10. 過ぎ去った想い出に銀の皿を捧げましょう
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Silver dishes for the memories, for the days gone by.
過ぎ去った想い出に銀の皿を捧げましょう
人間に恋をした青羽の天使は彼に会いたいと願い、羽根を一枚だけ残して消え去った。
聖ブリジットデイとは、その天使・ブリジットが気軽に地上に降りたてるようにと、人々が青い羽の衣装を纏って天使の正体を隠してあげる、というイベントである。
50年前にはそんな楽しげなイベントは行われるはずもなく、一部の地域で祝われていた行事はここ数年で国を挙げての祭りへと変貌していった。
とはいえ、おなまーえもレイムもバルマ家に仕え、こういった祭りにはこれまで一度も参加したことがなかった。
だから油断していた。
おなまーえはぽかんと口を開ける。
パンドラで仕事をしている最中、たまたまブレイクに出会った。
いつものように婚姻届を持って挨拶にむかったところ、思わぬ誘いを受けて固まってしまったのである。
ほんの30秒前の会話。
「あ、そうだ。3日後空いていますカ?」
「デートのお誘いですか!?是が非でも開けますよ!」
ブレイクがそんな誘いをしないのはわかっている。
だからおなまーえはいつものようにわざとらしい声で反応したし、いつものように「違いマス、勘違いしないでください」といった辛辣な一言が来るはずだった。
「そうですね。一緒に祭りにでも行きますか。」
「……へ?」
ところが今日は違った。
あろうことか彼はおなまーえの言葉を肯定したのである。
3日後は聖ブリジットデイ。
つまりこれは、正真正銘のデートのお誘いという認識で間違っていないのだろうか?
ぽかんと口を開けて固まったおなまーえはおずおずと声を発する。
「そ、それは…どういった、風の吹き回しで…?」
確かにおなまーえは今までどストレートに愛を伝えて来た。
勿論彼はそれをあしらい、おなまーえの愛に返事を寄越したことはない。
故に何か裏があるのでは、と勘繰ってしまうのも仕方のないことであった。
「アホ毛公爵との面会の取次ぎの報酬ですよ」
「え、でもあれは…」
全てルーファスの思惑だった。
そもそも彼はブレイクとアリスを手篭めにしようと目論んでいたのだ。
なので先日の歌劇場でのことは決しておなまーえの成果とは言えない。
「分かってマス。でも約束には違いありませんので。」
馬車を降りた時のおなまーえの言葉にどれほど救われたことか。
この女性は知る余地もないだろう。
彼女は動揺しつつもパンドラとバルマ公に休暇の許可を得てもらうと言って立ち去っていった。
その後ろ姿はいつにもなく早足であった。
※色々と調べたのですが、聖ブリジットデイ自体は存在するイベントのようです。
しかし、祭りの最後に羽根を渡すというのはどの文献を調べても出てこなかったので、おそらくパンドラハーツの創作なのではないかと推測致します。
****
聖ブリジットデイ当日。
パンドラでは夜勤との交代を、ルーファスからは快く(興味がないだけ)休暇を頂き、おなまーえはブレイクとのデートに行くことができるようになった。
三日間で調達した、この日のための服に袖を通す。
青のAラインスカートに白のブラウス、そして髪飾りには青い羽をつけて鏡の前で何度も身だしなみを確認した。
慣れない化粧も仲の良いメイドに手伝ってもらい、いつもより綺麗に仕上がる。
待ち合わせ場所のレベイユの広場に向かう間、おなまーえは口角が上がるのを抑えられなかった。
広場にいた白髪の彼の姿を目に止めると、彼女は小走りで彼の元へ向かった。
「お待たせしました!」
「いえ、私も今来たところです」
まるで付き合いたてのカップルのようなやりとり。
それを言おうとしてグッと堪えた。
今日のデートでは約束事が3つある。
1つは求婚しないこと。
1つはいつものようにふざけた発言をしないこと。
そしてもう1つはスキンシップを取ろうとしないこと。
守れなければ即解散である。
「えへへ、では行きましょう!」
人生で初めてのお祭りが好きな人の隣だなんて贅沢の極みである。
ブレイクに間違っても触れないように、それでも少しでも近づきたいという思いから互いの距離感を気にしつつ彼女は聖ブリジットデイを満喫した。
見るもの見るものが珍しく、おなまーえは少し進むたびに足を止めていた。
その彼女が目を止めたのは、出店の中で一際目立つ色を放っていた、とても鮮やかで丸い物体。
「これは…?」
「りんご飴だよ、お嬢ちゃん。彼氏と一緒にどうよ!」
「買います」
ブレイクが否定するよりも先に即答した。
このおじちゃんはいい人。
購入したりんご飴を加えて後ろを振り向くと、やれやれといった顔のブレイクが「行きますよ」と声をかけてきた。
空もすっかり暗くなったが、街には電飾が煌めき、街はまだまだ眠らない。
おなまーえはお面を頭に装着し、片手には綿あめ、もう一方の手には水風船を装備していた。
「ブレイク様!早く早く!」
「そんなに急がなくても花火は逃げたりしませんよ」
どきっとした。
今のセリフには聞き覚えがある。
彼にとっては何気ない一言だったのかもしれないが、おなまーえにとっては大切な思い出だった。
「……そうですね、はぐれちゃわないようにゆっくり行きましょう」
彼はレインズワース家のシャロンお嬢様に仕えるザークシーズ=ブレイク。
でも今だけは、今だけは、おなまーえの騎士でいてほしいと願った。