いただいたお話
有償依頼で、にじいろたまご様(Xアカウント→@ark_sky_rain)にご執筆いただいたお話です!
前作からの続きとなっています。
当方が提示した大まかなプロットから、大変素敵な物語をご制作いただきました!
※当サイトでの掲載許可はいただいております。
※無断転載等の行為はご遠慮ください。
【主な登場人物】
・セオドール王子
・イグナツ副隊長
・王子の側近ティモ
【注意】
・性的描写、無理やり表現等が含まれています。苦手な方はご注意ください。
オレの見る世界は薄暗く淀んでいる。
生まれた家が悪かったのだ。そう言ってしまえばひとことで収まるようなことかもしれない。しかしオレは自分を諦めたくはなかった。父のような堕落した大人になど絶対になりたくない。地位も名声も己の力で着実に手に入れてやるのだと意気込んでいた。
だが実際はどうだ。
「イグナツ」
その麗しい声に、ハッと我に返った。
今日の任務を早々に解かれてなおこの城に留まったのにはわけがある。中庭のこの場所は低木に囲まれてはいるものの、座り込んでいたとて死角にはならず全景を見渡せる場所がひとつだけあるのだ。それは、第二王子専属の近衛であるオレだからこそ熟知している事実。……狙いどおりだ。
さも予想外だという顔をして、オレは視線をあげる。晴れ渡った空は憎たらしいばかりだが、そのお陰でこの人の影が自分に落ちているのだと考えるだけでゾクゾクした。背後に控える男さえどこかに追いやってしまえたら完璧なのだが。
「……セオドール様」
自分に声を掛けるためだけにこちらへ降りてきてくれたのだろうか。その瞳が僅かに潤んでいるように見えて、オレは彼の慈悲深さに安堵した。
「君の体調が優れないと聞いた。まだここにいたんだね」
「……我が家に戻るのが……苦しくて」
途切れ途切れにそう告げると、彼は緩やかに眉を下げた。
「食事はとれているのかい、イグナツ?」
「……セオドール様」
「なんだい」
「ふたりだけで、お話できませんか……?」
見あげた彼の背後からは光が差し込み、その柔らかな毛束をちらちらと輝かせている。オレの世界はもうずっと濁っているくせに、彼の周りだけ色が変わって見えるのはなぜだろう。死を意識したいまでも、その光が変わらないのはなぜだろう。
「いいとも」
「殿下……!」
快諾してくれた王子の声に被るようにして、側近のティモが割り込んできた。
「なりません、この男は」
「心配ないよ、ティモ」
図体の大きな男を穏やかに制し、王子はゆっくりとこちらに視線を戻す。
「彼のことは信頼しているんだ」
その瞳が一瞬だけ強く凄みを持ってきらめいた気がして、オレは思わず息を飲んだ。彼が……忘れると言ったはずの彼が、これまでオレに対する不安や嫌悪をおくびにも出さなかった彼が、少なからず深層ではあの日のことを意識してくれている、そう気づいたから。
「わたしの部屋においで、イグナツ。ティモ。少しの間ふたりきりにしてくれ。人払いを頼むよ」
「……仰せのままに」
悔しさを押し隠すようなティモの顔面に唾を吐きかけて嗤ってやりたいのをぐっと堪え、オレはただ静かに目を伏せた。
□■□
「わたしだってお茶くらい淹れられるんだよ」
おどけた様子でそう告げて、王子は手ずからオレをもてなすためのお茶を用意してくれている。オレはその背中を舐めるように見つめながら、懐の薬袋をそっと取り出した。
「……弟は、馬車に轢かれて呆気なく逝ってしまいました。あの日……彼は、母のために練り香を仕入れに出かけていたようで」
「練り香……?」
こちらを見ることなく、そのあたたかな声だけが届いてくる。
「なんでも、嗅ぐと心が落ち着くらしいのです。……使ってみても?」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
難なく了承を貰えたことに安堵しながら、テーブルの中央に置かれていた燭台を利用して香を焚く。王子の席の近くに寄せるように置くと、ゆらゆらと煙がくゆり始めた。
「さあ、どうぞ」
時間差で、王子が茶を用意して持ってきてくれた。
「……いただきます」
紅茶の味は正直わからなかった。それなりに緊張しているらしい。曖昧に適当な感想を述べると、それでも王子は嬉しそうに頬を染めた。
香は静かに、だが着実に満ち始めている。
「不思議な香りがするね。僅かに甘いのだろうか。……母君はこの香を常用されていたのかい?」
「この香りは初めてかもしれません。母は心を病んでおりましたから……弟は少しでも穏やかにと、藁にも縋る思いでこれを求めたのでしょう」
「……そうか」
絞り出すように相槌を落とすと、王子は僅かの間を置いて、オレを正面から見つめた。
「イグナツ。つらいなら無理に話をすることはないよ。ただともにお茶を飲むだけでも少しは」
「いえ、セオドール様。……私が、貴方とお話がしたいのです」
「……君が望むのなら」
真摯な目をしている。根が健やかに育った証だ。世を憂いているようにみえて誰にでも優しいそのまっすぐな人となりは、愛されて生きてこなければ形成し得ないものなのだろう。……オレからは一番縁遠いものが、一番手に入れたいものだなんて。滑稽もいいところだ。
「弟が急逝し、母は大層落ち込んでおりましたが……まさか自ら死を選ぶなどとは。……母が弟を追いかけたのは、見抜けなかった私の責任です」
「そんなことあるはずがない。人の心など、たとえ肉親であっても……わかる、もの……では、…………」
勢いよく反論を紡ぐかと思われたその口は、音を失ったままぱくぱくと数回動いた。縋るようにこちらを見つめる瞼はとろんと落ちてきていて、いまにも閉じきってしまいそうだ。
「セオドール様……?」
「あ……すま……ない、……なん、だか……あた、ま、が…………」
ことり、と糸が切れたように王子は眠りに落ちた。
ずるずると椅子から落ちていくのを支え、そのまま胸にかき抱く。抱きしめたその瞬間、愛おしさで身が焼き切れそうになった。繊細な髪。柔らかな唇の感触も、まだ鮮明に覚えている。忘れられるはずがない。
「……ふ、……ふふ……」
小さく漏れ出すわらいを必死で押しとどめ、オレは王子の身体を慎重に寝台へと運んだ。王族にも近衛にも薬の耐性がある。だがそれは敵が攻めてきた場合を想定しての耐性だ。オレが用いたのは、眠り薬という名目では出回っていない民間の薬草。オレには効かないそれも、王子には効果があったようだ。
力を失った両手首を頭の上にやり、天蓋の柱に縛りつける。重そうな上衣の前を開けると、裾を脇に払った。それから慎重に胸元をはだけさせる。指が勝手に震えて僅か手間取ってしまう。高揚が止まらないのだ。
「……美しい……」
現れた肢体は「鍛えているが争いは好まない」という彼の言葉を体現するかのように、筋肉質ではあるものの線が細く、随分と華奢に見えた。日差しから守られている肌は透けるように白く、胸元のふたつの薄桃色が殊更強調されるようだった。
満を持して、彼の上に馬乗りになる。真上から見つめていると、自然と薄桃色の突起に唇が引き寄せられていった。優しく食むように味わってから、舌先を触れる。吸いあげて甘噛みをしてみると、眠っている王子が僅かに震えた。
「んっ……」
お構いなしにもう片方も愛撫する。指先でつついたり擦ったりしていると、芯がたちあがっていくのがわかった。
「……ん……。あっ…………な、……なにを……」
ミシ、と一際大きく寝台が揺れる。眠り王子のお目覚めだ。視線をやると、驚愕を隠しもせずにオレを凝視しているふたつの目とかち合った。
「イグナツ……? や、やめ」
騒ごうとした王子の唇を唇で塞ぐ。もう二度と触れられないと思っていた麗しい唇。これまで口づけてきた誰のものよりも品があって柔らかで、どことなく甘い味がする。いや、甘く感じるのはあの香のせいだろうか。
「んんっ……」
きつく閉じられた入り口をこじ開け、舌を差し入れた。もがくように抵抗する彼の舌を追いかけ、吸いあげる。もう容赦などしない。
長い接吻のあとようやく唇を離すと、彼は頬を真っ赤に染めて肩で呼吸をしていた。濡れた唇の、なんと麗しいことか。
「誘うのがお上手ですね、セオドール様?」
「なっ……イグナツ、頼むから落ち着いてくれっ……。君のかなしみが大きいのはわかる。しかし、こんなことをしても何の解決にも」
「オレが殺した」
「…………え?」
惚けたように見あげてくる彼が愛おしくて、その頬にてのひらを寄せた。さり、と僅かに生やされた髭が指先に当たる。
「母はオレが殺したんですよ。おまえが代わりに死ねばよかったなどとほざくものだから……ひと思いに首を刎ねてやった」
「なっ……!」
「オレはあの女にとっていらない息子だった……昔から。……今ごろ愛するセレムのそばに行けて幸せでしょうよ。オレは感謝されてしかるべきだ」
「……イグナツ……君は……っ……」
「憐れむ余裕がおありですか? いまからオレに犯されるというのに?」
ひきつった小さな悲鳴をあげて、王子は手首の拘束を外そうと必死になる。けれど無駄だ。日頃鍛錬をしている近衛のオレが渾身の力で結んだものを、この王子の細腕で解けるわけがない。
「愛しています、セオドール様」
「あ、いや、いやだ、放せ……」
「放すわけないでしょう。貴方はオレのものだ」
ぷくりと膨らんだ突起に指を這わせると、竦んだ身体は魚のように跳ねた。
「や、やめろ……こんなっ……力ずくでなんて」
「力ずくで手に入れてなにが悪い?」
顔を近づけて、唇と唇が触れるすれすれの距離でささやく。そのまま舐めあげると、王子はいやいやとかわいらしい抵抗を示した。
「オレはこの生き方しか知らない。これしかないんだ。……清らかな貴方には到底理解できないのでしょうね」
首筋を強く吸い、耳の後ろに舌を這わせる。
「ひっ……や……」
抗う姿まで愛おしさを感じてしまうけれど、蹴り飛ばされては厄介だ。オレは改めて体重をかけると、すでにかたくなっている性器を押しつけるようにして動いた。お互い布に守られたもの同士が擦れあう。
彼はうわ言のように「やめてくれ」をくり返している。だがそんなのはかたちだけだ。王子という肩書を外してしまえば、オレに勝てるわけがない。いくら上位存在のようにふるまおうとも、一振りで呆気なく事切れてしまった母のように。
「セオドール様。そろそろおとなしくなさったらどうです?」
「誰がっ……」
「貴方に突っ込みたいんだ。これを」
ひときわ強く股間を擦りつける。さすがの彼も身体は一応機能しているのだろう、徐々に芯を帯びてきたのがわかって、歓喜のあまり思わず達してしまいそうになった。
「あぁ……セオドール様も……いいんでしょう? これが」
「うっ……や、やめ……」
「もっと、と言って」
「い、いやだ……あっ……」
「セオドール様……」
腰の動きを止めないまま素肌に舌を這わせると、そのたびに彼は過剰に反応し、非力な抵抗をくり返した。そのしぐさのどれもが魅惑的で、煽情的で……彼はいやだと言いながら、その実オレに暴かれることを真に望んでいるに違いない。そう確信する。
「ああ……かわいらしい……セオドール様……」
僅かに芯を持った彼の中心を布の上から握ってやる。すべてをかわいがりたい。彼のすべてを愛したい。この光の中で生を終えたい。
「や、やめ、ろっ……! ……ティモ! ティモ……!!」
それまでかすれた声を漏らすだけだった彼が、唐突に大声を出した。
瞬間。
「殿下!」
轟音を立てて寝室の扉が開け放たれた。ティモだ。開かないよう細工をしておいたはずなのに、易々と暴きやがったか。
「くそっ……!」
咄嗟に王子の細腰に抱きついたものの、オレはやってきた剛腕により引き離され、呆気なく縛りあげられてしまった。
「来い!」
「やめろ放せ! ……セオドール様! セオドール様! セオドール様……! 愛しています……! 貴方を愛してるんだ…………!」
彼の憐みに満ちた双眸が、愛しい人の姿が、遠く水泡のなかに霞んでゆく。
□■□
オレは地下牢に拘束された。幾日経ったか、やってきたティモは淡々と告げる。
「殿下はお前の断罪を望んでおられない。お前は一生、ここで床の染みの数を数えて暮らすのだな。……憐れな男よ」
「はあ⁉」
耳を疑った。断罪を望まないだと⁉ オレはこんなにも死を望んでいるのに⁉
「待ってくれ! 殺してくれ! オレをいますぐ殺してくれ!」
叫ぶたびに、オレを縛る鎖の音がジャラジャラと牢に響いた。ティモは冷淡な表情でオレを見下ろし、小さく首を振る。
「命ある限り、自らの罪を恥じて生きろ」
「頼む、殺してくれ……殺してくれよぉ…………」
涙ながらに訴えてもティモは頑として揺るがず、無言のまま出て行ってしまう。
「あぁ…………嘘だ…………そんな…………」
どこだ? どこで間違った? なにが悪かったのだ。あの血の海の中、母の首を抱いてオレも死ぬべきだったとでもいうのか。オレはこんなにも……こんなにも懸命に生きてきたのに。ただ最後にあの人を愛したかっただけなのに。あの燦然と輝く光の中で果てたい、そう望んだだけなのに。
「は……はは…………ははははは…………」
ふつふつと笑いが込みあげる。なにかに突き動かされるように。己の意思は、どこにあるべきなのか。
「はははははは! はははははははははははははははは……!」
□■□
薄暗い地下牢に、笑い声が響き渡る。
どこか遠くで、知らない男が笑っているのだろう。
了
【Nicoより】
にじいろたまご様、引き続き素晴らしい物語をありがとうございました!
掲載許可をいただけて光栄です。
セオドール王子が可哀想なのは勿論なのですが、イグナツの身の上と彼の悲劇的な結末もとても哀れで…。
でも、この狂気的な最後がたまらなく絶望的で美しくて、大好きです。
この度もありがとうございました…!!
前作からの続きとなっています。
当方が提示した大まかなプロットから、大変素敵な物語をご制作いただきました!
※当サイトでの掲載許可はいただいております。
※無断転載等の行為はご遠慮ください。
【主な登場人物】
・セオドール王子
・イグナツ副隊長
・王子の側近ティモ
【注意】
・性的描写、無理やり表現等が含まれています。苦手な方はご注意ください。
オレの見る世界は薄暗く淀んでいる。
生まれた家が悪かったのだ。そう言ってしまえばひとことで収まるようなことかもしれない。しかしオレは自分を諦めたくはなかった。父のような堕落した大人になど絶対になりたくない。地位も名声も己の力で着実に手に入れてやるのだと意気込んでいた。
だが実際はどうだ。
「イグナツ」
その麗しい声に、ハッと我に返った。
今日の任務を早々に解かれてなおこの城に留まったのにはわけがある。中庭のこの場所は低木に囲まれてはいるものの、座り込んでいたとて死角にはならず全景を見渡せる場所がひとつだけあるのだ。それは、第二王子専属の近衛であるオレだからこそ熟知している事実。……狙いどおりだ。
さも予想外だという顔をして、オレは視線をあげる。晴れ渡った空は憎たらしいばかりだが、そのお陰でこの人の影が自分に落ちているのだと考えるだけでゾクゾクした。背後に控える男さえどこかに追いやってしまえたら完璧なのだが。
「……セオドール様」
自分に声を掛けるためだけにこちらへ降りてきてくれたのだろうか。その瞳が僅かに潤んでいるように見えて、オレは彼の慈悲深さに安堵した。
「君の体調が優れないと聞いた。まだここにいたんだね」
「……我が家に戻るのが……苦しくて」
途切れ途切れにそう告げると、彼は緩やかに眉を下げた。
「食事はとれているのかい、イグナツ?」
「……セオドール様」
「なんだい」
「ふたりだけで、お話できませんか……?」
見あげた彼の背後からは光が差し込み、その柔らかな毛束をちらちらと輝かせている。オレの世界はもうずっと濁っているくせに、彼の周りだけ色が変わって見えるのはなぜだろう。死を意識したいまでも、その光が変わらないのはなぜだろう。
「いいとも」
「殿下……!」
快諾してくれた王子の声に被るようにして、側近のティモが割り込んできた。
「なりません、この男は」
「心配ないよ、ティモ」
図体の大きな男を穏やかに制し、王子はゆっくりとこちらに視線を戻す。
「彼のことは信頼しているんだ」
その瞳が一瞬だけ強く凄みを持ってきらめいた気がして、オレは思わず息を飲んだ。彼が……忘れると言ったはずの彼が、これまでオレに対する不安や嫌悪をおくびにも出さなかった彼が、少なからず深層ではあの日のことを意識してくれている、そう気づいたから。
「わたしの部屋においで、イグナツ。ティモ。少しの間ふたりきりにしてくれ。人払いを頼むよ」
「……仰せのままに」
悔しさを押し隠すようなティモの顔面に唾を吐きかけて嗤ってやりたいのをぐっと堪え、オレはただ静かに目を伏せた。
□■□
「わたしだってお茶くらい淹れられるんだよ」
おどけた様子でそう告げて、王子は手ずからオレをもてなすためのお茶を用意してくれている。オレはその背中を舐めるように見つめながら、懐の薬袋をそっと取り出した。
「……弟は、馬車に轢かれて呆気なく逝ってしまいました。あの日……彼は、母のために練り香を仕入れに出かけていたようで」
「練り香……?」
こちらを見ることなく、そのあたたかな声だけが届いてくる。
「なんでも、嗅ぐと心が落ち着くらしいのです。……使ってみても?」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
難なく了承を貰えたことに安堵しながら、テーブルの中央に置かれていた燭台を利用して香を焚く。王子の席の近くに寄せるように置くと、ゆらゆらと煙がくゆり始めた。
「さあ、どうぞ」
時間差で、王子が茶を用意して持ってきてくれた。
「……いただきます」
紅茶の味は正直わからなかった。それなりに緊張しているらしい。曖昧に適当な感想を述べると、それでも王子は嬉しそうに頬を染めた。
香は静かに、だが着実に満ち始めている。
「不思議な香りがするね。僅かに甘いのだろうか。……母君はこの香を常用されていたのかい?」
「この香りは初めてかもしれません。母は心を病んでおりましたから……弟は少しでも穏やかにと、藁にも縋る思いでこれを求めたのでしょう」
「……そうか」
絞り出すように相槌を落とすと、王子は僅かの間を置いて、オレを正面から見つめた。
「イグナツ。つらいなら無理に話をすることはないよ。ただともにお茶を飲むだけでも少しは」
「いえ、セオドール様。……私が、貴方とお話がしたいのです」
「……君が望むのなら」
真摯な目をしている。根が健やかに育った証だ。世を憂いているようにみえて誰にでも優しいそのまっすぐな人となりは、愛されて生きてこなければ形成し得ないものなのだろう。……オレからは一番縁遠いものが、一番手に入れたいものだなんて。滑稽もいいところだ。
「弟が急逝し、母は大層落ち込んでおりましたが……まさか自ら死を選ぶなどとは。……母が弟を追いかけたのは、見抜けなかった私の責任です」
「そんなことあるはずがない。人の心など、たとえ肉親であっても……わかる、もの……では、…………」
勢いよく反論を紡ぐかと思われたその口は、音を失ったままぱくぱくと数回動いた。縋るようにこちらを見つめる瞼はとろんと落ちてきていて、いまにも閉じきってしまいそうだ。
「セオドール様……?」
「あ……すま……ない、……なん、だか……あた、ま、が…………」
ことり、と糸が切れたように王子は眠りに落ちた。
ずるずると椅子から落ちていくのを支え、そのまま胸にかき抱く。抱きしめたその瞬間、愛おしさで身が焼き切れそうになった。繊細な髪。柔らかな唇の感触も、まだ鮮明に覚えている。忘れられるはずがない。
「……ふ、……ふふ……」
小さく漏れ出すわらいを必死で押しとどめ、オレは王子の身体を慎重に寝台へと運んだ。王族にも近衛にも薬の耐性がある。だがそれは敵が攻めてきた場合を想定しての耐性だ。オレが用いたのは、眠り薬という名目では出回っていない民間の薬草。オレには効かないそれも、王子には効果があったようだ。
力を失った両手首を頭の上にやり、天蓋の柱に縛りつける。重そうな上衣の前を開けると、裾を脇に払った。それから慎重に胸元をはだけさせる。指が勝手に震えて僅か手間取ってしまう。高揚が止まらないのだ。
「……美しい……」
現れた肢体は「鍛えているが争いは好まない」という彼の言葉を体現するかのように、筋肉質ではあるものの線が細く、随分と華奢に見えた。日差しから守られている肌は透けるように白く、胸元のふたつの薄桃色が殊更強調されるようだった。
満を持して、彼の上に馬乗りになる。真上から見つめていると、自然と薄桃色の突起に唇が引き寄せられていった。優しく食むように味わってから、舌先を触れる。吸いあげて甘噛みをしてみると、眠っている王子が僅かに震えた。
「んっ……」
お構いなしにもう片方も愛撫する。指先でつついたり擦ったりしていると、芯がたちあがっていくのがわかった。
「……ん……。あっ…………な、……なにを……」
ミシ、と一際大きく寝台が揺れる。眠り王子のお目覚めだ。視線をやると、驚愕を隠しもせずにオレを凝視しているふたつの目とかち合った。
「イグナツ……? や、やめ」
騒ごうとした王子の唇を唇で塞ぐ。もう二度と触れられないと思っていた麗しい唇。これまで口づけてきた誰のものよりも品があって柔らかで、どことなく甘い味がする。いや、甘く感じるのはあの香のせいだろうか。
「んんっ……」
きつく閉じられた入り口をこじ開け、舌を差し入れた。もがくように抵抗する彼の舌を追いかけ、吸いあげる。もう容赦などしない。
長い接吻のあとようやく唇を離すと、彼は頬を真っ赤に染めて肩で呼吸をしていた。濡れた唇の、なんと麗しいことか。
「誘うのがお上手ですね、セオドール様?」
「なっ……イグナツ、頼むから落ち着いてくれっ……。君のかなしみが大きいのはわかる。しかし、こんなことをしても何の解決にも」
「オレが殺した」
「…………え?」
惚けたように見あげてくる彼が愛おしくて、その頬にてのひらを寄せた。さり、と僅かに生やされた髭が指先に当たる。
「母はオレが殺したんですよ。おまえが代わりに死ねばよかったなどとほざくものだから……ひと思いに首を刎ねてやった」
「なっ……!」
「オレはあの女にとっていらない息子だった……昔から。……今ごろ愛するセレムのそばに行けて幸せでしょうよ。オレは感謝されてしかるべきだ」
「……イグナツ……君は……っ……」
「憐れむ余裕がおありですか? いまからオレに犯されるというのに?」
ひきつった小さな悲鳴をあげて、王子は手首の拘束を外そうと必死になる。けれど無駄だ。日頃鍛錬をしている近衛のオレが渾身の力で結んだものを、この王子の細腕で解けるわけがない。
「愛しています、セオドール様」
「あ、いや、いやだ、放せ……」
「放すわけないでしょう。貴方はオレのものだ」
ぷくりと膨らんだ突起に指を這わせると、竦んだ身体は魚のように跳ねた。
「や、やめろ……こんなっ……力ずくでなんて」
「力ずくで手に入れてなにが悪い?」
顔を近づけて、唇と唇が触れるすれすれの距離でささやく。そのまま舐めあげると、王子はいやいやとかわいらしい抵抗を示した。
「オレはこの生き方しか知らない。これしかないんだ。……清らかな貴方には到底理解できないのでしょうね」
首筋を強く吸い、耳の後ろに舌を這わせる。
「ひっ……や……」
抗う姿まで愛おしさを感じてしまうけれど、蹴り飛ばされては厄介だ。オレは改めて体重をかけると、すでにかたくなっている性器を押しつけるようにして動いた。お互い布に守られたもの同士が擦れあう。
彼はうわ言のように「やめてくれ」をくり返している。だがそんなのはかたちだけだ。王子という肩書を外してしまえば、オレに勝てるわけがない。いくら上位存在のようにふるまおうとも、一振りで呆気なく事切れてしまった母のように。
「セオドール様。そろそろおとなしくなさったらどうです?」
「誰がっ……」
「貴方に突っ込みたいんだ。これを」
ひときわ強く股間を擦りつける。さすがの彼も身体は一応機能しているのだろう、徐々に芯を帯びてきたのがわかって、歓喜のあまり思わず達してしまいそうになった。
「あぁ……セオドール様も……いいんでしょう? これが」
「うっ……や、やめ……」
「もっと、と言って」
「い、いやだ……あっ……」
「セオドール様……」
腰の動きを止めないまま素肌に舌を這わせると、そのたびに彼は過剰に反応し、非力な抵抗をくり返した。そのしぐさのどれもが魅惑的で、煽情的で……彼はいやだと言いながら、その実オレに暴かれることを真に望んでいるに違いない。そう確信する。
「ああ……かわいらしい……セオドール様……」
僅かに芯を持った彼の中心を布の上から握ってやる。すべてをかわいがりたい。彼のすべてを愛したい。この光の中で生を終えたい。
「や、やめ、ろっ……! ……ティモ! ティモ……!!」
それまでかすれた声を漏らすだけだった彼が、唐突に大声を出した。
瞬間。
「殿下!」
轟音を立てて寝室の扉が開け放たれた。ティモだ。開かないよう細工をしておいたはずなのに、易々と暴きやがったか。
「くそっ……!」
咄嗟に王子の細腰に抱きついたものの、オレはやってきた剛腕により引き離され、呆気なく縛りあげられてしまった。
「来い!」
「やめろ放せ! ……セオドール様! セオドール様! セオドール様……! 愛しています……! 貴方を愛してるんだ…………!」
彼の憐みに満ちた双眸が、愛しい人の姿が、遠く水泡のなかに霞んでゆく。
□■□
オレは地下牢に拘束された。幾日経ったか、やってきたティモは淡々と告げる。
「殿下はお前の断罪を望んでおられない。お前は一生、ここで床の染みの数を数えて暮らすのだな。……憐れな男よ」
「はあ⁉」
耳を疑った。断罪を望まないだと⁉ オレはこんなにも死を望んでいるのに⁉
「待ってくれ! 殺してくれ! オレをいますぐ殺してくれ!」
叫ぶたびに、オレを縛る鎖の音がジャラジャラと牢に響いた。ティモは冷淡な表情でオレを見下ろし、小さく首を振る。
「命ある限り、自らの罪を恥じて生きろ」
「頼む、殺してくれ……殺してくれよぉ…………」
涙ながらに訴えてもティモは頑として揺るがず、無言のまま出て行ってしまう。
「あぁ…………嘘だ…………そんな…………」
どこだ? どこで間違った? なにが悪かったのだ。あの血の海の中、母の首を抱いてオレも死ぬべきだったとでもいうのか。オレはこんなにも……こんなにも懸命に生きてきたのに。ただ最後にあの人を愛したかっただけなのに。あの燦然と輝く光の中で果てたい、そう望んだだけなのに。
「は……はは…………ははははは…………」
ふつふつと笑いが込みあげる。なにかに突き動かされるように。己の意思は、どこにあるべきなのか。
「はははははは! はははははははははははははははは……!」
□■□
薄暗い地下牢に、笑い声が響き渡る。
どこか遠くで、知らない男が笑っているのだろう。
了
【Nicoより】
にじいろたまご様、引き続き素晴らしい物語をありがとうございました!
掲載許可をいただけて光栄です。
セオドール王子が可哀想なのは勿論なのですが、イグナツの身の上と彼の悲劇的な結末もとても哀れで…。
でも、この狂気的な最後がたまらなく絶望的で美しくて、大好きです。
この度もありがとうございました…!!