30. それでも世界は美しかった
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〜after story
私は胸がぽっかりと空いたような感覚を持ちながら生きている。
それを自覚した時から同じ夢ばかり見ていた。
白髪の若い男に白詰草の花冠を渡す夢。
幼い頃そんなことをした記憶はないのに、なぜか渡した時の高揚感と緊張がリアルだった。
なぜこんな夢を見るのかはわからない。
医者も神父も原因はわからないと首を振った。だが胸の奥が何かが足りないと訴えていた。
長期休暇をとって、彼女は何かに惹かれるようにレベイユからサブリエに来た。
200年前ここで大地震があり、サブリエが地の底に沈んでしまったという都市伝説は全てが嘘ではない。
また、その100年後もここでは何者かによる大量虐殺が行われ、何人もの一般人が殺された。
それが収束した同時期に、かつて国の政治を牛耳っていた四大公爵家が解体された。
近年はサブリエの復興も行われており、100年前よりは活気のある街に戻っている。
歴史学を学んでいる彼女はそこまでしか知らない。
100年前に関する手記は多くの人が書いている。
だがその内容は到底信じられるものではない。
(異形の生物が出てきたとか、サブリエが生えてきたとか、誰も信じるはずないしね…)
それらの書物は全て妄想、または幻覚として処理されていた。
だが彼女は全てをそう安易に切り捨てるのは短慮だと感じている。
目に見えるものが全てではない。
彼女がここに来たのだって見えない何かに連れられてきたのだ。
カラカラと馬車が通った。
(この辺では車はまだ普及していないのかな)
小石が跳ねる。
「痛っ…」
馬車の乗り手は会釈もせずに立ち去っていった。
文句の一つも言ってやりたい気持ちを抑えて、小さくなっていく馬車を睨みつける。
「大丈夫ですか?」
見知らぬ男性が話しかけてきた。
優しい声だ。
「ありがとうございます。大丈夫で…」
顔を上げてお礼を言おうとして彼女は固まった。
「ぁ…」
夢に出てくる、あの白髪の男性が手を差し伸べていた。
まるで執事のような佇まい。
夢でしか会ったことのない彼の名前が、どうしてかわかった。
「ブレイク…」
「お会いするのは100年ぶりですね、おなまーえ…」
人の魂は寿命を迎えると100の巡りをする。
そうして洗礼を終えた魂はもう一度現世に生まれ落ちる。
2人もまた、100の巡りののち再びこの地に引かれて出会うべくして出会った。
「あな、たは…」
次々に再生される前世での記憶。
生涯をかけた恋の物語。
時間にしてほんの10秒くらいのことなのに、何十年にも感じられるほどだった。
「――……」
「思い出しましたか?」
彼は紅の目だった。
おなまーえは無言でブレイクの手を握る。
「……いい加減私の告白の返事、してくれますか?」
それだけで全ての記憶が戻ったと彼はすぐにわかった。
「まぁまぁ、まずは積もる話でもあるでしょう」
「もうはぐらかさないでください。170年も待ったんですから。」
「……それもそうですね」
ブレイクは深呼吸をしてニッコリと笑った。
「お慕いしておりますよ、おなまーえ。170年前から。」
「もっとはっきり」
「これ以上は勘弁してください」
「あ、待ってください!ブレイク!」
恥ずかしがって逃げるブレイクを追いかけるおなまーえ。
2人がそのあと恋仲になったかどうかはわからない。
私が見届けられるのはここまでだから。
この話は決してハッピーエンドではない。
だがバッドエンドかと言われるとそうでもない。
面白かったと言う者もいるし、つまらないと感じる者もいることだろう。
まぁ私から言わせてみれば、妹の恋の話など、なんの興味もない。
私も、そろそろこの語り部から降りるときがきたようだ。
長い話に付き合ってくれてありがとう。彼らもきっと報われるだろう。
また、どこかで会うことを願って。
レイム=ルネット