうとした時だった。
「え」
バランスを崩し足を踏み外してしまった。
視界には冷静さを取り戻した望月さんと
窓から見える雲ひとつない青空。
ああもう最悪だわ。
実は全て夢オチでした、
なんてことないかしら。
ねえ神田くん。
私あなたと出会ってから毎日衝撃の連続で
心臓もたないわよ。
5話「独り占め」