26. 貴方は私の喜びであり、歌であり、希望でした
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パチリと目が覚めた。
とてもとても眩しい。
「起きたか、おなまーえ。おまえには聞きたいことが山ほどあるぞ。」
「……お兄様の幻覚が見える。きっとこれも夢かな。」
「夢じゃない!」
「うん、夢だ。よし寝よう。」
「起きろ!バカおなまーえ!!」
レイムはおなまーえが包まった布団を一気にひっぺがす。
ロール状になっていた彼女はクルクルと回転してベットの横にどしんと落ちた。
「イッ…たいじゃないですか!バカ兄!」
「なんだと!?それが兄に対する態度か!」
グリグリと頭を押さえつけられる。
「痛い痛い!」
「聞きたいことがある!!」
「わかったから!ちゃんとルーファス様の作戦は説明するから!離して!!」
それでもレイムは拳をグリグリとしたまま離さない。
「いたっ!」
ぎゅうっと頭を押さえつけるとレイムは手を緩めた。
乱暴な手とは裏腹に、彼は悲しそうに目尻を下げている。
(ああ、そっちの話か…)
おなまーえは観念して手を挙げた。
「私が聞きたいことはそのことではない。おなまーえ。」
「……わかってますよ。私の生い立ちですよね。」
おそらくシャロンに聞いたのだろう。
おなまーえの名字がシンクレアだと言うことを。
それを改めて私の口から聞いて確認したいのだ。
「……あまり面白い話ではないですよ?」
「これ以上はぐらかすな」
「もう…」
おなまーえは立ち上がって落ちた布団を拾った。
ベットに腰をかけるとレイムも隣に座る。
「……じゃあ、聞いてくれますか?私の身の上話を。」
「ああ」
「まず、私の本名はおなまーえ=シンクレアです。シンクレア家については、兄様もご存知ですよね。」
「ああ。かつて一族全員が末娘に殺された貴族で、ザークシーズがもともと仕えてた家だな。」
「そうです。私はその件の末娘でした。家族を生贄に捧げて、時を戻そうとしたんです。バカですよね、ほんと。」
「……」
レイムは口を挟まずただ相槌を打った。
「結局私はアヴィスに落とされ、世間では自殺したことになりました。」
「……」
「問題はその続き、ですよね」
レイムは真剣な表情で、言葉にこそしなかったが、興味津々にしていた。
「アヴィスに落とされた者はが生きて帰ることはできません。まぁオズ様みたいな例外もいますが、少なくともそれまでは不可能だと言われておりました。でもそれを可能にできる条件が揃っていたのです。」
おなまーえは真紅の目をレイムに向けた。
彼は吸い込まれそうなほどまっすぐにこちらを見つめる。
「まず、私は禍罪の子でした」
「だがお前はずっと私と同じ色の目をしていただろう」
「兄様と出会う前に、ルーファス様からかの国の"こんたくと"という、メガネのようなものを借りていたので目が翡翠色だったのです」
透明で、ぽわぽわした半球状の膜。
それ一枚あるだけでおなまーえはこの時代の人々を欺いてきた。
「それから、アヴィスで私は1人の男性に出会いました。バスカヴィルの民の、ファングです。」
「っ!?あの!?」
彼はファングを知っている。
ユラ邸でおなまーえが彼の亡骸を掴んで慟哭していた理由がわかった。
「体感的にファングとは丸一日行動を共にしました。たった1日でしたが、今思うととても長かった。……話が脱線しましたね。最終的に、禍罪の子であることと、バスカヴィルの民がいたことで私はバルマの門を使ってアヴィスから出ることができました。ですが、ここで一つ問題が生じました。」
「問題…?」
「はい。アヴィスから出る際は体も脳も散り散りになります。形成して、分解して、また形成して、分解して……そう繰り返すうちに私の脳が限界を迎えたんです。端的に言えば記憶喪失。なので私はルーファス様の前に始めて現れた時、自分の名前すら分からなかったんですよ。」
かろうじて思い出せたのは誰かが自分の名を呼ぶ声。
それはケビンがおなまーえの名を呼んだ時の声だった。
「あとは兄様の知っている通りです。」
ルーファスに保護され、ルネット家に養子として迎えられ、やがてパンドラの構成員となった。
急な話にレイムは頭を抱える。
「……少し整理する時間をくれ」
「うん」
彼は眼鏡を外してキュッキュと拭き始めた。
冷静になりたい時にする、彼の癖だ。
2人は言葉を交わさずに、静かに互いの存在を感じていた。
end