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第1章・呪縛1

「はぁ~!こんな豪華な風呂に入ったのなんか初めてだな~」

光司はゴブラン織りのソファーに、バスローブのまま、ゴロリと寝転んだ。

奴隷にすると言っていたのに、こんな豪華な風呂に入れとは どういう事なのだろう。

それも、この与えられた部屋の半端なく華美な調度品の数々を見ると、スウェイドの部屋なのだろうか。

スラム街から出た事のない光司は、目の前の現実を受け入れられずにいた。

旧市街を抜けた先の、広大な緑地にスウェイドの宮殿は建っていた。

門から入って、長い通りを進み、大きな噴水がある先に、豪奢な本殿があり、渡り廊下を過ぎると、隣には小さなハーレムの宮殿がある。

ここにはスウェイドの側室達と、20人あまりのハーレムの女達が住んでいた。

車から、直ぐにこの部屋へ連れて来られたから、まるで部屋の把握が出来てないし、今も扉の外には衛兵が立っているので、外に出て場所を確認するにも躊躇われる。

そんな事を考えていると、バルコニーの方から扉が開くような物音が聞こえた。

そちらを見ると、扉から同じ顔立ちをした子供が二人、こちらを怪訝そうに伺っていた。

「あなた、父上の部屋で何をしてるの?」

少し髪の長い女の子が聞いてきた。

「父上の新しい側室?」

髪の短い方が男の子か。

どちらも幼いながらにスウェイドの血を引く、美しさと、愛くるしさもあった。

瓜二つの幼児は、そう言うと近くに寄ってきた。

「私はエレナイ。こっちは弟のアブドル。あなたは?」

「俺はコウジ。草下光司。えっと……側室じゃなくて……」

奴隷と言いかけて、相手が子供というのもあって、暫し躊躇った。

奴隷を上手く言うには……。

「え~……召し使い……かな?世話係、みたいな?」

「召し使いがお父様の部屋で寛ぐなんてあり得ないわよ!あなた、男性だからハーレムに入れない、新しいお気に入りの方ね?そして、外国の方だなんて、珍しい!」

流石、小さくても女の子だ。

捲し立てるように喋ると、何やらそれが凄くドラマチックに思えたのか、手を組んでウットリと想像を逞しくしている。

「エレナイ……勝手にお父様の部屋に入ったら、怒られるよ。僕、お父様、怖い」

「バレやしないわよ!アブドル!お父様は夕食までお仕事なんだから!いつもそんなビクビクしてるから……」

エレナイがアブドルに詰め寄って、人差し指をその鼻に突き立てていると。

「アブドル様!エレナイ様!どこから入って来られたんですかっ!」

「あぁっ!うるさいアッシュが来たわ!そしたら、またね!コウジ!」

キャー!と叫び声を上げて、バルコニーから姿を消した。

あのバルコニーのどこを伝って来たのだろうか?と、覗きに行きたかったが、すぐ側に大柄な男が立っているのを見て、諦めた。

改めて光司を見たアッシュは、先程までの薄汚れた姿と違い、まるで脱皮したような清廉さに目を見開いた。

ヴァリューカ王国での美の基準からは離れているが、光司には東洋の美しさを感じる清潔感があった。

アッシュは咳払いを一つしてから、口を開いた。

「私はスウェイド殿下の側近のアッシュと申します。当分の間は、コウジ様のお世話をさせて頂きます」

「コウジ様?!様??」

光司の声は裏返って、すっとんきょうなものになった。

「それに関しては、後程、スウェイド殿下よりお達しがございます。ひとまず、スウェイド様の身近に素性が分からない者がいるのは警備上、好ましくありませんので、分かる範囲でお聞きして、調べさせて頂きますが宜しいですか?」

光司は納得して、自ら知り得る範囲を述べた。

自分は気が付いたら、この国で暮らしていた事。

父と母が存命だった10歳位までは普通の暮らしをしていたが、事故で一度に両親を失ってからは独りぼっちになり、スリなどをしないと生きていけなかった事。

父と母は駆け落ちして、この国に来ていたらしい事、そして唯一の形見は母の指輪だけだという事。

「その指輪は母上のご実家の何かが分かるかも知れませんね。写真に撮らせて頂いて宜しいですか?」

そう了承を得て、アッシュはスマートフォンで指輪の写真を撮った。

「そうしましたら、コウジ様はこれよりご夕食を皆様とご一緒にとって頂きます。これからの混乱を避ける為に、ご同席される一族の方のご説明をさせて頂きます」

「ゆ、夕食なんて!俺、奴隷だろ?お妃様とかと食べんの?絶対無理!ヤダ!」

ヤダじゃありません!とアッシュは強く言い放った後、光司の有無も言わさず説明し始めた。

夕食の同席者は、スウェイドの女達であった。

第一側室のリエカ。

聡明で美しく、慈愛に満ち、先程の双子の母でもあり、近い内に正室になられるお方である事。

第ニ側室のクロエ。

妖艶な美女だが、スウェイドの寵愛を一身に浴びたくて、かなり傲慢な所がある。

第三側室のマライカ。

愛らしい見た目だが、スウェイドに媚びる姿が、ハーレムから側室に上がってから酷くなったらしい。

「なぁ……アッシュさん」

「アッシュで結構です」

「あんたの説明、若干の悪意を感じる……」

「私は、リエカ様が正室になられる事を望んでおります。他の方々は、申し上げ難いですが、将来の王となられるスゥェイド様に相応しい奥方とは言えません」

「……なんて事は秘密……なんだよな?」

「当たり前です。貴方には、賢く立ち回って頂く為に、掘り下げてご説明したんです。とにかく、リエカ様を一番に立てて、他の方はこれ以上ない位に、ご機嫌を取りまくって下さい」

「……出来るかな~俺……。もっとさぁ、下働きみたいな仕事はねーの?」

とにかく、第ニと第三は、怒らせないようにしないといけないらしい。

召し使いの気苦労も相当なものだと痛感した。

「あんた、大変だな」

「はぁ?」

「あんな我が儘な王子様に仕えるだけじゃなくてさ。お姫様たちのご機嫌も取ってんだろ?アッシュも大変だなって……」

予想もしない光司の反応に、面食らうアッシュだった。

「とにかく、まぁ、しばらくは頑張るわ!また、分かんない事は教えてくれ」

光司の満面の笑みは、花が咲いたようだった。
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