--- kiss ---

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ありがとうございます。だいすきです。


----花束を贈る----
(あなたとの日常に)


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【日常シリーズ】no.5 帰り道

 アルバイトの帰り道。迎えに来てくれた銀時のバイクの後ろ。見上げた夕暮れの空は、綺麗なあかね色に染まっている。紅の空があまりに美しくて、少し泣きそうになった。
 目の前の大きな背中にほほを寄せて、腰に回した腕にぎゅっと力を入れた。一瞬だけ振り向いた銀時の、やる気のない赤い瞳とチラッと目が合う。何も言わない銀時が前に向き直った直後、バイクはいつもの道を外れて脇道に入った。

「あ、あれっ……銀ちゃん?万事屋へ帰るんじゃないんですか?どこ行くんですか?」
「あー?……いーからちゃんとつかまってろよ。気ぃ抜くと振り落とすぞ」
「わゎゎっ!」

 慌てて白い着流しを両手でつかんだ。振り落とすなんて言葉とは正反対に、安全運転のバイクはゆっくりと進んでいく。何も分からずにつれて来られたのは、夕陽に染まる河川敷だった。

「ちょっと寄り道してこーぜ。ほい、これ銀さんのおごりだから、ありがたーく飲めよ」
「え、いいの?ありがとう……」
 バイクを降りた銀時は、自販機でおしるこを2本買ってきた。渡された温かい缶を両手で持ち、芝生の斜面に並んで腰かける。川の向こうには、目に沁みるほど鮮やかな夕焼けが広がっていた。

「やっぱ、疲れた時は糖分だよなぁ~。あ~、おしるこが沁みわたるわぁ~」
「あはは、そうですねぇ」
「いや、そうですねって、お前まだ飲んでねーじゃん」
「うん、そうなんですよねぇ……」
「はぁぁ?なに言ってんのお前は。そうですねぇって『笑ってよきかな』かよ。そんじゃーなに、俺は多毛さんか?髪切った?の多毛さんなのか?」

 銀時が呆れた顔をしている。なんとか笑顔を保とうとするのに、だんだんと崩れていく。
 大した理由なんてない。ちょっと仕事がうまくいかなかっただけ。ちょっと人間関係がもつれてしまっただけ。ちょっと自分が嫌いになっただけ。

 それなのにどうしようもなく悲しい。今までにだって何度もこんな気持ちに襲われたことはある。それなのにどう対処したらいいのか、いまだに分からない。
「ごめんね、銀ちゃん……自分でも馬鹿みたいって思うんだけど、なんか今日はちょっと落ち込んじゃって……えへへ、おしるこ飲んで元気出すから、ちょっと待っててくださいね」

 隣で足を投げ出して座る銀時を見つめて、苦笑いをする。缶を開けておしるこを飲んだら、温かさと砂糖の甘さに心がほどけた。

「………待たねぇよ」
「え……?」
 こくり、と飲み込んだ瞬間に銀時が何かを言った。
 聞き取れずに銀時の方を向いたら、大きな手に首の後ろをつかまれた。ぐいっと引き寄せられると同時に顔が近づいてきて、おしるこで温められた唇同士がぎゅっとくっついた。

「ん、……!!」
 驚いて見開いた視界に、閉じた銀時のまぶたが見えた。押し付けられるだけだった唇が動いて、上唇を柔く食まれた。ほんの少しの舌先でちろちろと下唇を舐められたら、そこから甘い香りが立ちのぼった。

 夕陽のなかで、ゆっくりと長いキスをした。
 ようやく顔が離れると、銀時の手が髪をくしゃくしゃと撫でた。

「何があったかしらねぇけど、俺の糖分補給に待ったはねぇから。糖尿寸前のオッサンが、おしるこだけで足りるわけねぇだろ。甘ぁ~いキスがなきゃ、このストレス社会を生き抜けねぇっつーの。お前も毎日必死に働いてんだから、そんくらい分かんだろ?」

「う、うん、わか、分かるけど……分かるけどぉぉぉ、ぎ、銀ちゃんっ!外でこういうことするのは、は、恥ずかしいからダメって、前から何度も言ってるじゃないですか!人に見られたらどうするんですか!もぉぉ~~!!」

 顔を照らす夕陽を言いわけにできないほど、両ほほが真っ赤に染まっていることは分かっている。そしてそれを見て、ゲラゲラと笑う銀時がしてやったりと思っていることも、よく分かっている。

「っんだよ、お前、元気じゃん。アレ、もしかして俺のおかげ?大好きな銀さんのチューで、落ち込んでたのも忘れちまった?」
「っっ……、そ、そうですね!」
「いや、だから多毛さんかよ!」

 真っ赤な顔で銀時と見つめ合っていたら、自然と笑いが込み上げてきて、思わず「ぷっ」と吹き出した。あはは、と笑ったら銀時の手が肩に回ってきて、ぎゅっと抱き寄せられた。
 寄せられた肩に頭をこてんと預けて、ふたりで眺めた夕焼け空は、さっきよりもずっと綺麗に見えた。涙をこらえて微笑んだら鼻の奥がツンとした。

「ありがと、銀ちゃん」
「べっつにぃー……」

 言葉もなく表情だけで、ほんの些細な仕草だけで。
 一瞬交わした視線だけで、全てを察してくれる銀時が、誰よりも優しくて、あまりにも愛おしい。
 それはいつもの帰り道。夕陽の美しい帰り道。
 ほんの少しだけ落ち込んだ日の帰り道。
 大好きな人と一緒の、かけがえのない帰り道。 

---------------end-----------------
2020-7-5




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