短編小説

【主な登場人物】
・セオドール王子
・王子の側近ティモ

【注意】
・セクハラシーンなどがございますので、ご注意ください。








『頼もしい親友』



「セオドール様が女性に興味をお持ちでないという話は、本当ですか?」

―また、その質問か。

セオドール王子は、心の中でうんざりしていた。
王宮内で行われるパーティーで、今までに数えきれないほど訊かれた質問だったからだ。
しかし、何度訊かれても、一向にうまく答えられずにいた。

「興味が無いというわけでは……」

王子は曖昧に答え、曖昧に微笑んだ。

そう、女性に興味が無いわけでは、決してない。
彼女たちの話は、自分の知る世界とはまた違っていて、聞いていてとても興味深いものだ。
ただ…こういった訊かれ方をする場合、その「興味」とはすなわち「性的なもの」を意味している。
その意味で答えるのならば― 確かに、セオドールには関心が無かった。
いや、「関心を持てない」と言うのが正しい。

「勿体無いですねぇ。こんなにハンサムで、背も高くて、スタイルの良い御方が」

「はは……、それはどうも」

勿体無い、か……。これは、果たして本当に褒め言葉だろうか?

自分が「男として役立たず」と陰で嗤われていることはよく知っている。
「年頃になれば男は誰でも皆、女に興味を持つものだ」と散々聞かされてきたが、自分にはその傾向が無く― 目下それが一番の悩みだった。
だからこそ、あの質問が嫌だった。
自分の悩みを、笑いの種として軽く消費されているようで……ひどく、辛く感じる。

早く別の話題に移ろう……そう思った矢先。

「しかし、女性に興味が無いとは言え……、ご自身を慰めることはされるのでしょう?」

「……? 自身を、慰める?」

何を訊かれたのだろう。
セオドールはきょとんとした表情で、少し首をかしげた。

「ハハハ、まさか、ここまでウブな方とは。ほら、独りきりの時に、自分のココをね……」

相手はニヤニヤと笑いながら、自身の下半身に目を落とした。

「あ、……」

彼の問いの意味にようやく気付いたセオドールはうろたえ、その顔は朱に染まった。

「尊い身分の方とは言え……、されるのでしょう?」

ニヤついた笑みを浮かべた男が、更に追いつめてくる。

「それは……」

どう、答えればいい? でも、できることなら答えたくない。こんな質問……。

「―こうした公式の場で、そのような下衆な質問は礼儀違反ですよ。ヴァン・レイ卿」

セオドール王子の背後から、鋭い声が聞こえた。王子の側近である、ティモの声だ。セオドールの顔に、安堵の表情が見てとれた。
ティモは、ヴァン・レイ卿の目を見据えながらける。

「そういったお話は、もっとプライベートな空間で、同じ思考の方とされてはいかがです?」

「なに、ただの話の種じゃないか」

興をそがれたとでも言いたげに、男は答えた。

「そうですか。ならば貴方様はどうなのです?」

「どうとは?」

「貴方様も、お独りの時にご自身をお慰めになるのですか?」

ティモの声も、目も、全く笑っていない。
自身の質問をそのまま返されたヴァン・レイ卿は少し戸惑ったようだったが、咳払いをし、もったいぶった言い方で答えた。

「そりゃあね。男なら、誰でもするだろう」

「そうですか」

その時、ティモが一瞬口角を上げたのを、セオドールは見逃さなかった。
ああ、彼の反撃が始まるぞ―

「どなたを思い浮かべながら、されるのでしょうね? 奥方様か……それとも、最近愛人になられたという伯爵夫人でしょうか」

「! き、貴様……何故それを……!?」

男は驚きのあまり、目を見開いた。どうやら、他人には知られたくない事実だったようだ。

「情報収集は私の仕事の一つですから」

そこでティモは初めて、ハッキリと分かる笑顔を見せた。相手にとってはさぞかし、恐ろしい笑みだっただろう。

「余計なお世話かもしれませんが、そのご夫人とはお別れになられたほうが良いのではありませんか。かの伯爵は嫉妬深い御仁ですから― 事が露見すれば、貴方様もどうなることか……」

「し、失礼いたします、セオドール様!」

耐えられなくなったのか、ヴァン・レイ卿は慌てて挨拶を済ませ、逃げるようにその場から立ち去った。
セオドールとティモはしばらくの間、無言で顔を見合わせていた。

はぁ、とティモは大きなため息をつく。

「まったく、くだらない……。自分から話を振っておいて、あのザマとは」

「……ありがとう、ティモ。すまないな、君にはいつも面倒をかける」

セオドールは素直に側近に礼を述べた。

「どうぞお気になさらず。ああいった輩から貴方様をお守りするのが、私の責務ですから」

側近でもあり、親友でもあるティモの言葉はとても頼もしいものだった。

「それにしても……、まさかあんな質問までされるとは……」

「そうですね。下品極まりない」

ティモの表情は傍目にはいつもと同じように見えるが、その目と声には怒りと嫌悪感がにじみ出ていた。

「ああいった類の問いかけをされたら、無言で威圧するか、同じ質問を相手に返すのが無難なところでしょう。貴方様は真面目で誠実な御方ですから、全ての質問に答えようとされる。ですが、場にそぐわぬ無礼な問いかけにいちいち答える必要など、無いのですよ」

諭す口調でティモは淡々と説教をしているが、全ては自分を心配してのことだと、セオドールはよく理解していた。

「ああ、そうだな……勉強になったよ」

少し考え、セオドールは言葉を続けた。

「やっぱり、ティモは格好いいな」

「……なんですか、突然。どうされたんです?」

いきなりの褒め言葉。

―我が主は、思いもよらぬことを突然言い出す傾向のある御方だが、これもその一種だろうか。格好いい?

「君はいつもわたしを導いてくれるから。ティモは、わたしにとっての英雄だよ」

そう言うと、セオドールは柔和な笑みを浮かべた。

「……何を仰っているのか、分かりませんね。まだパーティーは続いていますよ、殿下。油断は禁物です!」

ぷいっとそっぽを向いたティモの両耳は、真っ赤だった。

強くて、頼もしくて、そして時々ほほえましい彼が、自分の側にいてくれて本当に良かった。

セオドールは心から、そう思うのだった。








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