hollow ataraxia《転》
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「私が視えるのはあなただけなんだ、衛宮士郎」
「ちょ――待て待て待て待て、待て!」
思考が追いつかない。
少年は頭を抱える。
「だからどうなっても知らないって言ったのに」
「いやいやいや、流石に予想の範疇超えすぎだ」
「あ?」
「いくつか聞きたいことがあるが……まずアンタのことは俺にしか見えてないってことで間違いないのか?」
「うん」
腕組みをしたまま、花屋の男は難しい表情で口を挟んだ。
「……おい坊主、からかってるってわけじゃねぇよな?」
「ああ。俺にはアンタをからかう理由がない。」
「だよなぁ」
「ランサー、一つ聞きたい」
少年はおなまーえの肩をポンと抑えた。
細い方がピクリと跳ねる。
「ここにおなまーえがいるんだが、お前には見えてないのか?」
「なんも見えねぇが。おなまーえって…そりゃ女の名前か?」
「え?」
「あー」
おなまーえは困ったような顔をして、肩に乗せられた手をそっと下ろした。
ランサーがおなまーえの名前すら知らない?
どういうことだ。
第五次聖杯戦争であんなにも仲睦まじく主従を結んでいたというのに。
この男がソラで忘れているとも到底思えない。
「話すと長くなるんだけど…」
「…話すと長くなるらしいから、ランサー、ちょっと店借りてもいいか?」
「ここは喫茶店じゃねぇんだがな」
ランサーはクローズの看板を表に出し、奥のお客さん用のテーブルをざっと片す。
花びらや切った茎がパラパラと地面に落ちた。
「客人はお前さん含めて2人でいいのか?」
「ああ」
見えないであろうおなまーえの分の椅子を引き、彼は奥から引っ張り出してきたパイプ椅子にどがっと腰をかけた。
「アンタも話聞くのか?」
「俺がいねぇと、坊主が独り言喋ってるイかれた野郎になっちまうだろ。正直半信半疑だが、坊主が嘘つくとも思えねぇし、付き合ってやる。」
「さんきゅ」
「ま、俺にゃそのおなまーえって嬢ちゃんの声は聞こえないんだろうから、口は挟まねぇよ」
「ああ」
おなまーえをエスコートする。
本来ならばそれはランサーの役目だった。
彼女も複雑な表情で柔らかい椅子に腰をかける。
花屋は華やかなのにどこか無情さを感じさせる匂いがする。
枝を伐採した時の、植物特有の血の匂い。
「…じゃあ、まずは何から知りたい?応えるくらいはするよ。」
「色々と尋ねたいことはあるが、まずなんでそんな格好になってるのかってところからだな」
「いきなり核心をついてくるね」
「時間がないんだ。構わないだろ。」
「それはあなたの時間?それとも世界の時間?」
「は?」
「…まぁいいや」
おなまーえは机に肘をついた。
頬を手のひらで支える、だらしのないポーズだ。
「まず、この前の夜も話したけど、これは私の第五次聖杯戦争じゃない。」
「ああ。それは薄々感じてる。ランサーのマスターはアンタだったはずなのに、どこかおかしいって感じてる。」
ちらりと横の男を見る。
片目を開けて、空っぽの椅子に目を向けている。
彼は宣言通り会話には口出ししないようだが、自身の話題が上がって興味がないわけではないようだ。
「その違和感は正しいけど間違ってる。確かに私のサーヴァントはランサーだった。けど、この世界はね、"おなまーえが第五次聖杯戦争に参加する前に死んだ世界"なんだ。」
「…なに?」
「私の体が弱いことは知ってるでしょう?」
「ああ」
「ここはありとあらゆる可能性が秘められた四日間。なんらかの要因で私が1月28日より前に生きていられなかったとしても不思議じゃないの。いつ死ぬかなんて、私にも分からなかったんだし。」
「……なるほど。つまりアンタはこの第五次聖杯戦争に参加しなかった。否、できなかった。だから他のマスターがランサーを召喚したってことか?」
「そうなるね。触媒はきっと、同じものを使ったんだろうし。」
世界はいくつもの編纂事象が発生している。
ここはおなまーえが聖杯戦争に参加する前に死んだ、IFの世界。
聖堂教会の鉄の女が、正式にランサーを召喚した上での、IFの四日間。
「分岐が多いからちょっとわかりにくいよね。単純に、この世界と私は、同じだけど全く違う戦争を体験した考えてくれて構わないよ。」
「ああ、大丈夫だ。これで色々と納得いった部分もある。」
ランサーがおなまーえのことを覚えていない、否知らないのは、この世界のランサーのマスターは彼女ではないからだ。
2人が出会うことなく、愛を誓い合うことのなかった世界線。