hollow ataraxia《転》
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「あ」
「あ」
あんなかっこいい別れ方をしておいて、再開とは案外早いもので。
時間にして18時間。
4日目を越えたから、マイナス54時間。
商店街のど真ん中で、おなまーえと少年はバッタリと出会った。
とても賑やかな通りの中立ち尽くす少年の姿は異様で、道行く人がチラチラと横目に見ていく。
「こんなところで会うなんて奇遇だな」
「あ、あははー」
おなまーえは苦笑いする。
カバディの構えをとった少年からは、今日こそ逃がさないぞという確固たる意思を感じる。
「ランサーのバイト先まですぐだ。アンタも来るだろ?」
「う…」
ランサーのバイト先が花屋さんなのは知っている。
かつてこの商店街は一度だけ通ったことがあるから行けなくはないのだが、おなまーえの気は進まない。
遠坂凛はロンドンから帰国した。
ならば事態の解決は秒読み段階に入ったが、おなまーえの役割はまだ少し先のはずだろう。
「ええ…本当に行くの?」
「行く。それともアンタは一度交わした約束をやぶるような魔術師だったのか?」
「ぐっ…」
がしりと細い手首を掴まれた。
有無を言わさないほど強引に引っ張られる。
覚悟を決めるしかないようだ。
「い、いいけど、どうなっても私知らないからね」
ズルズルとおなまーえは引きずられておなまーえは人混みに連れ込まれる。
辿り着いたのはランサーのバイト先の花屋。
なぜ花なのかはわからないが、この男、意外と凄腕のフラワーリストだ。
彼がバイトに入ってから、ここの売上が倍になったという話はおなまーえの耳にも届いている。
「いらっしゃいませー」
似合わないエプロン姿で、ランサーは少年を出迎えた。
「ん?なんだまた坊主か。お前も案外暇なんだな。」
「暇な訳あるか」
ぽいっと子猫よろしく、おなまーえはランサーと少年の間に放り出される。
ずっこけそうになったところを、ランサーにしがみついて耐えた。
「さーて、話してもらおうか」
「う…」
「話すって何をだ?」
「ランサーじゃない。こっちに聞いてんだ。アンタの前で話したいっつーからさ。」
蛇に睨まれた蛙よろしく、おなまーえは縮み上がる。
まるで遠坂凛が乗り移ったような気迫だ。
そんなに焦らしたのが気に食わなかったのだろうか。
「ぼ、暴力反対!衛宮士郎はそんなことしないってば!」
「はいはい、そーですね。ったく、そんなもったいぶるほどのことじゃないだろ?」
「あ?」
「それとももしかして、アンタも街の異常に一枚噛んでるのか?」
「噛んではいないけど…影響は受けてるというか…」
「……おい坊主」
「ならなおさら話せ。もしかしたらこの四日間の解決につなが――」
「坊主」
「……なんだよランサー」
顔を上げると、ランサーが顔を歪めてこちらみている。
はて、何かおかしなことでもしただろうか。
それともおなまーえに乱暴な口をきいたのがまずかったか。
だが彼の表情は不機嫌なそれではなく、何か奇妙なものを見たかのようなものだった。
「アンタからも何か言ってやってくれ。一応元マスターだろ?」
「…小僧、俺をからかってんのか?」
「え?」
「お前さん、一体"誰に話しかけてるんだ"?」
「…は?」
ピシャリと冷水をかけさせられたような気分だ。
この大英雄様は何を言っているのだ。
誰に話しかけているかなんて、そんなの一目瞭然ではないか。
そう言おうと彼女に視線を向けて――少年の目は、ほんの一瞬だけ少女の姿を捕らえられなかった。
「っ!?」
少年は目をこする。
次に目を向けたときは、陽炎のごとく揺らめいたおなまーえがしっかりとそこにいた。
彼女は地に足をつけて、目を細め困ったように笑っている。
「は?」
「小僧、お前さっきからずっと独り言ブツブツ言ってるが、とうとうイカれたか?」
「…え?」
だがランサーにはおなまーえの声はおろか、存在すら見えていない様子。
「……やっとわかった?衛宮くん」
彼女はやれやれと肩をすくめた。
少女の姿はたしかにそこにあるのに、瞬きの間に消えてしまいそうな危うさがある。
そうだ。
自分でもわかっていたじゃないか。
おなまーえはもうすでに死に体なのだと。
少年の記憶と衛宮士郎の記憶が混在して、ひどく曖昧になってはいたが。
「なっ」
「私はね、幽霊みたいなんじゃなくて、本物の幽霊なんだよ」
そのたおやかな笑みはこんなにも綺麗なのに、少年以外の目には一切映らなかった。