いただいたお話

有償依頼で、にじいろたまご様(Xアカウント→@ark_sky_rain)にご執筆いただいたお話です!

1作目・2作目より前の物語で、王子様の国(アイネスベルン王国)の建国200周年記念行事でのお話を書いていただきました。
セオドール様の式典服は、「ギャラリー」にアップしている「祈り」のイラストをイメージしてご執筆いただきました!

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【主な登場人物】
・セオドール王子
・イグナツ副隊長
・王子の専属織師ウィウィ
・王子の側近ティモ









今年、アイネスベルン王国は建国 200 周年の節目を迎える。興亡していく諸外国を横目に、この国は随分と遠くまで歩みを進めてきたものだ。

セオドール王子は現在、節目を祝う記念式典用の衣装について、自身の専属織師であるウィウィという女と会議を展開していた。オレはそれを、部屋の入口付近からじっと眺めている。

なぜオレがそのような場面に立ちあえているのかといえば、もちろん、王子側近のティモが不在だからにほかならない。逆に、それ以外ではなかなか平時に王子と同室にいられる機会はなかった。

「……うん。……うん」

王子は小柄な黒髪の織師をよほど信頼しているらしく、さきほどから口を出す気配はない。落ち着き払った表情のまま、彼女が淡々とした調子で語るその内容に耳を傾けては、時折小さくうなずくだけだ。その所作のひとつひとつにどこか色気が漂うようで、オレは知らず知らずのうちに惹きこまれてしまっている。

「続けて」

王子の反応を見るためだろうか、ウィウィは時折不自然なほどぱったりと言葉を途切れさせた。その都度、王子は殊更優しくこう声をかける。彼女は人と接することをあまり好まないのか、苦手なのか、たおやかな王子のそばにいるには少々社交性に欠けた。そのことを陰で指摘する者も多いが、当の王子はまるで気にしていない様子だ。

「イグナツも滑稽だと思うだろう? この貧相な顔と体格じゃ、あの華美な衣装を着こなせる日など永遠に訪れないよ」

貧相な顔? どこが? そう本気で切り返したいのをぐっと堪え、慎重に言葉を選ぶ。

「服飾のことは私には……。ただ、セオドール様は華奢でいらっしゃるので……」

「やはり似合わないということだろう? あぁ、いいんだ。わたし自身がよくわかっていることだから。……毎年憂鬱だったんだよ。あのギラギラした衣装をまた身に纏わなくてはならないのかと思うと……。ヴィルヘイム兄様はとてもよくお似合いなのに、どうしたことだろう。情けないよね、まったく」

オレに反論の隙を与えないまま、王子は困ったように眉を下げた。しかし悲壮感は皆無だ。

「お言葉のわりに、随分とご機嫌がよろしいようですが」

疑問がついそのまま口から出てしまった。王子は特に気を害する様子もなく、片手で口元を隠して艶やかに微笑む。

「ふふ、わかるかい? 実は、長年の憂鬱が今年で解消されそうでね」

その視線が、相変わらずニコリともせず王子を見あげているウィウィを捉えた。

「今年は彼女に一任したんだ。その図案をこれから見せてもらうというわけ」

ウキウキとした調子で律儀に説明をくれたのち、王子は不愛想な織師の言葉に熱心に耳を傾け始めたのだった。

それにしても、彼はよほどこの織師を信頼しているらしい。言葉少ないやり取りでもそれがわかる。愛する王子のしなやかな所作のひとつひとつに胸躍らせながらも、オレはひたひたと嫉妬心が膨れ上がっていくのを実感せざるを得なかった。王子は女を好まないだの男として不能だの、さまざまな憶測がささやかれているひとだ。事実、王子が女に現を抜かす場面などついぞ見たことがない。だから、このふたりほどの間柄でさえ、甘い関係を疑うものではないのだとは察しがついている。けれども、それとこれとは話が別だ。王子の懐に入り込めるすべての存在を憎らしく思うこの卑しい気持ちに、抗える術などないのだから。

「……やはり君に任せて間違いはなかった。素晴らしいよ、ウィウィ」

やがて、図案の端から端までを丹念に見終わった王子は噛みしめるようにそうこぼした。僅かに緩んだように見えなくもない汲み取りづらい表情で、ウィウィが恭しくスカートの端を持ちあげる。

「もったいないお言葉にございます」

「いつまでもそこに突っ立っていないで、イグナツもおいで。これならわたしでも、おかしくない程度には着こなせそうな気がするんだ」

「セオドール様、しかし」

「気にすることはないよ。ティモだったらとっくの昔に首を突っ込んでいろいろ意見していただろうし。代理で来てくれたなら、ぜひイグナツにも同じことを要求したい。せっかく同じ空間にいるのだから。……駄目かい?」

「……いえ」

不満を見透かされたようなタイミングだった。一瞬にしてカラカラに渇いた喉が僅かに鳴る。オレは頭を垂れると、招かれるままに歩を進めた。

「私でお役に立てるかわかり兼ねますが」

「君の忌憚ない意見を聞きたいだけだよ」

見せられた図案に、オレは思わず息を飲む。

ウィウィという織師の才能を見初めた王子の目と、彼女のデザイナーとしての実力。そのどちらにも間違いはなかったのだと肌で実感する。ふたりは出会うべくして出会ったのだ。悔しいかな、そう思わずにはいられない。

彼女の描いた図案は、まさしくセオドール王子にしか着こなせないものだった。豪奢な衣装を好まない王子の希望に見合っているし、男らしさからは対極にある雰囲気であるものの、とにかく品がある。はやく実際の姿をこの目に焼き付けたい。心に刻み込みたい。

「……さぞお似合いになられるでしょうね」

王子が「そうだろうか」とはにかむように微笑むと、ウィウィは「当然でございます」と珍しく声を張って即答した。

□■□

式典当日。

きらびやかな衣装をまとった賓客らに紛れ込むようにして、オレは決められた任務に当たっている。

ウィウィの仕立てた衣装はやはり完璧だった。

照りつけるほどまばゆい衣装に身を包んだ第一王子が登場した際もそれなりに場は湧いたが、続いて現れた第二王子の姿に、会場内の空気は一瞬で変わった。静かに大きな感嘆の波が押し寄せたのを、王子自身は果たして気づいていたのだろうか。

断言してもいい。王子の姿はこの場にいる誰よりも尊く、優雅で、美しい。

華美な黄金ではなく、清楚な純白を基調にした衣装。しかし地味というわけでは決してなく、布地には目を見張るほど繊細な刺繍が所狭しとちりばめられている。やや大ぶりの耳飾りに、控えめな細身の首飾り。植物をモチーフにした優美なブレスレットは、指から手の甲を覆う形状になっていて目を惹く。そして注目すべきは、そのかたちのいい頭にまで装飾が施されているということ。帽子やターバンではなく細い鎖状の装飾が、夜空のように艶やかな頭髪の上でキラキラと瞬いているのだ。男性が髪に装飾を施すなど、前代未聞ではないだろうか。それほどの偉業を、王子とウィウィはさらりとやってのけたのであった。

総じてみるとまるで女性がするような装いではあるけれども、決して女性に見劣りしない。むしろ、ほかの男には決して真似できないセオドール王子特有の儚さや憂いのようなものを、十二分に惹きたてている。

「見惚れるだけでなく、きちんと役割を果たせよ」

今朝のことだ。点呼の際、ティモにそう耳打ちされたことを唐突に思い出した。

ティモはあのときすでに知っていたのだろう。王子が実際に着用する衣装の全貌を。そう考えると、結局先を越されたようで悔しいけれど、今日はあの男と組んで警護に当たることが決まっている。嫉妬に焼かれるのは、せめてこの会が終わってからにするべきだろう。

それに。

今日は、オレのほうが王子に近いという自負がある。身体の距離はあれど、つながっていることがある。

記念式典では王族貴族だけでなく、その場に集まるすべての者が多少なりとも着飾り、祝いの気持ちを表さなければならない。オレたち兵士は緊急時に備えて基本的にいつもの格好と変わらないけれども、戦闘に支障がない程度の装飾品の着用と、

顔の肌に直接色を入れ装飾の代わりとする習わしがあった。多くの兵士がアイネスベルンの紋章を描く。去年まではオレもそうしていたが、今年は一味違うのだ。専用の絵師に頼み、仕上がりも上々である。

地味な優越感に浸りながら、オレはやや離れた位置から王子の周辺に目を光らせる。

「記念式典は一番狙われやすい。気を抜くな」

今朝のティモの言葉だ。

狙われやすい、の主語はこの場合、王子の「命」ではない。「貞操」である。

王子はいま、複数の女性に囲まれていた。ふいに、そこにするりと入り込む男の姿があった。あれは隣国の大臣の息子だ。長い銀髪を後ろに結わえ、明らかに邪心のある目つきで王子を見つめている。

圧が強いのか、周りにいた女性たちがわらわらと笑顔のまま引き下がっていく。ティモはどうした。「狙われている」、その真っ最中に違いないのに、そこにいるはずのティモの姿がない。王子はやや困った様子で眉を下げ、それでも微笑んで対応している。

素早く周囲に視線を走らせながら近づいていく。……いた。ティモは、あろうことか壇上に鎮座する国王と話をしていた。いつも王子に張りついているティモが自ら離れることはまずありえない。呼ばれたのだ。いったい、いつの間に。

見惚れるだけでなく、きちんと役割を果たせよ。

「……くそっ」

失態を悔やむのはあとだ。まずは早急にあの輩を引き離さなくては。

「ねえ、お待ちになって」

唐突に腕を掴まれた。

いつもなら気配を察して躱すことができたはずだが、集中しすぎて自分の周りが見えていなかった。

「なんでしょう」

笑顔を貼りつけて振り返ると、相手は他国の女性だった。ポッとわかりやすく頬を染めている。

「さっきから貴方のこと、すてきだと思ってずっと見ていたの。そのフェイスペイント、ご自分で? とても上品な仕上がりだわ。あなたによくお似合いよ」

「……それはどうも」

笑みを湛えたまま返答すると、彼女はコロコロと嬉しそうに笑った。同じ台詞を王子からかけられたなら別だが、ほかの人間からかけられる言葉など、心底どうでもいい。それよりもはやく王子のもとへ。焦りと闘いながら素早く背後を確認し、そして一気に血の気が引いた。

王子がいない。あの男もだ。

任務があるからと口早に断りを入れ、オレは今度こそ誰にもひっかからないよう、気配を消して王子を探した。さきほどまで王子がいた場所から、四方八方を見渡す。国王のそばにいるティモが笑っているのが見える。やつはやつで、オレがきちんと役割を果たしていると思い込んでいるのかもしれない。王子はいない。この会場のどこにも。

慌てて一番近くの出口に向かい、飛び出す。廊下に一歩出たとたん、重苦しい人いきれからスッと解放されるのを感じた。これで息がしやすい。気配を見つけやすくなる。

相手は他国の男だ。この城の構造をよく知る相手ではないのが不幸中の幸い。遠くにはいけないだろう。

案の定、王子の姿はすぐに見つかった。ほかの警備の者には緊急事態だと思われない組み合わせなのだろう、やすやすと賓客の控室まで連れ込まれそうになっている。友好関係を装うためか、はたまた逃がさないためか、男の腕は王子の肩に回っていた。

「セオドール様……!」

声に振り向いた王子は明らかに困惑の表情を浮かべている。対する銀髪の男は、汚いものでも見るような目でオレを見下ろしてきた。

「息を切らせて、なんだね君は。邪魔をしないでくれたまえ」

「その手をお離しくださいませ、いますぐに」

殴り飛ばしたいのをぐっと堪え、声のトーンを抑えてそれだけ言った。王子の視線が不安げにオレとやつとの間を行き来する。

「無礼だな。君には関係ないだろう。僕と彼はこれから大切な」

「お父上がどうなってもよろしいと?」

どこの誰の倅かはわかっている。低く被せた直後、男はその間抜けな口をぎゅ、と悔し気に引き結んだ。

「……僕はなにもしていないからな」

言い置くと、逃げるように走り去っていく。

「セオドール様」

やや咎める調子になってしまったのに気づいたのだろう、彼はしゅんと眉を下げ、上目遣いでオレを見やる。

「もっと深い歴史の話をしようと誘われただけなんだけど……」

「歴史の話なら広間でもできます。尻尾を撒いて逃げていったのがいい証拠ですよ」

「……煩わせてすまない」

素直に謝られるとこちらがいじめているような気持ちになってしまう。オレは慌てて両手を挙げた。

「いえ。……私もすぐに止めることができなかったので」

「じゃあ、今回はおあいこってことにしておいて」

「……ええ」

目が合うと、どちらからともなく笑いが漏れる。王子もホッとしたのだろう。いつも控えめに微笑むことが多いのに、珍しくその口元を隠すことをしなかった。その無邪気すぎる笑顔に、否応なしに惹きこまれる。開いた口元から白い歯がこぼれているのが、なんともかわいらしい。

「……あ。イグナツ。それ、もしかして」

オレの頬を見やりながら、王子が弾んだ調子で問う。これほどはやく見破られるとは思わなくて、オレは即座に返答することができなかった。

「……あ、あの図案がとても……印象に残って……」

しどろもどろになってしまう。かっこ悪いったらない。

「ふふ。お揃いだね」

まるでとっておきの秘密を見せるように、王子がその左手を僅かにひらつかせた。甲に伝う蔦が僅かにゆらめく。無防備なその手を取りたいのを堪え、オレは前方を見やった。ティモが足早にこちらへ向かってきているのだ。

「殿下……!」

顔を突き合せたら、ふたりはすぐにでもオレを忘れて話を始めるかもしれない。ティモのやつは、不用心な王子を嘆くだろう。気安い口振りで。けれども、いまだけは許してやらないこともない。

過剰に熱を帯びる素肌を冷ますように、頬の彩に触れる。鼓動がはちきれんばかりに高鳴っているのがわかる。緩みそうになる口元に気づかれないよう、そっと目を伏せた。












【Nicoより】
にじいろたまご様、この度もとっても素敵な物語をありがとうございました!
掲載許可もいただけて、大変光栄です。
にじいろたまご様の書かれるセオドール様の描写が美しくて、本当に大好きです…!イグナツさんが見惚れるのも納得!
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