2月11日
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――女の話をしよう。
目覚めた時から、女は病理に繋がれていた。
重い鎖は満遍なく。つま先から頭まで、ミイラの如き死に化粧。
自由がない、と余人は憐む。
自由はない、と彼女は微笑む。
潔癖の病室は難攻不落。
手枷を開いたその先に、在るのは希望か絶望の救いか。
他人の不幸は蜜の味というが、さて――
2月11日
初めて彼女と出会った時、不謹慎ながら妻のことを思い出した。
言峰綺礼は一般的な人間として美しい物を美しいと思えない人格破綻者だったが、クラウディアと結婚した頃はそんな自分を認められず、その人格を矯正しようと試行錯誤していた。
その最後の試みが彼女との結婚だった。
だが結果的にそれは失敗に終わった。最後まで彼女を愛することはできなかった。
クラウディアが自ら命を経った理由を、彼女の無意味な死を無価値と認めたくなくて、他の誰でもない言峰綺礼自身が彼の記憶を封じた。
「はじめまして、言峰さん」
厳重に鍵をかけて体の奥底に埋め込んだそれが、おなまーえと出会った瞬間に激しく揺さぶられた。
その繊細なまでの美しさ。
触れれば壊れてしまうのではないかと思うほどの儚さ。
姿かたちは違えど、彼女を取り巻く環境は妻のそれに酷似していた。
外に出たことはあるのかと問いかけた。
「外というのはこの病院の外のことですか?でしたら一度たりとも経験はありません。私の世界はこの病院だけ。私の棺桶はこの硬いベットなのです。」
彼女はそう言ってのけた。
――憐れだと思った。
母親が死に、天涯孤独となった彼女が、生きるということをろくに知らないまま、1人死にゆくのは理不尽だと。
だから手を貸した。
病院から抜け出す足を提供した。
外に出て、残りの寿命で好きなことをしていいと。
「なら私は聖杯戦争に参加したいです」
驚いた。
書籍での知識で魔術の素養があるのは知っていた。
だが聖杯戦争のことまで嗅ぎつけていたとは。
「私には外の世界を知る裏技があるので」
それがのちに判明する遠見の魔術である。
この薄幸の少女が万能の願望機を手に入れた時、どんな願いを託すのか見てみたかった。
「良いだろう。サーヴァントを召喚するまで、私はお前を全力でサポートしてやろう。」
少女は感謝の言葉を述べた。
外の世界は綺麗なばかりではない。
だが、排気ガスで満ちた空気も、埃だらけの雪も、くだらない恋も友情も、きっと何もかもが彼女にとっては新鮮だろう。
決して彼女の姿を妻に重ねたわけではない。
ただ同じ境遇の少女が目の前に現れたのは神の天啓だと感じた。
言峰綺礼は美しいものを美しいと感じられない人格破綻者だが、決して常識やモラルがないわけではない。
――だが、いかに偽善者じみたことをしても、それでもやはり、彼は言峰綺礼だったのだ。
《言峰綺礼という男 終》