2月13日
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薄氷の上を歩くような、幸せそうに眠っている動物の前を歩くような、そんな暗闇を手探りで進むような目覚めだった。
青い月が、まだ太陽に消されたくないと必死に輝いている。
――あれからどのくらいの時が経ったのだろうか。
「ランサー…?」
呼び声はただ静かに、空を掴んだ。
2月13日
そこは病院の自室だった。
質素なベットと、誰もこないくせにおいてある見舞客用の椅子。
ガタンという音がして、おなまーえは慌てて目を瞑る。
足音が二つ、病室に入ってきた。
「……まだ目覚めませんね、先生」
「随分と外を出歩いていたみたいだからな。保護者代わりの人とも連絡が取れないし、困ったものだ。」
「ああ、言峰協会の神父さん」
「そうだ。全く…。柳洞寺の患者も原因不明の意識不明だし、どうしたものか。」
様子見にきた医師と看護師は最低限のバイタルチェックを終えるとすぐに病室を出て行った。
柳洞寺。
キャスターのいたところだ。
彼女はまだ敗退していない。
つまり聖杯戦争はまだ続いている。
「…………」
体を起こし、点滴を引き抜く。
私物はサイドテーブルの上にまとめられていた。
カバンの隣にはおなまーえが来ていた服が一式置いてあった。
だがご丁寧に靴だけは取り上げられている。
ランサーの現在の様子が知りたい。
物音を立てないように布団から素足を出す。
「あ――」
カバンを開けると、キラキラとした破片が舞った。
水晶はカバンの中で粉々になっていた。
落とした時に割れたのか、ランサーが意図的に割ったのかはわからない。
「……行かなきゃ」
時間が惜しい。
幸いこの病室の窓は病院の裏手に面している。
おなまーえはベットのシーツを剥がすとそれを縦に引き裂く。
細長くなったそれを固結びして、簡易ロープの完成だ。
それを窓の外に放り投げる。
病院着の上に上着を羽織る。
イヤリングと靴下だけを身につけて、ほとんど素足のままおなまーえは窓の外に足をかけた。
「はっ、はっ…」
指先の感覚がなくなっても、靴下がアスファルトで擦り切れても、彼女は走った。
ランサーとの契約はまだ続いている。
彼は敗退していない。
ならばマスターである自分が休んでいるわけにはいかない。
この手の甲に刻まれた令呪だけが彼との唯一の絆。
それを頼りに、おなまーえはただただ走った。
向かう先は、雪の城。
****
道のりは長かった。
病院は冬木の東側に位置しているのに対し、アインツベルン城は最西端に位置している。
早朝のためバスも出ていない。
タクシーを拾うのも悪くはなかったが、万が一コートの下の患者着に気づかれて、病院に送り返されるのを危惧してできなかった。
十字路を横切った時、込み上げてくるものがあり、おなまーえは咳き込んだ。
必然、足は止まる。
「ごほっ、っ、ごほっ…」
こんなところで時間を食うわけにはいかない。
(早く行かなきゃ)
だが思いに反して、体はうまく動いてくれない。
(動け…動け、私の足…!)
彼の姿を目視して、この妙な胸騒ぎを納めさせてくれ。
「だ、大丈夫ですか!?」
不意に声をかけられた。
これまで街の人数名とすれ違ったが、皆不審がるだけで声をかけられたのは初めてだった。
力ない目でおなまーえは顔を上げる。
「ぁ――」
花の香りがした。
この花は病院の裏手にも植えられていたからすぐにわかった。
淡く優しく、それでいて妖しい、桜の香りだ。
「す、すぐに救急車を…!」
「っ、いい。呼ばないで、桜さん。」
「っ!?私のこと、ご存知なんですか?」
彼女は自分のことを知らないかもしれないが、私は彼女のことを知っている。
毎日のように衛宮士郎の家に訪れていたのは、遠見の魔術で見ていた。
今日も弓道部の朝練のために早く登校していたのだろう。
彼女からは遠坂凛とは違った運命を感じる。
もし彼女が聖杯戦争に参加していたら、また違った結末があったように思う。
桜はおなまーえに手を貸して立ち上がらせてくれる。
「お願いだから、私のことは見なかったことにして」
「で、でも…」
「…声をかけてくれたことには感謝してる。でも、私、逢いにいかなきゃいけない人がいるの。」
「――!」
「今行かないと、もう二度と会えないような気がするから」
「………」
好きだと伝えても、彼が言葉を返してくれることはなかったけど、私はランサーのことが好きだ。
愛している。
桜は「逢いたい人」という単語に反応した。彼女もまた、秘めたる恋を伝えきれずにいる乙女の1人。
おなまーえの必死の頼みに、心を動かされないわけがなかった。
「……今日、私はいつも通り朝早くに登校しただけです。咳き込んで倒れかけている女性なんで見かけていません。」
「…ありがとう」
おなまーえはまた走り出した。
桜――間桐桜は、その弱々しい背中が見えなくなるまで彼女の後ろ姿を見送った。