ジャーファルと使用人のお話
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小さなノックをして、執務室に入る。ここは昼夜問わずに人が出入りしている。その中心にいるのは自身の恋人であるジャーファルだ。
「……おはようございます、ジャーファル様」
「あぁ、おはよう。もうそんな時間か。」
彼は視線をこちらに寄こさずに時計の針だけを見て答えた。
「仮眠なさいますか?」
「いえ、まだ今のうちに終わらせたいものがあるので、コーヒーをお願いします。」
「わかりました」
彼にコーヒーを淹れるのが、ささやかながらおなまーえの小さな喜びだった。これだけが唯一恋人として許されている特権だと自負している。豆をゴリゴリと削り、フィルターの上に乗せて沸いたばかりのお湯を流し込む。最後の一滴が落ち切ったらフィルターを取り外してコーヒーを彼専用のカップに入れる。これを届けて、今日1日の恋人業務は終了。あとは他の使用人と同じように部屋の清掃を行うのだ。
おなまーえが任されている部屋は2つ。午前中はこの執務室、午後はシンドバット王のおわす玉座の清掃を任されている。いわゆる勝ち組だ。控えめに言って優遇はされている方なのだ。朝7時〜15時まで、途中1時間と30分の休憩を頂いている。何不自由なく暮らせているし、シンドバット王には本当に頭が上がらない。王様なのだから当たり前なのだけれど、よその国では暴君な王様もいるのだから、シンドバット王の人柄のおかげなのだろう。
お昼ご飯を食べ、玉座の清掃を行っている最中、八人将の会議があるとのことでおなまーえは一時退室した。
手持ち無沙汰だったため、廊下の清掃を手伝っていると程なくして、ヤムライハ様とシャルルカン様が言い争いをしながら出てきた。続いてピスティが出てきておなまーえに駆け寄る。
「おなまーえ〜!」
「わ、どうしたの、ピスティ」
「この前言ってたケーキの店!できたみたいだからヤムと一緒に行こうよ〜!」
「え、いいけどヤムライハそんな暇あるの?」
クルッと振り返って今しがた通り過ぎた彼女を見れば、ぐっと親指を立ててこちらを見ていた。
「3人で行けるの今日しかないからさ、いこ〜!」
「うん!嬉しい!私仕事終わるの15時だけど、2人は?」
「ヤムがもう少しかかるみたいだから17時くらいでど?」
「いいよ〜。わー、なに着てこう……」
デートなど普段しないため、こんな時くらいしかおしゃれなどしない。元気に走り去っていくピスティを見送って、おなまーえは玉間に戻った。
「お、おなまーえ。すまなかったな、仕事中に。」
「いえ、皆様がご快適にお仕事できる環境を整えるのが私の役目でございますので。」
にこりと笑ってお辞儀をする。
「いやー、ほんとおなまーえは別嬪だ。ジャーファルが羨ましいよ。」
「はぁ、またそんなこと言って。この前だって色街で一悶着起こしてきたばかりじゃないですか。」
そう、この王は王としての務めは立派なものなのだが、女性関係は決して褒められたものではない。また本人は結婚はしないと断言しているので生涯を誰かと添い遂げる気もない。いっそ身を固めてくれた方が臣下としてはありがたいのだが、と零していたのはジャーファルだ。
「ははは、すまんすまん。ところで2人は最近ちゃんと会う時間とかとってるのか?」
「……えっと……」
ジャーファルが気まずそうにこちらをちらりと見た。2人きりの時間なんて全く取れていない。ここでノーと言えばもしかしたら国王の命令でジャーファルに強制的に休みでも与えられるのだろうが、それはジャーファルの望むところではない。彼の好きな女性のタイプは「シンドリアに貢献できる女性」だ。今ジャーファルが休めばシンドリアの国政はストップしてしまう。
「……いえ、ジャーファル様はよく私を気にかけてくださっています。ご心配をおかけしました。」
ぺたりと貼り付けたような笑顔。そうして物分かりのいいふりをして、彼に嫌われないように努めているのだ。
「そうか………お前もいい彼女持ったなぁ……」
「そんなことはいいから、さっさと仕事してください!王!」
ジャーファルは目を釣り上げてシンドバットに書類を押し付けて部屋を出て行った。執務室に戻るのだろう。
「…………」
そう。"そんなこと"。あの人にとって私など所詮隅に置いておけるくらいの"そんなこと"。喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。
口をへの字にして堪え、手早く残っていた清掃を済ませる。早く、ここから出て行きたい。
「あぁ、そうだ、おなまーえ」
「……はい、何でしょう、王」
一礼をして部屋のドアノブに手をかけた瞬間シンドバットに話しかけられた。
「今夜は流れ星が見れると天文家が言っていたぞ。時間があったらジャーファルと見にいったらどうだ?」
「流れ星……?」
はて、そのような情報は聞いていない。だが王室付きの天文家が言うのだから間違いないのだろう。王は何か期待をする眼差しでこちらを見ている。
「えっと……」
とはいえ、本日は先約がある。
「すみません、今日はピスティとヤムライハにお誘いされているので……」
「む、そうかそうか。それは邪魔できないな!楽しんでくるといい。」
「ありがとうございます。それでは、失礼します。」
パタンと重い扉を閉めた。熱を喉の奥に押し込めるように大きく深呼吸する。
(大丈夫、まだ私は平気。)
小さい頃から憧れていた恋は期待通りのものではなかったけれど、彼を好きなこの気持ちはきっと本物だから。だから、苦しくても辛くてもきっと乗り越えられる。大丈夫、私はまだ彼を好きなはずだ。
「…………シャワー浴びよ…」
そうして汗も涙も全て水に流して仕舞えば元どおり。幸い女子会の待ち合わせまでは時間がある。おなまーえは水の入ったバケツを持ち上げてヨロヨロと歩いた。