ジャーファルと使用人のお話
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ピスティとヤムライハはどうせいつも通りの格好で来るのだろうが、流石におなまーえは宮仕えの服装のまま街に出るわけにはいかない。シャワーから上がり、数少ない私服を身につけた。化粧もし直して、髪も巻いた。可愛いピスティとスタイル抜群なヤムライハの隣を歩くのだから、せめて見られる姿でいたかった。
「………ジャーファル様もそういう人に告白すればよかったのに」
物分かりが良くて、気立てが良くて、可愛くて、スタイル抜群な女の子。対しておなまーえは物分かりが良いのもフリだし、気立ても決して良くはない。可愛いくもないし、スタイルも平凡なものだ。
そう、例えばお伽話では、主人公を遠目で見ている程度の町人Cポジション。もちろん主人公はシンドバット王で、彼とともに旅をしているのがジャーファル様。それがどんなバグを引き起こしたのか、何の取り柄もない町人Cと才色兼備なジャーファルが付き合ってしまったのだから、読者はがっかりだろう。
「…………」
パシンと頬を叩いた。
「これから女子会なんだから、暗い顔しちゃダメよね。しっかりしろ、おなまーえ。」
少し早いがヤムライハの部屋に行こう。そのうちピスティも来るだろう。ヤムライハの部屋は玉間を挟んで城の反対側にある。不敬とは思いつつも近道であるため、おなまーえは玉間の前を通った。
「……た…が………られ…ぞ。女子会……だ。」
「そ……か」
彼女は足を止めた。玉間の扉が少し空いていて中の声が微かに聞こえたのだ。
(……シンドバット王とジャーファル様だ)
2人の会話なんて、下手したら国の中枢に関わる重要案件かも知れない。でも女子会という単語を聞いて、ついその扉に聞き耳を立てた。
「そうですかって、お前いいのかそれで。このままだといつか別れるぞ。」
「別にそれならそれで構いません。」
殺していた息がひゅっと詰まった。これは、私とジャーファルのことだろうか。構わないとは、一体……。シンドバットは呆れたように大げさにため息をつく。
「お前なぁ……」
「彼女が別れたいと言うのであれば、私に引き止める権利なんてありませんよ。」
それはとても残酷な言葉。思考がついていけず、おなまーえはフリーズする。
(………ウソ、だよね……?)
ウソなもんか。予兆は沢山あったじゃないか。彼がまともに私の目を見てくれたのはいつだ?2人きりで会話したのは?最後に名前を呼んでくれたのは?
(…………)
心が爆発して、見ないふりをしてきたことが鮮明に目の前に落ちて行く。彼の唇の温度はもうとっくにわからなくなっていた。
(彼の世界に私は要らない……?)
私の世界にはあなたがまだこんなに鮮明に残っているのに。あなた以外のことを考えられないのに。恋しくて苦しくて、涙が溢れて止まらないのに。
(もう私のこと好きじゃなくなったの……?)
会う時間を見繕わなくなったのは私のことを好きじゃなくなったから。………なんだ、これなら辻褄が合うじゃないか。何もおかしくはない。彼はもう、私のことなんて愛してないのか。
「どうした?ジャーファル」
ハッとして顔を上げた。
「いえ、なんでも。……そうですね。彼女とはお別れした方がいいのかもしれないですね。」
「っ………!!」
耐えきれず走り出した。地面を蹴って、蹴って、蹴って。躓いてもめげずに蹴って。城を飛び出して港に向かった。シンドリアは一面崖と海に覆われた要塞都市。この港が唯一国外に出られる手段だった。迷わず出航間近の船に飛び乗る。
「っ、はぁっ、はっ、はっ………」
息を整えつつ、小さくなって行く港を見る。まだ日も陰り始めた頃だが街の灯りが鮮明に見えた。
「っく……あぁっ……!!」
悔しくて、つらくて、切なくて、涙が出る。船の人たちはおなまーえが飛び乗ったことに気づいていないようだ。彼女はこれ幸いと最後尾で船の後をついてくる波を見ている。海水にぽとぽととおなまーえの塩水が垂れていった。
「……っ、ごめんね、私………ごめんね、おなまーえ。こんな不甲斐ない女で、ごめん。」
ずっと自分を騙して来た。騙し騙しここまで来てしまった。お陰で自分に嘘をつくのがいくらかうまくなってしまった。
「素直になれないって、実はこんなに虚しいことだったんだね……ごめんなさい、私……」
もっと沢山お話をしたかった。手を繋いで街を歩いてみたかった。あの優しい腕に抱かれたかった。
「……夢を、叶えて上げられなくてごめん」
それは大人の私から子供の私への謝罪。愛した人と添い遂げたいと。そう願っていた。幼い頃から恋人というものに憧れを持っていた。街中で手を繋いで歩くカップル。宮中で幾度となく繰り広げられる恋話。恋人とは誰よりも近しい存在になれるものと、そう思っていたのに。
(今は誰よりも遠い存在に感じる……)
おなまーえ、失恋の夏。