8. 雨の中、寒さに震えている私を抱きしめて
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おなまーえはブレイクに膝枕をしていた。
いつもなら美味しい状況だとはしゃぐところだが、頭が痛い上に、このどんよりとした空気に素直に喜ぶことができない。
濡れタオルを絞り、ブレイクの額に乗せようとしたとき。
――ガバァッ
ブレイクが勢いよく起き上がった。
辺りをキョロキョロと見渡し、ようやく状況を思い出したようだ。
「……そうか、私はアホ公爵の元へきて…そして…」
「だぁれがアホ公爵じゃ」
「……ああ失礼、アホ毛公爵の間違いでしたっけネェ」
2人はばちばちと火花を散らした。
「ザークシーズ、気がついたのか」
「レイムさん」
「私もいますよ?♡」
「あー、ハイハイ」
「全く、無闇に力を使うなと言っておいたのに、お前という奴は…」
呆れたようにレイムは呟くとブレイクに上着を押し付けた。
「あまり心配をかけさすな」
レイムの違和感を感じ取ったブレイクが再度辺りを見渡す。
ギルバートが視線を逸らし俯いたことで確信を得たようだ。
「成る程、私の過去については既にお話済みですか」
「感謝するがいい。汝が説明する手間を省いてやったのじゃ。これで心置きなくその続きを話せるじゃろう。」
聞きたいような、聞きたくないような。
これ以上聞いてしまうとおなまーえとブレイクの関係が今とは違うものになってしまいそうで怖かった。
「ブレイク、もしその話をすることでブレイクの中にある何かを傷つけてしまうならオレは…」
オズが遠慮気味に声をかける。
「……なぁーに遠慮してるんだか、このガキは。聞きたくてしょうがないクセにぃ。ガキはガキらしく、自分のことだけ考えてればいいんですヨ。」
ブレイクは立ち上がり、近くの椅子に座った。
「そうですネェ、そろそろ話しておきますか」
そして彼はアヴィスの意思に出会ったこと、チェシャ猫のために眼を抉られたこと、幼いヴィンセントがアヴィスの意思と会話をしていたこと、その少女の名はアリスと言ったことをぽつぽつと語った。
主人を再び守るためにチェインと契約したことも。
彼の話を聞いている最中、おなまーえのチェインがにわかに騒ぎ出した。
何かを訴えるような、主張するような、ぞわぞわとした感覚がおなまーえに走る。
(どうしたの…?)
問いかけるも当然返事はない。
――ズキンッ
また頭痛がした。
『ねぇ、行かないで、ケビン…』
金髪の少女は棺に縋りながら、部屋を出て行こうとする白髪の青年に手を伸ばす。
『やだよう。私、ひとりになっちゃうよ…』
(っ!?これは…わたし?)
涙で濡れた金髪の少女の瞳は、紛れもなく赤色だった。
顔立ちも心なしかおなまーえに似ている。
(もし……もし、この映像が、私の記憶なのだとしたら……)
ブレイクは――ケビン=レグナードは50年前におなまーえとなんらかの関係があったということである。
(でも私、50年なんて時は過ごしてない)
一瞬、自分が50年前のその少女の生まれ変わりなのかと疑ったが、それはすぐに否定した。
人の巡りは100年。
それは揺るがない事実である。
(何言ってるの…。そうだよ、いるじゃない。時を超えた人物が身近に2人も…!)
アヴィスに堕ちて、帰ってきた人物が2人いる。
1人はオズ=ベザリウス。
彼は体感的には1刻程度しかアヴィスで過ごしていないが、10年という時を超えて地上に帰ってきた。
もう1人はザークシーズ=ブレイク。
彼はアヴィスの意思とやらの力を借りて、50年の時を超えて地上に帰ってきたに違いない。
(……じゃあ、私って、もしかして……)
「……ぉぃ…おなまーえ……おなまーえ!!」
誰かに呼ばれ、おなまーえはゆっくり顔を上げた。
「……あ、にさま……」
「どうした?大丈夫か?」
劇場の椅子の間で長いことしゃがみこんでいたからだろう、レイムが様子を見にきた。
「だいじょ、っ――!」
――ズキンッ
返事をしようと口を開いた瞬間、また頭痛が走る。
『はは、おなまーえお嬢様は本当にお花が大好きですね』
『お花だけじゃないよ!ケビンのことも大好きなんだから!』
『こらこら、使用人にそんなこと言っちゃいけませんよ』
優しい手、柔らかい白髪、何よりも情熱的な赤い目。
使用人は少女を慈しむように見つめた。
(ああ――そういうことか)
パズルのピースが1つはまった感覚がした。
やっとわかった。
私はこの少女なのだ。
嬉しそうにケビン=レグナードの手を取りはにかむ少女、彼女は紛れもなくおなまーえなのだ。
(っ、……ケビン……ケビン…ケビン…!!)
放心していたおなまーえは居ても立っても居られず走り出した。
彼女を心配して顔を覗き込んでいたレイムは、突如血相を変えて走り出したおなまーえを見て声を上げたが、その声は彼女には届かなかった。
(伝えなきゃ…!あなたが守ろうとした少女は生きてるって…!)
希望に満ちた顔で階段をつまづきながら駆け上がる。
そして彼の姿を目に止めた瞬間、彼女はその光景を見てヒュッと息を止めた。
自然と走る足もゆっくりになり、やがて止まる。
「ぁ…」
ギルバートとオズに肩と腕を組まれ、鬱陶しそうな顔をしながらも口角を上げているブレイク。
彼は嬉しそうにしていた。
(……そっか……)
彼はケビン=レグナードなどではない。
ギルバートと身長を競い合い、オズの言葉に皮肉を返す彼は、紛れもなくザークシーズ=ブレイクなのだ。
(もう、ケビンはいないのか…)
ブレイクは前向きに今を生きて行こうとしている。
守るべき新しい主もいる。
なら過去の人であるおなまーえが何かを言ったところで、それはブレイクを混乱させるだけだ。
下手をすれば、今の環境を壊してしまうかもしれない。
(それに、貴女なんて私のお嬢様じゃないです、とか言われたらショックで死んじゃう…)
自分の正体は明かすべきではない。
これは自分だけの秘密にしなければ。
彼女は3人に対して背を向けた。
『お父様もお母様もみんなみんな死んじゃった。……ねぇ行かないでケビン。やだよう。私ひとりになっちゃうよ…』
end