25. 夏の憂鬱の中で私にキスをして
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次の瞬間おなまーえは近くにいたバスカヴィルにその剣を向けた。
大振りな一撃だったため、難なく避けられてしまう。
「貴様!やはり裏切る気か!」
「裏切るも何も、私が忠誠を誓うのはルーファス様のみです!」
「おのれ!!」
ガキンと大きな金属とぶつかる音がした。
「ダグ」
「………」
その体格にお似合いなほどの大剣を構えた彼は、静かな目でこちらを見る。
手がプルプルと震えた。
力では圧倒的に不利だ。
一度弾いて態勢を立て直そうと足に意識を集中させた、その時。
「おなまーえさん!!」
――ガッ
シャロンの悲鳴のような声が聞こえた次の瞬間、頭に鈍い痛みが走った。
脳震盪でも起こしたような目眩がし、おなまーえはその場に崩れた。
「っ…!」
「手間かけさせやがって」
どうやら別の仲間が背後からおなまーえを殴ったらしい。
一対一ならいざ知らず、複数人相手ともなると、おなまーえでも敵わなかった。
(あほらし…時間稼ぎにもならなかった…)
悔しさに拳を握る。
「まずは赤の騎士から殺すか」
「帽子屋は?」
「どうせ力もないんだろう。不穏分子は先に処理しておいたほうがいい。」
剣を携えた男が近づいてくる。
逃げなきゃと思うのに頭がクラクラして、体が一向に言うことを聞かない。
(面目ありません、ルーファス様。おなまーえはここまでのようです。)
彼女は諦めるようにぎゅうっと目を瞑った。
ふんわりと優しい手に抱き上げられた気がする。
おなまーえは手放しかけた意識を手繰り寄せた。
(あれ…刺されてない…)
薄眼を開けて周囲の確認を試みようとする。
「ん…」
視界いっぱいに広がるのは見慣れた紫色のシャツ。
汗と鉄の匂いにふんわりと包まれる。
(……ちょっと待って、これって…)
彼女はガバッと顔を上げた。
「!!?」
なんと、おなまーえはブレイクに優しく抱きかかえられていた。
なぜ手錠が外れているのだろうか。
いや、そんなことより、距離が近い。
「えっ、っ!?」
赤面して言葉が出てこない。
と同時に視界の端に先ほどまでおなまーえに襲いかかろうとしていた赤いフードが見えた。
すでに人の形はしておらず、砂塵と化している。
イカレ帽子屋の能力。
即ち、ルーファスの賭けが成功したということだ。
「…そういうことか、バルマ公」
おなまーえの肩を抱く腕に力が込められた。
「全く、らしくないことをする!」
「兄様…やってくれたんですね…!」
レイムがレインズワースの鍵を開けてくれたおかげで、この絶体絶命の状況でブレイクがチェインの力を取り戻したのだ。
おなまーえはホッと一息をつく。
「なんで、なんでなんだよぉ!?帽子屋はもう力を使えないんじゃなかったのか!?」
リリィが腰を抜かす。
流石にこの状況にはロッティも諦観していた。
ブレイクはこちらに視線を向けずに話しだす。
「おなまーえ。私は今まで貴女のことを忘れたことはありませんが、私はもうシンクレア家の使用人ではありません。」
「…はい」
「同様に、貴女ももうシンクレアのお嬢様ではありません」
「はい」
「え!?」
ブレイクの背後にいるシャロンが驚きの声をあげた。
「ですから、今貴女を助けたのは主従関係故ではない。1人の友として助けました。」
「…?」
「わかりませんか?」
疑問符を浮かべたおなまーえの額に彼は小さくキスをした。
当然彼女は茹で蛸のように頬を赤らめる。
ブレイクはふんわりと笑ってこちらを見た。
「まずはお友達から始めましょうということですよ、おなまーえ」
「ぁ…」
そうだ、大事なことを見失っていた。
「っ…はい!」
おなまーえは泣きそうになりながらも、満面の笑みを浮かべる。
互いに過去に囚われていた。
ブレイクはおなまーえ=シンクレアという悔恨に、おなまーえはケビン=レグナードという亡霊に。
触れられないカコに想いを馳せ、イマという確かなものさえ見失いかけていた。
(そうだ。私の名前は、おなまーえ=ルネットだ。)
過去というものがどれほど無価値なものか。
過去の栄光、後悔、思念。
どれも経験値においては必要なものだが、それだけだ。
自分は何者か、今そう問われたら自信を持って答えることができる。
(バカだなぁ、私。ブレイク様のことを好きになったのはおなまーえ=ルネットじゃない。)
恋をすることに理由なんてない。
今この時代で、互いにに惹かれあった。
ただそれだけでいいのだ。
(長かったな…)
おなまーえはようやく本来の自分を取り戻せたような気がした。
end