最終章・雨上がり

「会長。そろそろお送りします」

「いや、今日は歩いて帰る。車はいい」

龍介は10年前の今日、和也と出会った日の事を思い出していた。

あの頃は、龍介もまだ瀬戸口組にいて、何の役職もないただの舎弟だった自分が、独り立ちすると組長に無理を言って、組を出た日なので良く覚えている。

瀬戸口組長は、中学で自分を拾ってくれて以降、本当に良くしてくれて、そんな龍介を応援してくれた。

今日の組の宴の後、女を3人用意されたが、そんな気になれなくて丁重に断った。

大雨だったので、車を出すと言ってくれたのだが、それも断った。

雨の予報が出ていたのに、傘を持たずに家を出たのは災いしたが、龍介がズブ濡れの姿でも、大嵐のお陰で誰も自分に感心を示さないのが心地良かった。

龍介は、幼い頃から色んな意味で注目される人間だった。

その向けられるものの多くが、色欲や出世欲など、人間のドロドロした最たるものだった。

街路樹の下で寒さに震え、脚を怪我した和也を拾ったのはそんな時だった。

自分にだけ、想いを傾けてくれる存在が愛しかった。

損得関係なしに、愛情を注いでくる命。

龍介の過酷な人生の中で、初めて出会えた希少な存在だった。

だが、和也は怪我が治った後、姿を消した。

その後は斎藤と新しい組・真龍会を立ち上げたりして、生き抜くのにいっぱいいっぱいで、和也の記憶は心の奥底に封印された。

和也と再会出来て、本当に良かった。

和也が居なければ、何の彩りもない一生で終えただろう。

和也に出会えて、今は愛しい存在のある華やいだ人生を謳歌している。

今晩は家で、出会えたこの日を二人で祝おうと約束してきた。

自分の誕生日すら分からない和也の、唯一の記念日だったからだ。

帰りに何か買って帰ろう。

龍介は事務所を出て、小雨の中、傘を開いた。

龍介は傘を差したまま、足を止めた。

出て直ぐの街路樹の下に愛しい仔犬がいた。

「雨が降ってて寒い。……俺を拾ってくれるか?」

雨に少し濡れた和也が立っていた。

傘の中に、肩を抱き込んでその体を引き入れ、唇にキスを落とした。

「……拾ってやるから。俺の家の番をしてくれるか?」

和也は笑いながら、キスを返してきた。

雨は止んでいたが、二人は傘を差したまま歩いた。

雨はもう、二人を濡らす事はなかった。

ー終ー

2015,12
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