10. 過ぎ去った想い出に銀の皿を捧げましょう
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橋には多くの人が集まっていた。
花火の絶景ポイントなのだろう。
まだ花火が上がるまで10分ほど残っている。
おなまーえは先に今日のお礼を告げることにした。
「……ブレイク様…その、今日は本当にありがとございました」
人混みに流されないようにおなまーえを橋側に追いやり庇ってくれている彼はニッコリと笑った。
「いいえー。おなまーえさん、今日は一日中大人しかったので私も苦労なく過ごせましたヨ。」
「おとなしい私は今日だけですよ!またデートしてくれるなら別ですが。」
「しませんヨ。今日は特別です。」
「ブレイク様のケチー、イケズー」
「なんとでも言いなさい」
本当に今日のおなまーえはおとなしかった。
約束とはいえ求婚してくることもないし、しつこく何かを要求することもない。
ルネット家で教育されたとはいえ、その様子にはどこか気品も感じられた。
「来年もまた来たいですね」
「……お誘いしない代わりに、これを差し上げますよ」
自分はあと一年保つか保たないかという体。
おいそれと来年の約束などはできない。
そこでブレイクが差し出したのは青い羽根。
「青い羽根…ですか?あ、あれですね!そ、そう、今思い出しました!入り口でもらったやつ、交換するんでしたね!いやーもちろん知ってましたよ…ええ!ほんと!」
焦る彼女はおそらくこの羽根を交換する理由も、ブレイクが羽根を差し出した意味もわかっていないのだろう。
「くっくっくっ、青い羽根の意味、わかってますカ?」
「ふぇ!?えっと…なんか幸せ的な意味でしたっけ?」
「違いまーす。『落ち着け』って意味ですヨ。」
「ちょ、どういう意味ですかそれー!」
たしかに青い羽根にはそういう意味もある。
しかしこの祭においての定義と、ブレイクが彼女に渡した理由は別にある。
『あなたのことが好きです』
それは往々にして愛の告白に捕らえられがちだが、そもそも好きと言う言葉は恋愛でも家族愛でも親愛でも表される。
かつての主人に似ている彼女には幸せになってもらいたい。
そんな想いからこの羽根を渡した。
「えへへ、でも嬉しい。ブレイク様から頂いたのですから大切にしますね!」
「……本当に、もう少し大人しくしてくれれば可愛げも出るのに勿体ない」
「うーーん、でも私は自重しません!」
そう言って彼女は橋の手すりの方を向き手をついた。
黙っていれば美人の部類に入るおなまーえは、実はパンドラ内でそれなりに人気の女性なのだが彼女にはその自覚はない。
本人がブレイク一筋を公言しているので、わざわざ玉砕しに行く猛者もいないのだ。
(にしても…)
今日のおなまーえは本当に綺麗だった。
おそらくメイドか誰かに手伝ってもらったのだろう、いつもと違う雰囲気の彼女に少しどきっとした。
だから羽根を渡したのはあくまで気まぐれ。
彼女がその意味を知らないと確信したからだ。…なぜ自分彼女が羽根の意味を知らないことに安堵したのだ…?
(……まぁ虫除け程度になればいいか)
「ブレイク様!」
考え込んでいたブレイクは、彼女の呼ぶ声に顔をあげた。
彼の目に飛び込むは宙に浮かぶ色とりどりの光。
赤、黄、緑、青、紫。
そしてその花火を指差しながら笑顔でこちらを振り向くおなまーえ。
「見て見て!ブレイク様!夜空のお花畑ですよ!」
『見て見て!ケビン!一面お花畑だよ!』
「っ――」
綺麗に笑う彼女はケビン=レグナードが仕えていたお嬢様ではない。
あの透き通るルビーのような赤色の目はもう失われてしまった。
だが美しい金色の髪のおなまーえのことを、今だけは、今だけはこう呼ばせてほしい。
ブレイクは愛おしげに目を細めた。
「そうですね……お嬢様」
****
「ぎゃあああああ!!」
――ザクゥ
血飛沫が舞い、男が倒れる。
冷徹な金色の目がそれを見下した。
「やめ、助け…」
必死に助けを乞う手を振り払い再度手に持つソレを男に突き刺した。
「うあぁぁあぁぁあ!」
男は断末魔をあげるとピクリとも動かなくなった。
じわりじわりと血溜まりが広まり靴底を濡らす。
先程まで無邪気に花火を楽しんでいた彼女の面影はそこになかった。
氷より冷たく、刃物より鋭い目がじっと動かなくなった男を見据えた。
この男はトランプと契約した違法契約者。
既に3名の人間をチェインへと捧げていた。
とはいえ、所詮トランプ。
おなまーえの“彼”には敵わなかった。
「お疲れ様…」
彼女は自身のチェインに呼びかける。
赤い甲冑がカシャっと鳴った。
「……
赤の騎士。
白の騎士との決闘の末に敗れた騎士。
戦闘能力はトランプ並みだが、彼には1つ能力があった。
『無効化能力』
他のチェインの能力を無効化することができる。
例えばルーファスの幻影であれば、赤の騎士は惑わされることなく真偽を見極めることができるのだ。
「……ゴフッ、ゴホッ」
おなまーえは大きくむせこんだ。
口元を押さえていた手をゆっくり話すとベッタリと血が付いている。
思い出されるのは、ルーファスがブレイクに放った言葉。
『契約の影響でガタがきていると本気で信じておるのか?違うよなぁ?汝の場合はそれが二度目だからじゃろう!?』
彼女はそっと左胸に手を当てた。
ルーファスはわかっていたのだろう。
おなまーえが二度目の契約者であるということを。
幼い頃一度だけルーファスに体を見せるように言われた。
彼に拾われ間もない頃だった。
『それは罪人の証じゃ。くれぐれも他言するでないぞ。』
当時はその意味をわかっていなかったが今ならわかる。
自分はおなまーえ=シンクレアとして、家族を贄に捧げた。
それこそが彼女の罪であり、背負わなければならない責任。
「コホッ」
再び吐血をする。
「……あぁ…この調子だとあと一年は…保たないだろうな」
体もそろそろガタガタだ。
(叶うのであれば、死ぬ時は――)
「おなまーえさん!」
名前を呼ぶ声と、タッタッタッという足音が聞こえた。
パンドラからの応援だろう。
彼女は瞬きを1つして、足音に振り返った。
「無事か!?」
「はい!少し汚れてしまったので、お片づけお願いしますね。」
血に濡れた手を隠しておなまーえは笑顔を向けた。
死ぬときは天使と同じように羽根を一枚だけ残して逝きたい。
end