ジャーファルと使用人のお話
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超がつくほどのダークです。夢主死にます。
以前ピスティに借りた恋愛に関する書物に、恋人に「私と仕事、どちらが大切なのか」と問うてはいけないと記されていた。両者は比較することもできないほど土俵が違うものだし、何より「あなたのことを大切に思っていないはずがありません。そんな分かり切った質問をされると相手もイライラしてしまいます。」とアンサーされていた。
「………でも、私の恋人って絶対仕事の方が大事だよね……」
おなまーえの恋人、ジャーファル。彼はシンドリア王国の政務官であり、八人将と呼ばれるシンドバット王に直接仕える人たちの1人。ひょんなことからおなまーえとジャーファルは恋人として周囲に認識されていたし、当事者である自分もそうだと思っていた。少なくとも一年前までは。
「…………」
窓際に腰をかけていたおなまーえは、蒼い月から空っぽのベットへと視線を動かした。とうに日付は変わった時刻だ。
手に持っていたペンを置いた。
付き合ってすぐの頃は本当に幸せだった。このシンドリアが出来た時から、しがない宮仕えとして勤め始めた頃から、始めてあなたにあった時から、ずっとずっと好きだった。穏やかな翡翠の目。柔らかい物腰。動くたびにキラキラと光る銀髪。一目で恋に落ちた。
『おや、初めて見る顔ですね。』
廊下の掃除をしている最中に突然声をかけられた。
『は、はい!一昨日からこちらでお仕えさせていただいているおなまーえと申します!』
『あぁ、そうですか。私はジャーファルです。』
『あ、あなたがジャーファル様……』
『生憎決算が近くバタバタしておりまして、ご挨拶が遅れてすみません。』
『いえ、ご挨拶なんて滅相もないです。すみません、本当は皆様が起きてこられる前に掃除を終わらせなきゃいけないのに……』
早朝の廊下掃除は新人の仕事なのだが、まだ手際よく出来ずもたもたしていた。国王や八人将の方々が気持ちよく歩けるようにスピーディーな動きが求められるのだが、残念なことにおなまーえは器用な方ではないのだ。
『いえ、まだ起床の時間ではないですよ。まだ6刻を回る前です。』
ところがどうやら大体の城の人々が起きる6:30にはなっていないようだ。なぜこのような時間に彼は起きていたのだろう。
『あぁ、こんな時間に私がなぜ歩いているのか気になるんですか?』
あまりにもわかりやすい顔をしていたのだろう、ジャーファルはニコニコ笑って質問してきた。
『えっ、あ……』
おなまーえは思わず顔が真っ赤になる。
『お恥ずかしながら、仕事がなかなか片付かず。今から仮眠を取るところです。』
『えっ……寝てないんですか!』
大きな声を出したわけではないのにおなまーえの声が廊下に響いた。慌ててハッと口を抑える。ジャーファルは咎めることもせずニコニコと笑っていた。
『ええ。でも貴女のお顔を見たら少し回復しました。まだ慣れないとは思いますが頑張ってくださいね。』
『え………』
それでは、と着物の裾を翻して去っていく真っ直ぐな背中を、おなまーえは赤い顔のまま見送った。齢20にして、彼女は初めて恋に落ちたのである。
それからは奇跡の連続だった。本来は会話すらまともに出来ない立場のはずなのに、朝の掃除で偶然あった日は他愛もない話をしてくれたり、執務室の担当になった時はお茶汲みの仕事も任せて頂けたり。そして他国に出張した際にはわざわざ珍しいお菓子をお土産にと渡してくださった。
嬉しかった。
使用人達の間でもジャーファルは大人気であった。まだ若く、独り身でありながらも国のナンバー2の座についている彼を、周りの女性は放っておかない。だが肝心の本人は朝から晩まで仕事ばかりしているため、浮いた話の1つも噂されなかった。
とある謝肉宴の日に、おなまーえはほろ酔い気分のジャーファルに呼び出された。腕を引かれ、空っぽになった城に連れ込まれ、中庭で告白された。
本当に嬉しかった。
憧れは、恋心へと。勿論返事はイエス。顔をくしゃくしゃにして、最高の笑顔を向けた。紛れもなく、世界で一番の幸せ者だった。
「…………」
幸せだった、はずなのに。
「…はぁ……」
蓋を開ければすれ違いの日々。始めの頃こそは暇を見つけて寝る前に顔を出してくれたが、手を繋いでデートもしたことはないし(そもそもあちらが忙しいため外出など以ての外)、食事を共にしたことも数える程度だし、………体を重ねたことだってない。唯一恋人らしいことといえば口づけを1度したことがあるが、それだけ。
どうやら国王や八人将の人たちは2人の関係を知っているようで(どうせピスティ辺りが噂を嗅ぎつけ本人に問い詰めたのだろうが)、温かい目で見守っていてくれたのだが、最近は会うたびに可哀想な目を向けられる。仲のいいピスティとヤムライハも心配してくれているが、私とジャーファルは不仲なわけではないのでどうにも相談しにくい。
「ぁ……」
眩しい光が差し込む。空が白んできた。夜明けだ。どんなにセンチメンタルな気分に浸っていても朝は平等に訪れてしまう。いっそ永遠に夜が続けばいいのに。
「………仕事に行かなくちゃ」
約2年。着慣れた官服に袖を通し、髪を結う。薄い金色の髪をまとめて帽子の中に押し込んだ。机の上に開いていた日記を閉じ、そのまま彼女は部屋を出た。
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