2月10日
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雲行きが怪しくなってきた。
心なしか湿っぽい風も吹いてきている。
「これから私たち帰るけど、あなたはどうする?冬木までなら送ってってあげるけど。」
「私はまだ用事があるからいいよ」
「そ。じゃあまたね、おなまーえさん。」
「…ごめんね、遠坂さん。せっかくのデートだったのに邪魔しちゃって。」
「いいのよ、別に気にしてないわ。それに、あんなにわかりやすく存在チラつかされたら、やっぱり放ってはおけないし。」
「え?なんのこと…?」
「ううん。こっちの話。」
遠坂凛は首を振った。
「あなたのサーヴァントが随分と過保護ってだけよ」
「……うちのランサーが何かしちゃったみたいだね」
「あまり責めないであげてちょうだい」
「うん」
ここまで彼女の好意に甘えてしまったが、一食の恩はそれなりに返さないといけないし、そうでなくともおなまーえは一度遠坂凛のことを襲っているのだ。
勘違いでしたでは済まされない。
「本当にありがとう。友達とピクニックしてるみたいで楽しかった。この恩は必ず返すよ。」
「期待しないで待ってるわ。次会った時は敵同士でしょうから。」
「遠坂さんのそういうサバサバしたところ、私好きだよ」
「うふふ、ありがとう。それじゃ。」
3人は駅の方まで歩いていった。
ポツポツと雨が降り出す。
「……はぁ。ランサー。」
おなまーえは低い声でサーヴァントを呼ぶ。
「あなたが仕組んだことでしょ、これ」
「――さぁて、なんのことだか」
「しらばっくれても無駄だよ」
いつのまにか彼は実体化していた。
真相はこうだ。
友達が少ないおなまーえを哀れに思った彼は、彼女がトイレに行っている間に3人に接触し、なんからの形でその輪に入れてやってほしいと持ちかけたのだ。
ランサーの持てる情報をいくつか開示する代わりに、彼らは条件を飲むことを快諾したという次第である。
道理で攻撃される気配も敵意を向けられることもなかったわけだ。
「あなたはモンペか。それとも思春期に限って甲斐甲斐しく世話を焼く、恥ずかしいタイプの母親か。」
「んだよ。楽しくなかったのか?」
「…楽しくは、あったけどさ」
衛宮士郎と遠坂凛と、友達になりたかった。
今日の行為はまさに友達とのピクニックだった。
「って、そういうことじゃない。ランサー今日わざとルーン魔術弱めたでしょ。」
おなまーえとランサーは外出する際、ルーン魔術で存在感や魔力などを一般人と同じ程度に見えるように偽っている。
スキャナなどで細かく検査されればボロが出てしまうが、他の魔術師から感知されることはまずないという優れた結界だ。
だが今日、彼はその魔術をわざと緩めて、遠坂凛やセイバーに存在を感知させていた(衛宮士郎はそういった感覚には疎いだろう)。
「ランサーはずるい」
友達ってあんな感じだったのか。
ランサーに抱くそれとは異なる感情に、おなまーえは内側がホカホカと暖かくなる感覚を得た。
「あの2人と戦う時は、正々堂々、正面からやり合いたいね」
「セイバーはともかく、あの赤い弓兵がそれを素直に承諾するとは思えねぇがな」
雨が本格的に降ってきた。
そろそろ帰還しよう。
今日はいい日だった。
「帰ろう。ラン……っ!」
ドクンと体が跳ねた。
「っ!」
おなまーえは胸元を抑えてしゃがみこむ。
冷や汗が止まらない。
ただでさえ雨に体温を持っていかれていると言うのに。
「嬢ちゃん!」
「っ…はっ…くぁ……!」
まるで心臓の左右が反転したのかと思うくらいの痛み。
血管がはちきれそうだ。
(楽しかった時間の、代償かなぁ…っ)
ランサーと体を重ねて、友達とピクニックをして、このまま平穏無事に一日が終わればよかったのに。
「っ…」
今更気づいた。
父親はあれでいておなまーえを守ってくれていたのだ。
小指の先ほどの魔術回路。
それだけでおなまーえの病魔の進行を食い止めていた。
だがその防壁に使っていた魔力含め、ほとんどをランサーに明け渡したせいで、おなまーえの体は本来の弱々しいものに戻ってしまった。
じわじわと進行していた病魔は、ここに来て急速におなまーえの体を蝕んだ。
「ごほっ、ごほっ」
血が口元から流れ落ちる。
このままではおなまーえは病院に運び込まれる。
もちろんその間も聖杯戦争は続いているし、今更辞退するつもりもない。
「ラン、サー…っ!」
治癒のルーンで痛みを和らげてくれている彼に、おなまーえは縋った。
「あの2人をっ…助けて…あげて」
「……嬢ちゃん」
「私の、友達っ…だか…ら」
焦点の定まらない目で必死に訴える。
こんなところで無駄な時間を費やしてないで、彼らを助けてやってほしい。
聖杯を求める意味はなくなったけど、願わくばそれを彼らに届けてあげたい。
それがおなまーえのできる精一杯の恩返しだと思うから。
「……わかった」
ランサーは頷いてくれた。
「あり、がと…」
緊張の糸が途切れ、べしゃんと倒れる。
(寒いなぁ…)
思えば、こんなに生き生きと何かに打ち込めたのは聖杯戦争が初めてだった。
病院のベットで一生を終える予定を変えてくれた言峰に少しだけ感謝する。
(ランサーに出会えて、よかった――)
遠くで救急車のサイレンの音が聞こえた。
《2月10日 終》